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6.独占取材

8月14日 11時10分

沖縄県宮古島市 平良港・下崎埠頭


 アスファルトが溶岩のように熱を帯び、靴底が焼けつくような感覚が足を這う。平良港のフェンスの向こうでは、接岸した海上自衛隊の輸送艦〈しもきた〉が、サイドランプから第42即応機動連隊の車輌が次々と吐き出す。白色のライナーを被った第136地区警務隊宮古派遣隊の警務官が誘導棒を振って、埠頭に車輌を整列させている。ディーゼルエンジンの排気臭が、潮風に混じる。

「ご覧ください。海上自衛隊の輸送艦から、陸上自衛隊の車輌が次々と降りてきます。中には装甲車もいます」

 市原はマイクを片手に、江平のカメラに向かって様子を伝える。

「そしてゲートの前では、抗議活動が行われています。およそ七、八十名といったところでしょうか」

 江平は、カメラをフェンスの奥からゲートの前に向けた。

「戦争反対―! 自衛隊は帰れー!」

 メガホンを持った女性の掛け声が空気を切り裂き、群衆が掛け声と共に右拳を突き上げる。〈自衛隊はいらない〉と書かれた赤色ののぼり旗が潮風になびき、〈自衛隊帰れ〉〈戦争反対〉〈宮古島を戦場にするな みんなが安心して暮らせる宮古島〉〈軍事訓練反対〉〈ミサイルで平和は守れない〉(機動戦闘車配備に反対)などと書かれたカラフルなプラカードや横断幕がゲートに向かって掲げられている。

 その後方にはパトカー三台が止まり、制服警察官らがゲート前の車道に広がるデモ隊の様子を見ていた。さらにその奥では、イヤホンを片耳に刺した私服姿の公安捜査官四名の姿がある。

 代表者らしい女性が、メガホンを手に演説を始める。集まっている多数のメディアのカメラが、女性に向けられる。

「私たち連絡会の活動も虚しく、政府と防衛省はミサイル基地の建設を強行しました。そしてあろうことか、今度は事前に説明もなく、訓練と称して、なし崩し的に増強しようとしています。しかも、私たちの感情を逆撫でするかのように、終戦記念日の前日にです。宮古島はあなたたち自衛隊の演習場ではありません。私たち、子供達が暮らす平和な島です。戦車やミサイルで平和は守れません。今すぐ訓練を中止し、撤退してください! 自衛隊は米軍の指揮下に入って、中国を侵略しようとしています。その足がかりが、その口実が沖縄で戦争を引き起こすことなんです。憲法九条にはーー」

 今度はカメラが一斉に〈しもきた〉へと向けられた。陽炎の奥では、海上自衛官に誘導された16式機動戦闘車がサイドランプを慎重に進む。74式戦車と同等の52口径105mmライフル砲を備えた16式機動戦闘車は、デモ隊の強い反発を呼び起こした。シルエットは戦車に近い。抗議の声が大きくなる。

 江平のハンドサインを確認して、市原は再びリポートする。

「いま自衛隊の戦闘車輌が出てきました。他の装甲車と異なり、砲塔があります。機動戦闘車と呼ばれる車輌とみられます。宮古島市の発表によりますと、この機動戦闘車が宮古島に上陸するのは、初めてとのことです。防衛省は当初、訓練部隊の展開を12日に予定していましたが、沖縄県等が弾薬の搬入について難色を示したことで調整が難航。弾薬を持ち込まないという条件付きで県が承認し、2日遅れでの上陸となりました。なお、訓練は石垣島と与那国島でも予定されており、そちらも本日中に訓練部隊が到着する模様です。宮古島市の下地島空港には、台湾軍機が緊急着陸するなど、中国と台湾の軍事的緊張が高まっており、住民からは訓練が更に緊張を高めるのではないかと、不安の声も聞かれます。この突然かつ異例の訓練の背景には何があるのか、RawLensでは引き続き現地のありのままの様子をお届けします」

