03.アニス、大活躍する
ハロルドの執務室でカミールからの報告を聞いた、数時間後。
アニスは、彼と王都の巡回に来ていた。
馬に乗るハロルドの肩にちょこんと乗りながら街並みをながめていると、横から黄色い声が聞こえてくる。
「キャー! ハロルド様よ!」
「今日も素敵!」
「見て! 肩に猫がいるわ!」
「私もあの猫ちゃんになりたい!」
相変わらずモテるわねえ、と思いながら、アニスは心の中でため息をついた。
思い出すのは、先ほどカミールから聞いた話だ。
『アニス・レインが、フェリクス殿下に婚約解消を申し入れていたそうです』
(これって、絶対にフェリクス様が好き勝手言っているわよね)
ひどい話だと思う。
婚約解消を言ってきたのはフェリクス殿下だし、そもそも自分は婚約解消ができないと断っている。
寝る間も惜しんで論文を書いたり仕事を手伝ったり、あれほど尽くした自分に、よくもまあここまで酷いことが出来るものだと思う。
お腹の中から怒りがこみあげてくるものの、アニスは何とかそれを静めた。
(とりあえず、今は「お役立ち作戦」よ。元に戻って殿下に文句を言ってやるためにも、まずは今日の目標をきちんと達成しよう)
アニスが、自分を落ち着かせるように、深呼吸していると、
ハロルドが気遣わしげに彼女を見た。
「……大丈夫か?」
どうやら、様子が変だと心配させてしまったらしい。
アニスは、大丈夫だという風に「にゃあ」と鳴いた。
天敵みたいな存在だったハロルドに心配される日が来るなんて、人生分からないものね、と思う。
そして、気を取り直して、何か役に立てることはないか考えていた、そのとき。
「ウィンツァー騎士団長!」
1人の騎士が、正面から駆けてきた。
馬上のハロルドに、息を切らせながら報告する。
「商人が外の森で魔獣の群れに襲われているそうです!」
城門に、傷を負った男が来て、自分たちが護衛している商人の馬車が襲われている、と助けを求めてきたらしい。
ハロルドは、即座に指示を出した。
巡回中の騎士の中から3人を選び、彼らと共に城門に向かう。
そして、城門を守る騎士から更に数名を選ぶと、アニスの方を向いた。
「これから魔獣討伐に行くが、お前はどうする」
アニスは真剣な顔で、行きます、という風に「にゃーん」と鳴いた。
魔法士としてピンチの市民を救うのは当然だし、これはお役立ちアピールをするチャンスだ。
(やるわよ!)
気合を入れるアニスに、ハロルドは、わかった、という風にうなずいた。
アニスを肩から降ろして、マントの内ポケットに入れる。
「飛ばすぞ」
彼は、他の騎士と共に馬を走らせ始めた。
ポケットの中で、アニスは小さく「にゃあ」と鳴くと、そっと風魔法を使った。
自分の体を空気の層で包み、揺れを吸収させる。
顔を出して前方をながめながら、アニスは頭を働かせた。
猫っぽい魔法を使うことも考えるが、自分がアニスだと気が付いてもらうためにも、騎士たちの邪魔にならない程度に大胆に魔法を使っていこうと考える。
しばらく駆けると、前方に倒れた馬車と、必死に戦う人影が見えてきた。
馬車を囲むようにして、10人ほどの傷だらけの護衛が武器を振るっている。
だがその周囲には――
(……え! こんなにいたの!?)
想像以上の数の狼がいた。
もしかすると、戦いが長引いたせいで増えたのかもしれない。
上空に目をやると、空に鳥型の魔獣が集まりつつあるのが目に入った。
明らかに馬車を狙っている。
(魔法向きの獲物ね)
アニスは、ハロルドのマントから飛び降りた。
驚いた顔をするハロルドを振り返って、心配するなという風に「にゃあ」と鳴くと、風魔法を駆使して馬の頭にぴょんと乗る。
そして、上空を睨むと、高らかに詠唱した。
「にゃーん!」(雷撃!)
バリバリバリッ
轟音と共に、雷が空の魔獣たちを攻撃した。
魔獣たちが断末魔の悲鳴を上げて、次々と落ちていく。
「な、なんだ! 今の強力な雷!」
「まさか、団長のケットシーか!?」
騎士たちが大騒ぎする中、アニスは続けざまに電撃を放った。
残っている空の魔獣をせん滅する。
そんなアニスを、ハロルドが驚いたような目で見つめる。
しかし、すぐに気を取り直すように叫んだ。
「よくやってくれた、さすが彼女の従魔だ!」
馬車の少し手前に到着すると、ハロルドは馬から飛び降りた。
剣を抜き、騎士たちと共に一直線に狼たちの群れへと向かっていく。
アニスは馬の頭の上で状況を見守った。
馬車を守りながら戦うのが負担になっていると察すると、馬の頭を降りて馬車に駆け寄る。
「にゃーん!」(対物理結界!)
