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エンドステート  作者: mossball
第二章 認知戦
8/15

2.SFGp

14時20分

千葉県船橋市 陸上自衛隊習志野演習場


 国家安全保障会議を終えた桜木は、その足で習志野に舞い戻った。

 大臣視察に際しては、防衛大臣旗を持つ旗手や儀仗隊を選抜し、訓練展示や部隊概要・装備品説明にも要員を割き、通常業務の合間の限られた時間でリハーサルを繰り返して入念に準備する。その努力を無駄にしたくはないという思いから、部隊視察は中止にならないよう努めていた。だが、今回戻ったのはそんな情や人気取りからではなかった。陸上自衛隊唯一の特殊部隊をこの目で確かめたいという、桜木の強い希望である。そして、その背景には『特殊作戦群を見ておくと良い』と、国防族重鎮で防衛庁長官を歴任した小山政調会長の強い勧めがあった。

 火薬庫西隣の滑走路に着陸したEC-225LPのタラップを、メインローターからの風圧に叩きつけられながら降りた。脇で敬礼する搭乗員に答礼した。滑走路と名称はつけられているが、ヘリの離発着場という表現の方が適していた。地面の草は短く刈り揃えられており、視察に合わせて除草作業を行なったらしかった。太陽が一番高く上る中、立ち籠った湿気を吹き飛ばすダウンウォッシュに煽られながら、副官、警視庁SP、随行の統幕運用第一課長、統幕特殊作戦室長、陸幕監理部長の七名を引き連れて進んだ。通常の視察より随行員の数を大幅に減らし、大臣官房広報課のカメラマンもいない。理由は、部隊の性質上である。

 少しヘリから離れた所で、五つの桜星を冠した葡萄茶色の防衛大臣旗を持った旗手の申告を受けた。旗手の被る黒のベレー帽には、日の丸を中央に建御雷神(タケミカヅチノミタマ)の剣、鳶、桜星、榊をあしらった部隊章が縫い付けられていた。炎天下で暑苦しそうな第1種夏服を身に纏っているのに、そんな表情は一才見えない。というよりも、物理的にバラクバラで顔面を覆っていて顔は見えないのだが、人間から感じ取れるはずの人間の温かみや視線といった気配がないのだ。二十代前半であろう彼は確かにそこにいて、強者のオーラを放っているのに、まるで存在感がない。矛盾した感覚だ。政治家としてたくさんの人間に接してきたが、未だかつて見た事のないタイプの人間だった。

 桜木は旗手に答礼すると、その横に並ぶベレー帽に迷彩服姿の幹部達の前に進んだ。特殊作戦群長の石川正之(いしかわまさゆき)以下、群本部の第1から第4部までの各部長四名、最先任上級曹長、上級部隊である陸上総隊の運用部長、特殊作戦群の輸送等を担う第102飛行隊の隊長が並んでいる。一同が石川群長の号令で敬礼し、桜木も胸に手を当てて答礼する。

 答礼を終えると、石川群長が右手を差し出してきた。腕は鍛えられ筋肉が付いているが、迷彩服の袖を捲っていなければ気にならない程度だった。迷彩服4型はプレス線が立つようアイロンがかけられているが、足元はSALOMONのタクティカルシューズで裾を出すという一般部隊の服装規則では認められていない装いをしている。

 一般曹候補生として入隊し、第1空挺団に勤務。創設時の特殊作戦群の選抜に通過し、第一期として長く特殊作戦の現場を経験。その後、部内選抜試験に合格したI幹部で、米陸軍特殊作戦課程に留学。情報本部や中央即応集団司令部勤務、水陸機動団本部第3科長を経て、伝説的な初代群長が『二十年はかかる』とした戦力化のタイミングで群長として特殊作戦群に戻った。現場を知る初の群長が石川である。

