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8.ディスインフォメーション

13時45分 

熊本県熊本市 陸上自衛隊北熊本駐屯地 

第42即応機動連隊指揮所


 第42即応機動連隊第1科広報班の広畑晴翔3等陸曹はトイレから戻る足取りを急がせながら、会議室に滑り込んだ。

 会議室中央の出入り口から後方半分が連隊本部の作戦室となっており、そこが広畑の居場所になっていた。普段はそれぞれの事務室にいる各科が、テーブルの島を設けて、同一空間で業務にあたっている。

 前半分の指揮所では、地図、テレビモニター、スクリーンを囲むように、多田連隊長、大沼副連隊長、各科長が陣取っている。地上波の一局を映したテレビモニターでは、スポットニュースが芝浦総理の靖国参拝をトップで報じていた。

〈なお、芝浦首相の参拝に反対する団体と、それに抗議していた団体が衝突し、双方から併せて十二名の逮捕者が出ています〉

 音量を小さくしている代わりに、字幕起こしが表示されていた。

 隔離された空間で世間のざわめきを感じながら、自席に戻ろうとする広畑の目に、作戦室から指揮所に向かう第1科長の若松3等陸佐の姿が目に止まった。困惑したような表情を見て、広畑は足を止めた。

「連隊長。師団からです」

 若松1科長はメモ用紙を片手に、多田に声をかけてた。

「どうした?」

「SNSにうちの車輌が宮古島の住民と事故を起こしたとの投稿があるとのことで、師団と総監部が事実関係の報告を求めています。3トン半らしいです」

 若松1科長の言葉に、幕僚らの空気がピント張り詰めたのを感じた広畑は、聞き耳を立てる。

「事故? 至急、中隊長に事実関係を確認してくれ。串本が報告しないってことは考えにくいけどなぁ」

 冷静沈着な多田連隊長は動じることはなかった。

「了解。念のため、宮古島駐屯地司令にも確認します」

 二人の会話を聞いた広畑は足早に自分のデスクに戻り、業務用PCを開いた。広報班最年少という理由でSNS運用を任せられている広畑は、連隊の公式Twitterを立ち上げた。普段通りに通知を確認しかけたが、検索欄にカーソルを向けた。連隊長と1科長の会話のキーワードを打ち込む。

〈宮古島 陸自 事故〉

 検索結果をスクロールするが、キーワードにヒットしただけの関係のない投稿だった。直近の投稿もない。

 キーワードを打ち直す。

〈宮古島 自衛隊 事故〉

 これか、三十分前ーー

 広畑が見ている間にも、いいねとリツイートの数字が増えていく。これがSNSの恐ろしさだ。

「広畑、Twitterなんか開いてんじゃねぇぞ」

 広畑は肩をビクッと震わせた。振り返ると、広報班長が立っていた。忙しさからか、目には苛立ちが浮かんでいた。

「いまは広報よりも渉外だ。暇があるなら手伝え」

「班長、それが」

 広畑が説明しようとした時、前方の指揮所から若松1科長が広報班長を呼んだ。

「広報班長! Twitterに宮古島でうちが事故を起こした投稿があるか、探してくれ!」

「了解!」

 そう答えた広報班長に、広畑は得意げな顔でPCの画面を指差した。

「調子乗んなよ」

 広報班長は冗談っぽく広畑を小突くと、1科長に「ありました」と声を上げた。

「スクリーンに出してくれ」

 広畑はPCの電源ケーブルを抜いて立ち上がった。PCを抱えて演台へ行くと、置かれていたPCのHDMIケーブルを差し替えた。

「正面に当該投稿を映します」

 広畑がそう言うと、会議室の正面スクリーンの表示が切り替わった。プロジェクターが、Twitterの画面を出力する。

 3トン半トラックが沿道でプラカードやのぼり旗を掲げて抗議する活動家と衝突する十秒ほどの映像と共に〈宮古島新配備の自衛隊トラックが起こしたのは事故 活動家を照準したか疑いたいと思うほど〉と書かれていた。コメント欄には、投稿者が続報として〈自衛隊の将校は気をつけろと言い捨てて、退去して行った〉と投稿されている。

