第4話:事件の鍵はすぐそこにあった
「佐藤結の上げられた腕の指先に文字が書かれていただろう」
「あぁ、あの歪なやつ」
「あれは犯人を告げるものだ」
佐藤結は犯人が部屋を出て行ってからなんとか伝えようとしたのだろう。ただ、力は残されていなかった。
死ぬ間際にできることといったら限られている。犯人に痕跡を消されてしまう可能性もあるのだ。
けれど、彼女は書き残した。隼は「琉唯も見ただろう」と問う。確かに床に血で描かれていたのを目にしているので頷いた。
「歪ではあるが数字の5が書かれている」
「そう見えるかもしれないが、もがいた時についた可能性も……」
「5の数字の隣に線が引かれていただろう。あれも含めて一つの文字だ」
「は?」
どういう意味だと田所刑事は首を傾げた。それは千鶴たちも同じで顔を見合わせているのだが、琉唯は何が言いたいのだろうかと考えてみる。
5という数字の隣に縦に線が引かれていた。これを一つの文字と捉えると考えて、あっと琉唯は気づいた。
「5って漢数字の五か!」
「そういことになる。漢数字の五の文字と、その隣に一本の線がある漢字を名前に持つ人物は一人しかいないのではないだろうか?」
あっと一人、また一人と気付いて視線を向ける。その先に立つ〝彼〟は何を言っているんだと笑った。
「サークルメンバーらの反応を見るに、君の名前の漢字は悟るという字で間違いないだろう。その字には漢数字の五が含まれているな?」
「……なんだよ。オレが犯人だって言いたいのかよ! 言いがかりも大概にしろよ」
「現状でいうならば、君が一番、殺害可能だ」
「何を証拠に……」
「君が最初に現場にいたというのがまず挙げられる」
隼は発見に至るまでの経緯を順序良く話し始めた。まず、最初に現場にいたのは悟で、その次に琉唯たち三人が到着した。
少ししてから里奈と聡の二人がやってきている。そこで話をしてから悟が里奈から鍵を受け取って開けた。
此処まではいいだろうかと問われて、皆が頷く。それに悟が「鍵はかかっていたじゃないか」と同意を求めた。
それに里奈がそうだよねと頷くが、隼は「そうだろうか?」と問い返した。
「俺たちは誰も鍵がかかっているのを確認をしていない」
「……あ、そうだ」
そう。琉唯たちだけでなく、里奈も聡も誰もドアに触れて鍵がかかっている確認などしていなかった。鍵を開けた悟だけなのだ、そう証言するのは。
そこで琉唯は悟のドアを開けている様子を思い出した。確かドアに寄り掛かって手元を見せないようにしながら開けていたことを。
「確か手元が見えないようにドアに寄り掛かりながら鍵を開けてたよな」
「そういえば、そうだった。隠すみたいだったよね、あれ」
琉唯の言葉にそうそうと千鶴が思い出したように頷く。里奈も聡もそういえばといったふうに悟を見遣る。
彼はなんだよと声を震わせていた、オレじゃないというように。
けれど、他の鍵がかかっていたかの確認をしていない以上は密室は成立しない。田所刑事は「それは確認しないといけないな」と頷いた。
「そんなもの、証拠になるか!」
「なるほど。では、直接的に言わせてもらう。佐藤結は恐らく口を押さえられて殺害されている」
彼女の唇についていただろう赤いリップが擦れて口元についていたことから、口を押さえられた可能性があると隼は指摘した。
ハンカチなどで押さえたのであればそれも証拠になりえるが、処分方法を考えなければならない。
前提条件として密室に見せかけるために鍵を開けるのは犯人でなければならない。そうなると捨てる時間というのも惜しいはずだ。
窓から捨てたなど警察が調べればすぐに分かってしまうし、持っていては怪しまれる。その場から動けない状況でどうやって口を塞いだのか。
「その手で口を押さえたのならば、彼女の口紅がついていたはずだ。手を拭っているのならば、君の衣類を調べれば痕跡が出る。そうしていないのならば……スペアの鍵についているんじゃないか?」
発色の良い赤いリップだからなと隼はぎろりと鋭い眼を向けた。悟はその目から逃れるように俯く。
わなわなと震えながら言い返そうにも言葉が出ないように。それは負けを認めたかのようだった。
何の言い訳もしないという状況は彼が犯人である証言しているかのようだ。里奈はどうしてと信じられないといったふうに見つめている。
少しの間だった、田所刑事が一歩、踏み込んだ時に悟は「あいつが悪いんだ!」と叫んだ。
「あいつがオレ以外を選んだのが悪い! なんで、オレじゃ駄目なんだよ! ふざけんなよ!」
どうやら彼は佐藤結に好意を寄せていたらしい。ずっと好きだったと喚き散らし始めて田所刑事が止めに入ろうとすれば、隼がはぁと苛立ったように息を吐いた。
「君は愚かだ」
「黙れ!」
「そんな理由で殺人を犯していいわけもないし、誰かに罪を着せていいなどない」
「そんなの……」
「煩い」
唸るような声だった。思わずびくりと肩が跳ねて、琉唯は隼を見遣る。彼の眼光が悟を射抜いた。
「君の妄言などに興味はない。好きだのなんだと勝手にしてしろ。ただし、琉唯を巻き込むな」
それは冷淡に、けれど低く。発せられた言葉に籠められた圧に悟は言い返そうにも返せない。隼の眼が許さない、猛禽類のそれが。
なんとくだらないことかと隼は「トリックを使うならもう少しよく考えろ」と呻れば、悟は唇を噛んで項垂れた。
それが止めになったのか、黙りこくってしまった彼に田所刑事が近づいて手錠をかけて、この事件は幕を下ろした。