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エンドステート ーシミュレーション台湾有事ー  作者: 益子侑也
第三章 グレーゾーン

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33/33

14.中座

15時20分 東京都港区新橋


 雑居ビルの三・四階にあるレンタルスタジオのメインスタジオは二百平米の広さがあるが、緊張した空気で狭苦しい檻のようだった。壁際にはグリーンバックの膜が垂れ下がり、普段はクロマキー合成用の背景として使われるが、今日は急ごしらえのパネルセットが組まれていた。

 その前に横一列で並ぶのは、新座、芝浦、島尻、小山の保自党総裁候補者四名。この場に相応しいデスクの手配が間に合わず、高さのあるバーチェアが四つ用意されていた。接遇面を心配するスタッフを他所に、代表の東はカンペが持ち込めなくなるからちょうどいいと笑い飛ばした。四人はスタジオの急ごしらえの設えを気にする様子もなく、軽く談笑したり、身だしなみを整えたりしていた。

 市原は、その左手側の演台にフリーアナウンサーの谷田部優香と共に立っていた。歳は数個下なのに、場慣れして落ち着いた様子が余計に市原の緊張を誘った。天井に吊るされたLEDパネルとハロゲンライトが眩しく照りつけ、熱い光線が肌がジリジリと焼くような感覚を覚えた。緊張で口の中はカラカラに乾き、喉が張り付くように不快だった。

 人手不足だからって、専門外の仕事を押し付けて。討論会の進行役なんかやったことないぞーー  

 カメラの後ろでフロアディレクターと話していた東が、ムッとした市原に気がつき、にっこりと笑って親指を立てた。まるで、学生サークルの延長のノリのように感じた。

 視線を逸らすと、ペアを組むことの多いカメラマンの江平も、揶揄うような笑を浮かべていた。

 市原や総裁候補者に向けられる三台のビデオカメラは、ペダステルやドリー台車ではなく、三脚に固定されていた。自社の「簡易スタジオ」という名の一室でしか収録しないRawLensは、本格的なスタジオ用の撮影機材をほとんど持ち合わせていなかった。

 生配信の開始が迫り、専用ルームがないためにフロア後方にテーブルを並べて設けられた副調整室(サブコン)が慌ただしくなる。

 Tシャツやポロシャツ姿のスタッフたちが行き交う中で、堅苦しくスーツを着たSP達は浮いていた。スタッフが邪魔だという雰囲気すら醸し出せない威圧的なオーラを放ち、鋭い視線を張り巡らせていた。

「配信開始まで三十秒」

 市原は深呼吸を試みたが、胸の鼓動が収まらない。胃がキュっと縮む感覚を覚えた。

「五秒前・・・・・・四・・・・・・三・・・・・・」

 時計の針が15時30分を指し、スタッフがキューサインを出した。

「それでは、始まりました。本日はRawLens緊急名配信です。MCを務めますRawLensの市原駿平と」

「フリーアナウンサーの谷田部優香です」  

 このくらいのテンションでいいのか?ーー

 堅苦しくなりすぎないようにと、東に釘を刺されていた。

 緊張が全く見えない谷田部の様子に、市原は余計に不安を覚えた。自分の声の震えを意識してしまう。

「さて、今回は保自党総裁選の候補者四人をお迎えしての討論会です」

「はい。しかし、なんでこんな弱小メディアに出演してくださるんですか?」

 市原は総裁候補者にフリを入れた。総裁候補者が揃って地上波以外のメディアに出るのは、おそらく初だ。しかし、誰から答えるかと横目で視線を送り合う四人を見て、フリが雑だったと冷や汗が滲む。

 早速やってしまたーー

 誤魔化すように二の手を入れようとした時だった。

「RawLensさんは弱小なんかじゃないですよ。よく見てますよ。それに今や若い世代は、新聞やテレビではなく、スマホ、ネットから情報を取っていますから。若い人たちにも保自党の政策論争を伝えたいという、私たちの思いですよ」  