「わざわざお戻り頂き、ありがとうございます。特殊作戦群群長の石川1佐です」

 時間変更を詫びて、握り返した。目を合わせようとしたが、身体が本能的にそれを拒んだ。殺気を感じるほどの目力と、近寄り難いほどに、今にも潰されそうな圧倒的なオーラを放っている。だが、この男からも生気を感じない。決して弱々しいとか、病んでいるようだとかではない。この世の人間なのか、疑いたくなるのだ。この男は一度死んで、人間としての何か一線を超えているような気がした。

「それでは、ご案内致します」

 腰の拳銃を隠すために常に背広を羽織る警視庁SP四名と、『警務 MP』の腕章をつけて、帯革に9mm拳銃を吊るした警務官に囲まれながら、石川群長の後を進む。

 十メートル程歩き、停められていた1/2tトラックーー通称パジェロの後部座席に乗り込んだ。バンパーの部隊表記は『陸総隊-付』となっており、群長の右肩の戦闘服用部隊章も陸上総隊のもので隊号標識は『HQ-Unit』である。陸上総隊隷下の特殊作戦群が、部隊名を濁す時に使う定番が『陸上総隊付』だった。

 助手席にSPが乗り、石川群長と最後部座席で向かい合うように座った。桜木を乗せた1/2tトラックは、第127地区警務隊の赤色灯付の白い1/2tトラックを先頭に走り始めた。後尾には二輌の高機動車が続く。幌を取り外しているのでエアコンの効果などなく、ゆっくり走るので生暖かい風が顔を撫でるに過ぎなかった。ライナーを取り外しているとはいえ、ODカラーの簡易ジャンパーの下は汗でぐっしょりに濡れており、今すぐにでも脱ぎ捨てたかった。痛いほどの日差しは、遮られることなく照らし続ける。

 車列は滑走路を出ると、正面の道路を横切って向かい側へと向かう。百メートルほど進むと、六、七メートルの高さはあろう壁で囲われた中へと入った。壁の内側に現れたのは、尾翼の切り落とされた旅客機だった。車列はその横で停車した。

 石川群長がその場で立ち上がると、自身の後ろにある機体を指差す。

「中古で購入したB767です。この実機を用いた訓練を、これより展示します。想定は民間旅客機のハイジャックで、我々特殊作戦群に与えられた任務は人質の救出及びテロリストの排除です。実銃を用いて撃ち合いますが、弾はシムニッションと呼ばれる訓練用の非致死性のものです。とは言っても、火薬で撃ち出すので当たれば青痣くらいはできますし、結構痛いです」

 石川群長がそう笑う。

「後方の建物をご覧ください。屋上です」

 石川群長の指すコンクリート製二階建の建物の上を、桜木は身体ごと左に回して見た。

 塔屋の上に、黒い人影がある。

 桜木は「見えますか?」と、石川群長から差し出された双眼鏡を受け取って、接眼レンズに目を当てた。地面に寝そべった隊員が二名いる。一人はバイポッドに据えられた対物狙撃銃M95を構えて、もう一人は三脚に据えられた単眼鏡(フィールドスコープ)を覗いている。

「スナイパー、ですか」

「えぇ。訓練場の広さの都合もあって、今回はあそこに配置してますが、実際はもっと距離を取ります」

「どれくらい?」

「最大で千五百メートル以上。今はたった八十メートルしか離れていません。左側の狙撃手が使用しているのは、重機関銃と同じ12.7mm弾を使用する対物狙撃銃M95です。頑丈なコックピットの窓を貫くことができます。右側の隊員は観測手で、フィールドスコープを用いて目標を狙撃手に示すと共に、距離や風等を測定します。今回は省略していますが、全周に狙撃組を配置して、機内の動きを指揮所で把握します」