 


12時30分


 天頂に達した太陽から降り注ぐ日差しと、纏わりつく湿気に負けたメディアと活動家らは小休止していた。プラカードや資料を扇いで、心許ない風を感じていた。虚な目で、機械的に手を動かしている。

 埠頭には車輌が整然と並んでおり、しばらく動きは見受けられなかったが、ゲートの手前にパトカー四台とハイエース、沖縄県警機動隊の人員輸送車が到着した。青地に白の太帯二本の機動隊カラーの日野レインボーRJから、活動服姿の機動隊員が続々と降りてきた。濃紺の出動服にプロテクターと盾を装備する、見慣れた姿ではない。住民に考慮して、また活動家に要らぬ口実を与えないための軽装である。白のワイシャツには既に汗が染み、サングラスとマスクで覆う顔を汗が伝っている。

「機動隊が来た」

「そろそろ自衛隊が出発するんですかね」

 江平は市原にそう答えて、カメラを機動隊に向けた。

「先輩。なんで警察の人、皆んなマスクしてるんですか? 暑そー」

「顔を特定されるのを防ぐためらしい。それでも、無理やりマスク外されて、顔写真撮られたりするんだ。それで身元が割れたら、過激派に何されるか、わからないからな」

 市原は声を潜めた。

「過激派・・・・・・?」

 警察庁や公安調査庁は、沖縄県における反米軍基地運動に県外から極左暴力集団が動員されていることを認めている。更には、その背景に中国の分断工作があることを、報告書である『内外の回顧と展望』に記している。

「沖縄の基地問題は、単純な対立構図じゃないんだ・・・・・・ 県民にも反対派だけじゃなくて、賛成派も容認派もいる。米軍基地で職についている人も、仕事を支えられている人も多い。反基地運動に本土の過激派がやって来て、一般県民が賛成はもちろん、反対の声を出しにくくなっている面もある。成田闘争の残党までいるんだよ。基地がなくなることを本心から思って沖縄に来てるのか、甚だ疑問だよ。メディアは基地反対を県民の総意として、政府との対立構図で報じたり、煽ったりする」

 市原の声は重く、表情は曇った。

「じゃあ、しっかり撮らなきゃですね」

「江平、気をつけろよ」

「え?」

 ゲートの前にアウトドアチェアを広げて座り込む活動家に、作業服を羽織った職員が声をかける。

「すみません。危険なので、移動していただけますか?」

「誰ですか? 何の権限ですか?」

 活動家らがヒステリックに騒ぎ始めた。

「市の港湾課です。通行の妨げになりますので、すみませんが」

「市役所職員は市民を守らないんですか? この軍事訓練、明らかに憲法違反ですよね? 答えてください? 公務員なんだから、答える義務がありますよね? こんなに武器、搬入していいんですか?」

