慮外の客 ③
『博物誌』に曰く。とある南の島に鳥がいる。名は「ホウ」という。太古の昔に火山より生じて親も無く子も居ない。矢でも剣でも殺すことはできない。老いると自らを炎に包み、その身を灰と帰す。そして、その灰から若鳥の姿で蘇る。
§ § §
嘘か真かは定かでないが、その炎を模した魔道が【朱鳥焼燬】であると伝えられる。
この術によって生成された羽根状の熱源は、現在の魔道で創造しうる最高温度を誇り、およそあらゆるものを焼き尽くす。ただし、発動には膨大な魔力を必要とし、また制御もやっかいなことから、術式を刻んだ魔道炉の中に数人がかりで発動されることがほとんどである。
――そんな大技を、ガリレオは独力で成し遂げてしまった。我々の世界で例えるなら、「下町の工場で核融合を実現させてしまった」ようなものであるから、アルバートが驚愕したのも無理はない。
「こっちは、いつでも、いけるぞッ。それと……」
ガリレオが絞り出すような声で言った。魔道はすでに発動しているから、あとはその力を解き放つだけで、あの二人は骨も残らず灰となるであろう。この世界の常識に鑑みて、【朱鳥焼燬】の圧倒的なエネルギーを防ぐということは、よほどのことが無い限りあり得ない。
だが、ガリレオはドミニィの実力を知っている。あの天才の魔道を無効化したということは、よほどのことなのである。だから、ガリレオは油断をしない。
「――【反射鏡】の類が仕込まれていると厄介だから、露払いを頼むわ」
「わかった。ボクがありったけの【魔道相殺】をやつらに射ち込むから、それに合わせて【朱鳥焼燬】を解放して!」
アルバートは、ドミニィが詠唱する姿を初めて見た。それはとても音楽的で、一瞬、自分が戦場にいることを忘れたほどであった。しかし、それによって生み出された【魔道相殺】のヴィジョンは、限りなく機能的で、冷酷で、どこか巨大な裁ち鋏を想起させるのであった。
(ここしばらくガリレオの特訓につきあったおかげで、【魔道相殺】に関しては随分上達したと思っとったが……いかんな、驕っておったわい……)
一瞬、そのような感慨にふけってしまったのはアルバートの油断であった。ドミニィの【魔道相殺】は、予想よりはるかに早く発動してしまったのだ。それは同時に、ガリレオの【朱鳥焼燬】が解放されることを意味する。
アルバートの腕では、今から十分な【障壁】を張ろうとしても間に合いそうもない。爆風を避けようと、とっさに両腕で顔をかばい、できるだけ体勢を低くする。
(ドカーンと来るか、ブワッと来るか、ああ、クソッ、髭だけは何とか焦がさんようにしないと……まったく厄日じゃわい、ああ、クソッ――)
(……)
(……?)
やけに静かである。
あまりの高熱が、音まで蒸発させてしまったのだろうか。
アルバートが腕のすきまからちらりとのぞき見ると、ガリレオが目を見開き、
「あああ」とだらしない声を上げている。ドミニィもまた、虚ろな目をして、口が半開きである。
(ん、どうした?)
アルバートは、灰になったであろう憐れな二人組の方にそっと視線を移す。
その光景に、自らの正気を本気で疑った。
女武闘家が、好奇心まんまんな様子でドミニィの【球雷】をつついている。すると球体は、その指を嫌がるように反対側に漂っていく。彼女は子供のような笑みを浮かべると、【球雷】を両掌でパン!と音をたてて挟んだ。するとどうだろう、【球雷】はぶしゅぶしゅと音を立て、消滅してしまったではないか。
少年の方はと言えば、己に向けて降り注ぐ【朱鳥焼燬】のヴィジョンを、蠅を追うかのように無造作に払いのけている。手が火の羽に当たるたび、煌めく光の粉が辺りに飛び散り、そのまま消滅していく。骨をも残さぬはずの猛烈な火力は、いったいどこへと消えてしまったのだろう?
ドミニィが、とすんと尻もちをついた。
その音に気付いて、二人組が同時にこちらを向いた。
女武道家がゆっくりとこちらに近づいてくる。
それはもう、ものすごい笑みを浮かべながら――