 感想を言う間もなく、石川群長の合図で車列は動き出した。統裁室で訓練をご覧頂きますとの簡単な説明の後、車列は建物の前で停まった。部隊の性質上という常套の断り文句で、SPと警務官を建物前に残して、一行は車輌から降りた。その代わりに、バラクラバとベレー帽を深く被って顔を隠し、迷彩2型のコンバットシャツを身に纏った特殊作戦群の隊員が、桜木の身辺警護につけられた。腰のフェローコンセプト製バイソンベルトにサファリランドのホルスターを通し、P226拳銃を携帯していた。マルチカムの装備が、若干色褪せた迷彩2型に馴染んでいる。

 全面打ち放しコンクリートの微かに涼しい室内に入ると、スタンドキャスター付のテレビモニター数台が壁際に並べられ、会議用の折り畳みテーブルに置かれたパソコンと無線機を、五名の隊員が操作している。モニターには、先程見た狙撃組とB767の外観と機内が、あらゆる角度で映し出されている。分割画面の何箇所かは、隊員のヘルメットにつけられているアクションカメラの映像が表示されている。

「ここが統裁室になります。ここで状況を付与、記録します」

「モニターの設定完了しました。部隊も対抗側も準備できています」

 パソコンを操作する隊員の一人が報告し、石川群長が「了解」と頷く。

「既にテロリストと人質役の隊員が機内にいます。これから五分後に、突入の指示を出します」

 石川群長がガーミンの腕時計を見ながら言った。

「石川群長、中で見られませんか?」

 桜木が尋ねると、石川群長は驚く様子もなく答えた。

「構いませんが、せっかくですので人質役になりますか?」

 むしろ石川群長は、これを望んでいるのではないだろうか。

 お目付け役を仰せつかっている陸上総隊運用部長が「石川群長」と釘を指す。

「ぜひ、お願いします」

 桜木の強い希望で、防衛大臣が人質役の一人として訓練に参加することとなった。桜木が統裁室を後にすると、石川群長はモニターの画質設定を高画質に戻すよう指示した。


 桜木は、機内後方のエコノミークラスの窓際の席に座った。頭上の座席札は『K32』。

左右各二列、中央三列で三百席近くは座席がありそうだった。座席にはまばらに乗客役の隊員が座り、それ以外は人型のパネルで補われている。小銃や拳銃で武装したテロリスト役の隊員が二名一組で通路を行ったり来たりしていた。隣の通路も同様で、機内を左右半分に分担して警戒しているらしかった。機内中央のギャレーや乗降扉より前方には行かないので、さらに機内を前方後方に分けているのだろう。そこから、テロリストは客室に最低八名とコックピットに数名と推測できる。

 様子を伺おうと座席からゆっくり尻を持ち上げ、前の座席の背もたれから顔を出す。

「動くな! ぶっ殺すぞ!」

 罵声と同時に拳銃を向けられた。その迫力に気圧され、反射的に両手を挙げて倒れるように座った。頭では訓練とわかっているのに、冷や汗が頬を伝っていく。

 バン!

 機内に銃声が反響した。

 閉じた目を恐る恐る開けると、すぐ隣の座席に置かれた人型パネルの顔面に穴が空いていた。

 顔が青ざめていくのが、自分でわかる。頭から血の気が引いていく感覚に襲われる。

 これから撃ち合いをするテロリストはシューティンググラスとフェイスガードで防護しているが、桜木は一切の保護具をつけていない。流れ弾も跳弾も誤射もないから大丈夫だと、石川群長に送り出されたのだ。

 自分は大臣でも、見学者でもなく、訓練の一部なのだと理解した。

「変な動きをしたら、隣のやつを殺す! 連帯責任だ! いいな!?」

 機内に走るこの緊張感は、訓練なのか疑いたくなるほどにリアルだった。身体がこの空間を拒否し始めている。

「前の座席に両手をついて、頭は低く下げて。こっちは見るな」

 テロリスト役の隊員が近づいて来る気配がする。足音が迫り、自分の真横で止まった。

 ドン! ドン!