 事実ならダメージがデカいなーー

 そう思いながら、広畑は顔を上げて指揮所の面々を見た。

「どこか日本語が不自然じゃないですか。機械翻訳っぽいといいますか」

 大沼副連隊長が言った。

 広畑も心の中で同意する。

「映像を大きく出してくれ」

 多田に言われ、映像を全画面表示にした。

 指揮所の最前列に陣取る多田連隊長以下幕僚等がスクリーンに食い入る。

 カーブ外側の歩道で抗議している活動家らの様子を、その後ろから撮影したアングルで映像は始まった。正面から走ってくる一輌の3トン半トラックに向かって、八名の活動家がプラカードやのぼり旗を掲げて抗議している。3トン半トラックは右カーブに差し掛かるが、曲がりきれずに、歩道に乗り上げてスリップするかのように活動家らの方へと突っ込んで行く。活動家らがのぼり旗を手放して、慌てて画面の右端方向へ逃げる。車道に戻ろうと、慌てて大きく右へとハンドルを切った車輌のフロント左端と、逃げていた一人の女性が接触したところで映像は終わった。再び映像は冒頭に戻り、ループ再生される。

「この映像は捏造の可能性が高いです」

 2科長の新戸2尉はそう言い切り、皆の視線を集めた。

「大きく右折する際に車輌後端あたりから排気ガスらしき黒煙が出ていますが、3トン半のエンジンはキャブの下にあります。それにマフラーは運転席側にあるので、このような排気ガスの見え方はしないはずです」

 他の幕僚も納得するように頷きを交わし、ループ再生されている映像に感嘆の声を上げている。

「他には? 明確にうちの車輌じゃないという根拠も併せて欲しい」

「ナンバー、ナンバーはどうだ? うちの車輌に該当するか?」

 大沼副連隊長が突如、声を上げた。

「ナンバーですか。ナンバーは・・・・・・」

 広畑は映像を一時停止して、画面に顔を寄せる。

「36-57?・・・・・・ 下二桁が読めません」

「うちに36-57で始まる車輌はあるか? 確認してくれ!」

 4科長の和田1尉が指示を飛ばす。4科のデスクで、車両幹部が慌ててファイルを広げる。

「36は3トン半トラックでなく、3トン半ダンプです。えー、派遣した二輌のうち一輌が36-5749です」

はっとした白髪短髪の車両陸曹が立ち上がる。

「3尉の仰る通り36は3トン半ダンプですが、映像の車輌のリアタイヤはシングルです。車番通りダンプなら、リアタイヤはダブルのはずです。矛盾します」

 3トン半ダンプは、3トン半トラックの荷台が持ち上がるタイプだが、外観上の違いは殆どない。見分け方は、荷台下のフェンダーの有無、リアタイヤがダブルかシングルか、ナンバーの上二桁が36か34か、といった僅差である。

「報告します! 宮古警備隊の桟原隊長と串本中隊長に確認が取れました! 宮古島警備隊及び増強中隊において、現時点までに事故の報告はないとのことです。現在運行中の車輌も無線で確認済み。念のため、隊員と保有車輌への確認を実施するとのことです。以上です」

 自即電の受話器を置いた庶務陸曹が報告した。

 安堵の空気が広がる。

「1科長、師団に速報を上げたら、取り急ぎの報告書をまとめてくれ。2科はSNS情報等に関して、4科は車輌に関して、それぞれ広報班の渉外対応に協力せよ。こちらにも、メディアからの問い合わせがあるかもしれない」

 多田が指示を出すと、室内が慌ただしく動き始めた。足音と声が交錯する。

「広畑3曹、ありがとう。もういいよ」

 広畑は多田連隊長に会釈して、HDMIケーブルを抜いた。

 いや、このままでは良くないーー

「連隊長」

「ん、どうした?」

「はい。まずは連隊のSNSで、事故の事実がないことを発信すべきと考えます。SNSでは、スピードが命です」

 多田連隊長が反応するより先に、若松1科長が否定する。

「広畑、手続きや手順があるんだ。報道対応も必要になるし、まずは事実関係を整理して」

「いや、1科長。SNS空間も今や認知戦の戦場だ。ここは若者の意見こそ、参考にするべきだろう」

「ありがとうございます」

 広畑は自分の考えが連隊長に受け入れられたことが、素直に嬉しかった。

「他には何かあるか?」

「そうですね・・・・・・ ツイート一つするのに煩雑な決裁を経なければらないのが、どうしてもスピードに欠けます。決裁を終えて投稿する頃には、鮮度が落ちていています」

 連隊公式のSNSに投稿するには、投稿文面を投稿画像とともに起案用紙にして、各科や中隊に持ち回って合議、審査、そして連隊長の決裁を得て、ようやく投稿ができる。俗に「スタンプラリー」と言われるものである。内容によっては、師団や方面総監部の決裁も必要になる。文書主義の行政組織故にやむを得ないことだが、投稿はいつも〈昨日〉〈先日〉の文字から始まる。

「なるほどな。貴重な意見をありがとう。こういった偽情報が増えることも考えると、確かに否定や反論の投稿の手続き簡略化は必要かもしれん。俺から師団長に進言するよ」

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」

 広畑は喜びの笑みを隠さずに、頭を下げた。

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