 ビデオカメラを片手にした活動家が職員との距離を詰める。

「我々としては貨物という扱いですので」

「これが貨物!? 兵器でしょ! 何が入ってるか、わからないでしょ。それなら核も持ち込んで良いんですか?」

 騒ぎが大きくなり、ヒートアップする。

「市は警察や自衛隊に協力するんですか!? 私たちを弾圧しに来た自衛隊に!」

 女性が甲高い声を張り上げると、それを合図にしたかのように十名ほどの活動家等が職員を取り囲んだ。

「お名前は? あなたの名前は?」

「港湾課だって。市内に住んどるんじゃないか?」

「住所、住所言うてみ」

 活動家らが詰めより、スマートフォンやビデオカメラで職員の顔を撮り始めた。顔を逸らす職員に「やましいことがあるんか!」と高齢男性が怒鳴りつけた。

「名乗れんのか! ボケ!」

「名刺寄越せ!」

「顔見せろ!」

 囲まれた職員に罵声が浴びせられる。

 見かねた機動隊が間に入る。ゲート前の通路を確保するために、機動隊は道路に沿って横一列に並ぶ。

「こちらは車道ですので。歩道まで下がってください。ご協力お願いします」

「車道開けるぞ。前へ、前へ」

 機動隊はジリジリと、デモ隊を歩道へと追いやる。触ったと言われないように、両手を後ろで組んだまま、体で押し込んでいく。

「触らないで! セクハラ! セクハラです!」

「暴力だ! 暴力!」

「何の法的根拠があって、やってるんですか?」

「宮古島を占領するんですか? 戦争するんですか?」

 ポロシャツ姿で首から警察手帳を下げた公安捜査官が、機動隊の前方で活動家らを説得している。

「申し訳ないんだけどね。抗議は法律の範囲内でお願いしますね。こっちは車道だから」

「憲法守ってないのは、そっちでしょ。あなた、憲法九条を読んだことありますか? 戦争放棄、戦力不保持」

「抗議はしてもらって構わないから。これから車輌が通るから、危ないから。やるなら歩道で」

「この武器の方が危ないだろ! 俺らは死んでも良いんか!」

 活動家と公安捜査官が押し問答する中、突然一人の男性活動家が「この野郎」と叫び、公安捜査官に掴み掛かった。首の警察手帳を力任せに引っ張る。

「公務執行妨害! 確保!」

 機動隊は指示と同時に、電光石火で動いた。男性活動家を捕まえようと手を伸ばし、男性活動家は群衆の中に紛れ込もうと身をよじる。それを庇う間に入った活動家らと機動隊が掴み合いになる。辛うじて保たれていた秩序は決壊した。怒号が空気を切り裂き、群衆の熱気は一気に暴徒のそれへと変わった。活動家らが機動隊員等に掴みかかり、のぼり旗やプラカードを武器のように振り回す。機動隊員は訓練された動きで、暴れる活動家を地面に抑え込むと、そのまま引き摺り、駆けつけたパトカーの車内に押し込んだ。

 警察と活動家の様子を撮影していた市原と江平は、あっという間に暴徒と化した群衆の波に飲まれていた。

「江平! 江平! 下がるぞ」

 市原の叫び声は、機動隊と活動家双方の喧騒に掻き消される。後ろへと下がろとするも、機動隊の方へと向かう波に逆らえない。逃げ道を探すも、倒れないように踏ん張るので精一杯だった。押しつぶされる。

「何や! 貴様、右翼メディアやないか! なに撮っとるんじゃ!」

 活動家の高齢男性が、江平の右肩にあるRawLensの腕章を睨みつけ、罵声を浴びせた。顔は紅潮し、目は血走っていた。

「すみません! 帰りますから!」

 市原が声を張り上げるも、江平は恐怖で凍りついたように立ち尽くしている。透かさず、市原は江平の腕を掴み、引き寄せた。

「逃げんのか! カメラ寄越せ!」

 活動家が唾を飛ばしながら、市原のシャツが掴んだ。引っ張られ、シャツの縫い目が音を立てる。

「やめてください! 下がるから、下がるから!」

 市原が叫ぶも、興奮した活動家には届かない。別の手が体を押し、また別の手が引っ張り、市原を揉みくちゃにする。

市原がバランスを崩して、倒れかかった瞬間。

一人の男性が活動家に体当たりして押し倒し、二人に「こっちへ」と叫んだ。黒いポロシャツ姿の四十代後半と見られるその男に見覚えはない。だが、そんなことを気にする間も無く、市原は江平の腕を引く。見ず知らずの男の声に導かれるままに、デモ隊の中を掻き分ける。熱気と埃にまみれた空気は、酸素が薄い。ぶつかる人と自分の汗で、全身がベタつく。怒号とサイレンを背中に感じながら、がむしゃらに進んだ。