 ほぼ同時に、前方から複数の爆発音。閃光発音筒フラッシュバンが投げ込まれたのだ。

 耳が聞こえない。耳鳴りがする。目を開けると、うっすら白い煙が漂っている。火薬の匂いが鼻をつく。

 パン! パン! パン!

 続けて、複数の銃声。バタリと人が倒れる音。慌ただしい無数の足音。

 特殊作戦群が突入した。

 桜木は座ったまま首を伸ばし、機体の前方を見た。機体中央、左右の乗降扉から流れ込んでくる隊員達が見えた。先頭の隊員が透かさず銃を構え、その援護下に後続の隊員が突入している。

 黒色の戦闘服市街地用に、マルチカムのプレートキャリアとベルトキットを着用している。左肩のベルクロに貼られたラバータイプの日の丸ワッペンが、やたらと目を引く。フェイスガードとシューティンググラスで顔を保護し、ARCレイルにAMPアームアダプターでComtac(コムタック)Ⅴ ヘッドセットを取り付けたFASTヘルメットを被っている。マルチカムのヘルメットカバーのベルクロには、識別用のHEL-STARストロボとV-LITEが貼り付けられている。戦闘服が黒いので、マルチカムやタンカラーの頭部が浮いているように見える。

「動くな! 手を挙げろ!」

 隊員達は、狭い機内でも取り回しやすいフラッシュライト付のP226拳銃や4.6mm短機関銃(B)MP7A1を乗客に向けて両手を挙げさせながら、狭い通路を進む。前後に密着した隊員が、左右を分担して警戒する。阿吽の呼吸で、中央のD・F・G席を挟んだ二本の通路の先頭は揃っている。乗降扉とギャレーの付近では、特殊小銃(B)という名称で調達されているHK416Dと最新のA5を構えた隊員四名が座席全体を見回して、通路を進む隊員を後方から掩護している。

 訓練も隊員の装いも、桜木がこれまで見てきた自衛隊とは似ても似つかなかった。

 聞いていた通りの対テロ特殊部隊だーー

 緊張を上回る興奮が押し寄せてきた。

「手を挙げろ! 動くな! 動くな!」

 桜木の傍まで、特殊作戦群の隊員が近づいた時だった。突如、後ろから首に腕を回された。苦しい。桜木はされるがままに、持ち上げられるようにして立たされた。

「コイツ殺すぞ!」

 真後ろの席に座る乗客、いや乗客に紛れたテロリストが自分を盾にしているのだ。顳顬には冷たい金属の感触。拳銃を突きつけられている。前方から顔に向かってきたフラッシュライトの光で視界が眩んだ瞬間。

 バン!

 乾いた音が響いた。

 隊員は何の躊躇も声掛けもなく、反射的に、だが精密にテロリストの頭――フェイスガードをしていない桜木の顔の十数センチ横――に命中させた。

 自分が首を絞められて、僅か数秒の出来事だった。

 首から太い腕が解かれ、テロリスト役の隊員がその場に倒れ込んだ。当たったのは訓練用の弾のはずだが、フェイスガード越しに被弾箇所を押さえている。石川群長の言う通り、痛いのだろう。自分を除けば乗客役の全員がフェイスガードを着けている。乗客の中にもテロリストが紛れ込んでいるという想定なのだろう。

「両手を挙げて座れ!」

 先程射撃した隊員に銃口を向けられて、桜木は大人しく両手を挙げて座席に座った。

 何事もなかったかのように隊員達は前進する。通路を四名の隊員が通過して行った。しばらくして、最後尾のトイレの扉が開く音と銃声がした後、「クリア!」という隊員の声が聞こえた。