 芝浦総理が笑顔で答えた。その素早いフォローに、市原は芝浦総理の意外な人間味を見た気がした。いや、メディアを通しては見えなかっただけで、これが普通なのかもしれない。

 そして他の三人も一様に「見たことある」「下地島空港の件は良い報道だった」などと意見を交わし始めた。激しい戦いをしているとは思えない、四人の和やかな雰囲気に市原は不意打ちを食らった。いや、政治家らしい政治家たちだと、今度は妙に納得した。

「ありがとうございます」

 市原は二つの意味を込めて、礼を言った。 「本日は、四人の候補者から経済・財政、外交・安全保障、社会保障、地方創生、憲法の五つのテーマで議論をして頂きます。テーマ毎に各候補者の方から二分間、意見を述べて頂いた後、四人の間で指名式で質問をしてもらいます。また、番組の方で、事前に視聴者からお寄せいただいたアンケートに基づいた質問をさせていただきますので、その際はフリップへの記入、もしくは◯か×の札を掲げててください」

「なお、番組のチャット欄は開放しておりますが、候補者や出演者への誹謗中傷、事実に基づかない情報の書き込みはお控えください。よろしくお願いします」

 保自党本部は、総裁選前からネット上で飛び交うデマや誹謗中傷に神経を尖らせていた。市原が読み上げたのは、総裁選管理委員会からアナウンスを求められたものだった。

 しかし、不安はそれだけではなかった。先日も受けたようなサイバー攻撃が、配信中にないかという懸念だ。東の知人が経営するサイバーセキュリティ企業が現場にも入り、チャットは日本国内IPのみを許可したり、同社のDDoS緩和サービスを導入したりと策は講じていたが、不安は拭えなかった。それよりも、市原が驚いたのは、政府や警察がサイバー攻撃から民間企業を直接防護する法的根拠がないことだった。

 そんな不安を他所に、東がサブコンで、PCモニターに見入っているのが見えた。表情からして、同時接続数は鰻登りなのだろう。

「それではまず初めに、候補者お一人お一人から総裁選にかける思いなどを三分ずつ述べて頂ければと思います。党の届出順に則りまして、まず新座候補からお願いします」

 新座からは自身の生い立ちや前回の総裁選後に全国を回ったことも踏まえて、首都機能を地方に分散させる国家構想が語られた。七十歳のベテランらしい落ち着いた口調で、戦後生まれの自分たちが築いた繁栄を次世代に引き継ぐための「分散型国家」のビジョンを力強く描き、地方の活力イコール国力であるとして、地方の衰退を防ぎたいと締め括った。

 芝浦は、冒頭に出馬にあたっての推薦人への感謝の言葉を述べ、今この瞬間も危機管理対応にあたる自衛隊や政府職員への礼を伝えた。そして、手堅い財政運営で将来世代に負担を残さないことと、リアリズムの視点からの外交・防衛政策で日本を守り抜くことを強調した。具体的な数字や現職総理としての外遊経験も交えた現実的なアプローチが印象的だった。

 島尻からは全世代活躍型の創造性のある社会とデジタル政府の強力な推進が中心で、若々しい情熱が声に乗り、AIやビッグデータを活用した行政改革の青写真を鮮やかに展開した。さらに、自身も子育て中の母親であるとして、大規模な財政出動による強力な少子化対策の必要性を訴えた。

 最後の小山は、日本の国の成り立ちと歴史を語った上で、日米同盟を軸とした格子状の多国間同盟と、地域大国としての能動的な安全保障政策を述べた。さらには、自身が総理総裁になれば、任期中に必ず憲法改正を発議すると約束した。

 候補者たちの言葉は、それぞれの経験と野心を映し出し、スタジオの空気をさらに熱くした。


「ありがとうございました。各候補者から二分ずつ、外交・安全保障について述べて頂きました」

「では、外交・安全保障について、視聴者の方から多く寄せられた質問を伺いたいと思います。まず、一つ目です」

 市原と谷田部が交互に進行する流れも、スムーズになってきた。

「はい。いま中国軍が台湾の周辺で軍事演習を続けていますが、台湾有事で日本はどのような対応をするべきですか? また、台湾との外交は今後どうしていくべきですしょうか?」