 平良港から少し離れた路肩に停めていたレンタカーのホンダ・フィットに、市原と江平は辿り着いた。白い車体が眩しい。活動家らが追ってくる様子はなかったが、騒々しい音がはっきり聞こえた。目一杯、新鮮な空気を吸い込んで呼吸を落ち着かせると、市原は男に車へ乗るよう促した。

 江平が助手席に座ると「あーづっ」と叫び、汗で貼り付いたTシャツの胸元をバタバタと扇ぐ。市原は堪らずエンジンをかけて、エアコンを最大風量にした。生温い空気が吹き出す。

 パトカーがサイレンを鳴らして、路肩のフィットを追い越して行った。後部座席に現行犯逮捕した活動家を乗せていた。

「あの、ありがとうございました」

 市原は運転席から振り返って、頭を下げた。

 いえいえと、男は首を小さく振る。息は一切乱れていなかった。

「失礼ですが、どちら様ですか」

 市原が尋ねると、男は流暢に話し始める。

「詫びるのはこちらの方です。ずっと、あなた方への接触の機会を伺っていましたが、こんな形になるとは」

 男はそう微笑むと、前屈みで名刺を差し出した。

〈星濤旅行社 營業部 國際組・日本團隊 沖縄負責 林志鴻〉

「裏に日本語で」

 男に促され、市原は名刺を裏返す。

〈星濤旅行社 営業部 国際グループ・日本チーム 沖縄担当 林志鴻(リン・ジーホン)

「台湾の旅行代理店の方が、私たちに・・・・・・?」

市原がそう怪訝な表情で振り返ると、江平は名刺を覗き込んだ。

「それは偽の身分でして。実は、私は台湾の国家安全局の人間です」

 二人が眉を顰めるのを見て、男が続ける。

「台湾の情報機関です。日本の内調や公安調査庁のような組織です。名前はその『林』で呼んでいただければ、結構です」

 林と名乗る男は、偽名であることを匂わせた。

「林さん。情報機関の方が、私たちに接触する理由がわかりません。助けて頂いたのは、本当に感謝していますが」

 林は「いや」と微笑を浮かべると、手を振って遮る。

「非合法なことをお願いしようなんて話ではないですよ。是非、取材しませんか? 下地島に緊急着陸した戦闘機と輸送機のパイロットや乗員を。もちろん、独占インタビューです」

「それはどういう?」

 市原の声には、警戒心が滲み出ている

「包み隠さず申し上げれば、我々にとって今の状況が極めて悪いからです。台湾政府や駐日代表処――いわば日本大使館ですね、も、台湾軍機を攻撃したのは中国軍であって、自衛隊の誤射や我々の自作自演ではないと発信しています。しかし、中国の影響工作の方が強く、台湾は認知戦で負けています。私たちは日本の対台湾感情の悪化や、台湾有事に対する厭戦機運を懸念しています。ぜひ、日本のメディアから日本人に真実を伝えていただきたい」

「先輩。凄いじゃないですか。大手を出し抜いて、うちが独占インタビュー! やりましょ!」

 前のめりになる江平に応えることなく、市原は林の目をじっと見据えた。

「それは私たちに、台湾の情報工作に協力しろということですか?」

「いえいえ。インタビューの内容も、記事や動画の構成・編集の全て、そちらにお任せします。私が提供するのはインタビューの機会だけです」

「なぜ、大手メディアではなく、うちに?」

「大手には、中国への配慮があります。中国共産党に記者証発給を止められることへの怯えがあるからです。中には、社内に協力者や工作員が浸透している所もありますが。対して、あなた方は編集前の素材も併せてノーカットで投稿するなど、偏向報道をしないという姿勢があります。私がRawLensのその理念に感銘を受けたから、こうしてお願いに参りました」

 市原が暫し沈黙する。

「わかりました。我々にとっても大変ありがたいお申し出です」

 その言葉で、林は笑みを浮かべた。

「林さん。ただし、条件があります。あなた方が、我々にインタビューの機会を提供する理由を記事と動画に載せる。それでも良ければ」

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