「これから順次避難します! 必ず隊員の指示に従うように!」

 乗客達は順番にタイラップで後ろ手に拘束された。桜木も例外なく、手首をキツく締め上げられた。ボディチェックを受けて、機外へと連れ出されるところで状況は終了した。

 メルセデス・ベンツのウニモグをベースにした特殊はしご車で機内に入った石川群長自ら、桜木のタイラップを切断した。

「なぜ人質も拘束するんですか?」

 真っ先に疑問を尋ねた。

「突入した我々の第一の目標はテロリストの無力化です。人質の身元確認ができるまではテロリストである可能性を排除できないので、一律で拘束します。一番厄介なのはアンノウンです」

「アンノウン?」

「はい。テロリストとも民間人とも区別がつかない人間です。今回はかなり簡略してお見せしましたが、普段は突入したらパニックになった乗客が隊員達の方へ雪崩れ込んでくるといったこともしています。極度の緊張状態にある隊員は、走って来られたら反射的に撃ちたくなってしまう。戦闘時の高ストレス下では、思考が極度に鈍くなり、全身の筋肉が硬直し、視野狭窄や聴覚障害も起こり、身体に染み付いていることしかできなくなります。だから身体に染み込むまで何度も何度も訓練するのです。米国のある警察署では、二人一組で犯人の銃器を取り上げる訓練をしていました。片方が拳銃を奪い、犯人役に拳銃を返して、また奪う、という繰り返しをしていたら、実際の銃撃戦で犯人から奪った拳銃を犯人に返してしまったのです。特殊作戦群では身体に染み込ませるだけでなく、高ストレス下に適応させるようにしています。我々はただ行動するだけでなく、常に考えて動かなくてはいけませんから」

「というと、どういった訓練を?」

「的の横に隊員を立たせたり、射線を隊員が横切ったりする中で射撃訓練をします。もちろん実弾です」

 予想外の答えに空いた口が塞がらなかった。習志野演習場は屋内射撃場を備え、弾薬使用量は一コ師団に匹敵すると聞いていたが、それだけではなかったのだ。一般部隊の徹底した安全管理からすれば、あり得ないことをしている。

「一歩間違えば仲間を撃ち殺すかもしれない、撃たれるかもしれない、というのは相当なストレス負荷になります。人質が入り乱れる中でも、実弾が自分に飛んでくる中でも、正確に射撃し、通常通りに行動できるようにするのです。こうした射撃訓練は、各国の特殊部隊が日常的に行なっています。フランスのGIGN(ジェイジェン)(国家憲兵隊治安介入部隊)では、防弾チョッキを着た仲間に拳銃を撃つそうです。防弾プレートにちゃんと当たれば貫通しませんからね。よろしければ、大臣もこの後、的の横に立たれてみますか?」

「・・・・・・遠慮しておきますよ」

「そうですか」

 シムニッション弾が自分の真横を掠めるのですら、恐怖だったのだ。無理やり口角を上げて冗談っぽく答えたが、石川群長の眼差しは真剣そのものだった。部下の射撃練度に絶対的な信頼と自信があるのだろう。


 統裁室に戻ると、前方にスクリーンとプロジェクター、演台が設置されていた。促されるままに中央のパイプ椅子に腰掛けた。スクリーンに『部隊概要』の文字と特殊作戦群の部隊章が投影された。

「それでは、特殊作戦群の部隊概要からご説明致します」

 スクリーン横の演題で、石川群長が説明を始めた。

「特殊作戦群は第1空挺団内の編成準備室及び特殊作戦研究部隊を経て、二〇〇四年に創設されました。習志野駐屯地に所在し、群本部、本部管理中隊、四コ特殊作戦中隊、教育隊からなる四百名規模の編成になっています。これまで、先遣隊から第十次に渡るイラク復興支援群、アフガン及びスーダンでの邦人退避に参加してきました。また、ローテーションで一コ中隊が即応態勢を取っており、テロや国外での邦人保護・救出、有事といったあらゆる事態に備えています。さらには米陸軍のグリーンベレー(特殊部隊群)デルタフォース(デルタ作戦分遣隊)、米海軍のシールズやデブグル(特殊戦開発グループ)、英陸軍SAS(特殊空挺部隊)、豪陸軍SAS(特殊空挺連隊)等とも共同訓練を重ねて、緊密な協力関係を築いています」