「このテーマでは、最も多く寄せられた質問になります」

「では、先ほどから順番を一つずらしまして芝浦候補よりお願いします」

「はい。まず軍事演習の問題ですね。私は現職の総理大臣ですから、この問題にも取り組んできましたし、今も対応中です。従いまして、はっきりお答えできない箇所が、どうしても出てきてしまうことは事前にご理解頂けたらと思います」

「それは安全保障に関わる話ですから、もちろん」

 芝浦はバーチェアの上で姿勢を正し、穏やかな笑みを作った。現職総理大臣としての重みを滲ませつつ、慎重に言葉を選ぶ。

「政府ではですね、自衛隊に命じまして警戒監視や情報収集を強化しています。外交ルートでも、遺憾を伝えています。そしてですね、日本は石油を始め、多くのものを輸入に頼っています。この台湾周辺というのは、まさにそうした輸入品を積んだ船が通るシーレーンなんです。現に、ガソリン価格を始め、国民生活に大きな負担が出てしまっています。従いまして、政府ではガソリン一リットルあたり三十円の補助を実施しています。今は予備費を活用していますが、総裁選で私が選任されれば速やかに臨時国会を招集して、補正予算を成立させまして、引き続きエネルギー価格高騰への支援を行いたいと思います。そして、台湾有事になったらというのは、仮定の話でして、こう、お答えしにくいと言いますか、台湾有事と一口に言っても様々なケースがありますから。もちろん、台湾有事が我が国に及ぼす影響は無視できませんから」

「すみません、なるべく簡潔にお願いします」

 谷田部が丁重に伝えた。

「はい、はい。そうですね、仮に両岸の緊張が高まる事態になれば、国民の暮らしや生命を守るために全力を尽くすことはお約束致します。ですがね、一番大切なのはこうした事態を起こさないことであって、そのためにも法の支配といった普遍的価値を多くの国々、国際社会と共有し、今もちょうど太平洋で日米豪の共同訓練を行なっていますが、こうした日米、日オーストラリア、また英国、フィリピン、インドなどといった同志国との安全保障協力を深めて抑止力というのを高めていくことだと思います。それから、台湾との外交ということですが、ご承知の通り日本と台湾の間には正式な国交というのは、中国が唯一の合法政府であるという立場を理解するという日本の立場ですから、ありませんが、この民間交流というのは非常に活発です。台湾からの訪日観光客は実に五百万人を超えていまして、中国からの観光客とほぼ同じ、韓国、中国に次いで三番目の数です。今後もこうした民間交流や経済交流を中心にですね、互いの発展に繋がればと考えています」

 芝浦の言葉は、現実的なバランスを重視したものだった。抑止力強化と対話の両輪を強調しつつ、具体的な数字や現状の施策を交えて説得力を高めている。市原は内心で感心しつつ、次の候補に視線を移す。

「ありがとうございます。では、次は島尻候補に伺います。お願いします」

 島尻はバーチェアから身を乗り出す勢いで、鋭い眼差しをカメラに向けた。

「まず、いま現在進行形で行われている軍事演習ですが、私は政府の対応を評価しております。ですが、情報戦や認知戦が重要になる中、日本の立場や主張、先ほど総理からも説明がありましたような自衛隊の対応、これについてはより積極的な情報発信をするべきだと思います。これは対外的、国際社会に向けてもそうですが、国内向けにもしっかりメッセージを出さないと、国民の対中感情の悪化、より強力な対抗措置を求めることにも繋がり、エスカレーションを高めかねません。情報発信の戦略性、これは総裁選を通して訴えていきます。それで仮に台湾有事になればということですが、日米安全保障条約に基づいた対応、つまりは米軍の後方支援ですが、これは当然行われるべきだと思います。そして、何よりも大切なことは、国民の皆様の命をお守りすることです。台湾にいらっしゃる邦人の方の退避を円滑、確実に進めるために、日本と台湾の外交関係を非政府間の実務関係から、より準公的な関係にまで引き上げる必要があると考えています。私も青年局のメンバーとして何度も台湾へ足を運び、総統はもちろん、議員の方々とも意見交換を重ねてきましたので、その経験を生かしたいと思っています」