馬車の周囲に、結界魔法が展開され、青色を帯びた透明な壁が、馬車と負傷者たちを包み込む。
騎士たちが歓声を上げた。
「た、助かった!」
「一体誰が……って、まさかあのチビ猫か!?」
「おいおい、何なんだよ、こいつの強さは!」
騎士たちの声に、最前線で戦っているハロルドが、視線をアニスに向けた。
強固そうな結界の壁を見て、一瞬目を見開くものの、すぐに冷静に戻って周囲に向かって叫ぶ。
「馬車の心配はするな! 敵に集中しろ!」
騎士たちは結界に守られた馬車を背に、全力で魔獣たちに立ち向かった。
アニスは結界を維持しながら、土魔法で狼たちの動きを止めたり、風魔法で空の魔獣を攪乱したりして援護する。
アニスはハロルドをチラリと見た。
久々に戦っているところを見たが、めちゃくちゃ強い。
自分も腕を上げたが、彼もまた相当腕を上げたようだ。
(今戦ったら、どっちが勝つかしら)
心のどこかでそんなことを考える。
そして、ついに最後の魔獣がハロルドに切り伏せられ、騎士たちから歓声が上がった。
「やったな!」
「あのチビ猫、すごかったな! 助かったぜ!」
「援護ありがとよ! 魔法士でもなかなかあそこまでできる奴はいないよな!」
そんな声が聞こえてくる。
アニスは、当然よ! とばかりに胸を張った。
こんな風にみんなから感謝されるのは久々ね、と嬉しく思う。
そして、怪我人の応急処置を終え、王都まで運ぼうという話になった、そのとき。
ギャアア!!
耳をつんざくような魔獣の叫び声が聞こえてきた。
森の中から、巨大な四つ足の影が現れる。
「キ、キマイラだ……!」
底に現れたのは、蛇の尻尾を持つ獰猛そうな魔獣だった。
身の丈が人間の倍ほどもあり、真っ赤な口を開けて咆哮する。
ギャアアッ!
その姿を見て、騎士たちが色を失う。
(……これはヤバいわね)
アニスは眉をしかめた。
キマイラは、危険度が非常に高い魔獣だ。
通常であれば、万全の準備を整えた一個小隊で倒すような相手で、疲弊した騎士や護衛たちが襲われたらひとたまりもない。
(※一個小隊:20人ほど)
さて、どうするかと考えていると、横からハロルドが飛び出した。
獰猛そうな顔で歩いてくるキマイラの前に立ちはだかると、後ろに向かって叫んだ。
「全員、早急にこの場を離れろ! 私が引きつける!」
「だ、団長!」
「私にかまうな!」
そう叫ぶと、ハロルドがキマイラに向かってナイフを投げつけた。
ギャアア!
キマイラがギロリとハロルドを睨む。
彼は挑発するように剣を振りながら、森の中に走り込んだ。
キマイラが唸り声をあげて、その後を追いかける。
(え! それはさすがにマズイんじゃ!)
アニスは、ハロルドを追って森の中に飛び込んだ。
いくらハロルドが強くても、疲弊した状態にキマイラは危険だ。
(多分、近くにいるはず)
キョロキョロしながら走っていると、少し先から金属音が聞こえて来た。
茂みを抜けると、前方でハロルドとキマイラが戦っているのが見えた。
苦戦はしているものの、ハロルドが押している。
(ちょっと強すぎるんじゃないの?)
アニスはと内心苦笑した。
とりあえず、援護しようと、得意の氷魔法を高らかに詠唱する。
「にゃーん!」(氷矢!)
アニスの周囲に現れたおびただしい数の氷の矢が、次々とキマイラに襲い掛かった。
ギャアア!
キマイラが咆哮した。
アニスの得意技が飛んできたのを見て、ハロルドが驚いたように目を見張った。
氷矢が飛んできた方向に目をやり、走って来る猫を見て、「……え?」という顔をする。
その後、2人は協力してキマイラに立ち向かった。
アニスは魔法、ハロルドは剣技を駆使して、互いに連携しながら倒していく。
そして、遂にキマイラが断末魔の叫び声を上げて倒れた。
ズシィン
キマイラが完全に動かなくなったのを見て、アニスはホッと胸を撫でおろした。
意外といけるものね、と感心する。
「ありがとう、助かった」
アニスの横に座ったハロルドが、感謝するようにアニスの頭を撫でた。
そして「お前の戦い方、ご主人様とそっくりだな」とつぶやく。
そこへ、騎士たちが現われた。
無事な2人と倒れたキマイラを見て、わああ、と大きな歓声を上げる。
歓声を浴びながら得意げな表情をするアニスを、ハロルドが何か考えるように、ジッと見つめる。
2人はその場で少し休んだ後、ゆっくりと王宮へと戻っていった。
本日はここまでです。
お付き合いいただきありがとうございました!
それでは皆様、また明日 ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-