 プロジェクターからは、海外派遣に従事する特殊作戦群の画像が数枚投影された。一枚はイラクにある古代メソポタミアの遺跡ジッグラトでの集合写真だった。迷彩2型の装備に89式5・56mm小銃と、装いは一般部隊に偽装しているようだった。

「陸自には、特殊作戦群の発足まで正式に特殊部隊とされる部隊はありませんでした。東部方面隊や富士学校にかつてあったゲリラ・コマンドの研究班、北海道の冬季戦技教育隊、小平の心理戦防護課程、レンジャー訓練、第1空挺団も、敵後方での遊撃活動に重点を置いており、それは特殊作戦の一部に過ぎません。桜木大臣は、特殊部隊とは何だと思われますか?」

 精鋭、最強といった映画のような謳い文句が頭に浮かんだ。

「練度や能力が極めて高い部隊ではないのですか?」

「それでは、大臣は特殊作戦群の任務は何だとお考えですか?」

「対テロ作戦が主任務だと以前聞いたことがあります」

 先程のハイジャック対応訓練がまさにそうだ。

「なるほど。確かに様々な媒体で我々は対テロ部隊と紹介されています。大臣の仰るように、対テロ作戦は我々の任務ではありますが極一部に過ぎません。それに対テロ作戦は戦術的任務ですが、我々の果たす本懐は戦略的任務です」

「戦略的任務・・・・・・?」

 思わず声が漏れた。

「はい。陸自には空挺団、中央即応連隊、松本の13連隊、弘前の39連隊等、精強な部隊はいくつもありますが、決定的に違うのは、特殊作戦群は戦略的任務を担えるということです。特殊(・・)部隊と言う名前の通り、一般部隊では行えないことをします。特殊部隊は政治指導者の指揮で、つまり国家の意思として動きます。行動は完全に秘匿され、少数で自己完結できます。つまり、我々は政治的にセンシティブな、いることが否定される地域や状況においても、多様な作戦行動を行えます。敵支配地域内で極めて政治的な任務を遂行する特性上、状況は刻一刻と変化し、通信や指揮系統から孤立することもあります。そのために、戦闘技術やサバイバル技術のみならず、諜報活動、心理戦、他国の政治状況や宗教・文化・経済、語学にも精通し、全隊員が指揮官クラスの能力を有しています。もちろん、戦闘技術は一級品です。私費で海外のタクティカルトレーニングに参加する者も多数いるほどに、技術を磨くことに余念がありません。ですが、特殊作戦群が最も求めているのは戦闘技術ではなく、自分の頭で考えて行動できる人間です。初代群長はその辺の理解を上層部や全国の部隊から得るのに大変苦労したようですが・・・・・・」

 スクリーンはいつの間にかスライドが切り替わっていて、『特殊作戦群の任務』と題したスライドになっていた。


 任務

  直接行動(DA)、諜報活動、特殊偵察、対テロ作戦、

  非正規戦、遊撃活動、要人警護等


 運用場面

  ▶︎一般部隊の展開が困難な自然環境や、後方補給を可能

   とするインフラが存在しないなどの過酷な環境

  ▶︎事態対処のために、特殊な技術・戦術等が必要な場合

  ▶︎政治的又は戦略的な観点から柔軟・迅速かつ機微な対

   応が求められ、作戦遂行上予測されるリスクが大き

   く、部隊の行動を完全に秘匿することが求められる場

   合


「具体的には、どういった作戦がありますか?」

「そうですね。例えば尖閣諸島に中国の武装漁民か特殊部隊が不法に上陸したとしましょう。エスカレーションを防ぐために、警察や海上保安庁で対処したいが、それができない場合。我々が秘密裏に上陸して、単純に敵を全滅させることもできます。敵が尖閣に上陸したことも、敵を完全排除したことも、そこで軍事作戦が行なわれた一切を秘匿することももちろん可能です。報復として、我が国に潜む中国人工作員を排除することもできます。政治からのオーダーがあれば、武器を使用せず、敵に物理的ダメージを与えることもなく撤退させる状況を作為することも可能です。或いは、我々が敵に扮することで『尖閣諸島が中国に不法占拠された』という状況自体を生み出して、我が国に有利な何らかの国際世論や環境を作為することもできます」