 島尻に安全保障関係に明るいイメージはなかったが、総裁選のために政策を詰めているなと、市原は感じた。やはりブレーンは、巷で囁かれているように長池衆議院議員なのだろうか。

「それでは次に小山候補、お願いします」

「はい。私も島尻先生と同じく、政府の対応は評価しております。情報戦の重要性というのも仰る通りだと思います。その上でですが、『遺憾』ではなく『非難』を伝えるべきだと思います。日本国民の暮らしに影響が出ているわけですから。そしてご質問の台湾有事ですが、これは存立危機事態になり得る事態です。『台湾有事は日本有事』という言葉もありますが、先島諸島への波及が懸念されます。そこで、防衛費をGDP比三パーセントに引き上げることで、南西諸島の防衛態勢をさらに強化し、事態の抑止を図るべきです。さらに、台湾軍と自衛隊の人道分野での共同訓練や、日台の偶発的な事故を防ぐための防空情報の共有や、ホットラインの開設は検討に値するものだと考えています」

 踏み込んだなーー

 選挙を控えた与党の政調会長、しかも総理候補の発言としては攻めたものだった。

「では最後に新座候補、お願いします」

「いま行われてます軍事演習については、先ほど来、皆様が仰っている通りだと思います。そして総理からご説明のありました、エネルギー対策、ガソリンの補助ですね。これは与党が一体となって取りまとめたものですから、評価するのは当然と言いますか、万全な対応策を政府に示したつもりです」

 市原は芝浦総理の表情がムッとするのを見逃さなかった。

 新座は、隣からの鋭い視線を無視して続ける。

「それと台湾有事への日本の対応ですか。仮定の話には安易に答えられない、というのが私の立場であります。日中共同宣言に則り、日本は米国と中国、中国と台湾の橋渡し役として、台湾海峡の安定を追求すべきです。軍事的なエスカレーションを避け、対話の窓口を維持することが最優先です。私も何度も中国には訪れて政府高官ともパイプを築いておりますし、だいぶ昔のことですがね、私も党の青年局時代には台湾に何度か足を運んだこともございます。台湾とは、引き続き民間交流を中心とした関係に止めるべきで、公式外交の引き上げはかえって地域の緊張を高め、抑止どころか事態を悪化させる恐れがあります。平和的な解決こそが、日本の国益に資するものでございます」

「はい、ありがとうございます。それでは、候補者間の質疑応答に移りたいと思いますが」

 芝浦総理がスッと手を上げた。

「では、芝浦候補」

「はい。新座候補への質問です。日中共同声明での『一つの中国』については、あくまで『台湾が中国の一部である』という中国の主張を、日本は理解し、尊重するというものであって、承認していない、というのは、先生もご承知の通りかと思います。それでですね、日中共同声明にも盛り込まれておりますが、これは紛争を平和的に解決するとの前提に立ったものだと、私は理解していますが、先生はいかがでしょう? その上でいまの状況はいかがでしょうか?」

 言葉は丁寧だったが、微かな棘があった。

 カメラの後ろで、党本部の職員と芝浦の公設秘書が何やら話しているのが市原の目に留まった。少し慌ただしいようにも見える。

 新座は表情を強張らせながら、答える。

「・・・・・・そうですね。これは総理の仰る通り、中国、そして日本が全ての紛争を武力ではなく、平和的手段によって解決するとしていますので。今の軍事演習の状態、これも望ましくはございません。とはいえですよ、軍事演習は「台湾独立勢力への警告」という位置であって、日本に対する武力行使をちらつかせるものでないことは明らかですよ。ここの外交的なメッセージ、コミュニケーションを見誤ってはいけない。平和的な解決に向けて、日本は」

 ADが慌てて掲げたスケッチブックには<総理退出>とマジックペンで大きく書かれていた。

 SPらも動き始め、スタジオの出口までの動線を確保した。

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