「偽旗作戦ですか・・・・・・?」

「そうです。中国と緊張状態にある第三国と中国の間に武力衝突を発生させて、我が国への攻撃リソースを損耗させることもできますよ。盧溝橋事件のように」

 一九三七年、中国大陸に派遣されていた日本軍と国民革命軍の武力衝突が、今日では『日中戦争』と呼ばれる支那事変に拡大した。衝突のきっかけは国民革命軍の放った銃弾とされるが、撃ったのは国民革命軍と対立関係にあった中国共産党軍との見方も根強い。日本の敗戦後、中国共産党は国民党を中国大陸から追い出し、中華人民共和国を建国した。

「国外での武力行使等、憲法や国内法で禁じられていることも、作戦が完全秘匿できる我々なら可能です。我々にタブーはありません。北朝鮮の指導者を暗殺して来い、拉致被害者を救出して来い、核ミサイルを破壊して来いと言われれば、それをするまでです。我々に犠牲が出ようとも、政府は日本の関与を否定すれば良いだけです」

「それでは君達の」

 石川群長が遮った。

「綺麗事は結構です。我々の命の重さは民間人のものとは違います。特殊作戦群の一員になるときに、隊員は遺書を書いています。死ぬ覚悟で入隊します。隊舎前には、殉職者の霊を迎えて祀るための榊があります。創隊時に鹿島神宮から植樹したものです。死を身近に感じることで、死の恐怖から解放される。そのために特殊作戦群では、精神教育も重視しています」

 スライドが『特殊作戦群の武士道』と題したものに切り替わった。


 一、確たる精神的規範を有し、生死の別を問わず事に当た

   る肚決めをすること

 一、臆せず行動できる勇気とこれを維持する気力を鍛錬す

   ること

 一、事を成し遂げる実力(知力、技術、体力)を修養する

   こと

 一、言動を一致させ信義を貫くこと


「我々はどれだけ困難な任務も、例えば政府が百名の犠牲を出してでも拉致被害者を救出しろと言えばやります。特殊作戦群の百名が死んで拉致被害者十名が救出できれば、それは作戦成功です。逆に、政府が一人の犠牲も許容しないと命じたのであれば、それは作戦失敗ということです。それが我々の命の天秤です。特殊部隊はその任務の性質上、最高指揮官たる総理の直轄部隊です。要するに政治の側にも、覚悟を持って頂きたいということです。その覚悟の上に命じられて国のために死んだのなら、悔いはないはずです。これは、部下に死んで来いと命じる私からのお願いでもあります」

 到着時に旗手から感じたものが、いま腑に落ちた。血を流す覚悟の部隊と、そのための独自の死生観。群長から末端の隊員にまで、意識が共有されている。

「創隊から二十年以上が経ち、我々は遂に戦力化に至りました。これまで完全非公開を貫いてきましたが、豪軍や米軍の特殊部隊との訓練映像を公開したのはそのためです。必要があれば、いつでもご命令ください」

 台湾有事では、どのようなことが起こるかわからない。そして、あらゆる手を尽くして台湾有事は抑止しなければならない。最悪、エスカレーションだけは防ぐ必要がある。だからこそ、特殊作戦群は使えるーー そう感じた。

「皆様の決意と覚悟がよく伝わってきました。遠慮なく、使わせてもらいます」

 席から立ち、石川群長と硬い握手を交わした。今度は目を合わせて。

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