慮外の客 ②
ドミニィ・フロマンタンは考える。
(ガリレオもアルバートのとっつあんもそういうけどさー、言葉の通じないやつらに【人心掌握】を使っても意味ないかもしれないじゃん。それって、魔力の無駄ってやつじゃん。うん、ここは涙を飲んでボク一人が悪者になればいいよね。【傀儡】はやりすぎだから【魅惑】にしとこう。うわ、めっちゃ優しいなあ自分、うっとりしちゃうぜー。最悪、「ボクの魅力にメロメロみたいよ彼ら☆」で押し切ればいいよね。うん、いいよね)
そして、脳細胞の中、【魅惑】の術式がしまってある小部屋を探し当て、その扉を解放した。華奢な体から魔力が溢れ出すと、それを二つに分割し、それぞれ小さな矢に形成する。
ここでガリレオが、ドミニィの良からぬたくらみに気が付いた。ひとつ舌打ちをして制しようするが、一手遅い。【魅惑】の魔道は既にドミニィの指先から放たれた後である。
(へへん、もう遅いよーだ!)
避ける間もなく、魔力の矢が女武闘家と少年に突き刺さる。
ガリレオがドミニィの首根っこを掴みあげ「この馬鹿! 調子に乗り過ぎだ!」と怒鳴りつけたところで、アルバートも事態を察したらしい。
――その時、ドミニィの顔からいつもの笑みが消えた。
「嘘だろ……あいつら、ボクの【魅惑】を無効化しやがった!」
ガリレオの手を振り払い、鋭い声で警戒を促す。
「ガリレオ、あの二人を確実に殺せる魔道を! 本気でだぞ! 出し惜しみするなよ! アレはとびきりの化物だ! 騙されるんじゃねえぞ! アルバートは下がって! ボクが食い止めるから!」
ガリレオは「応」と一声あげると、ただちに詠唱を始めた。
似たような、しかし微妙に異なるフレーズが繰り返し続く。それに伴い、心臓の鼓動のような魔力の躍動が辺り一面にうねり、だんだんと激しくなっていく。
(この詠唱は何じゃ? 火声符をこんなに重ねる術があったか?)
アルバートは息を飲んで一歩下がったが、その時にはもうドミニィが、【球雷】の魔道を無詠唱で発動していた。直径30cmほどの発行する球体が次々と生み出され、展開してゆく。このボールは強烈な電気を帯びており、無論、触れればタダでは済まないシロモノである。
(ドラゴンでも殺すつもりか!? 【球雷】は人間相手に使うような魔道ではないぞ!? 明らかに過剰攻撃じゃろ!? )
気が気ではないアルバート。けれど、ドミニィとガリレオを止めようとはしない。その理由は二つある。 なんやかんや言いながらも、ドミニィの魔道的判断力には一目置いているということ。そして、いつもはブレーキ役のガリレオがドミニィを止めなかったということである。
――つまりは、すでに強敵との戦いが始まっているのだ。
ドミニィの【球雷】は、ふわふわと無軌道に漂っているように見えたが、その実、すでに相手を隙無く取り囲んでおり、女武道家もこれを警戒して動けずにいるようだ。
一方で、ガリレオの起こしている魔力のうねりは、息苦しいほどになっていた。アルバートが耐えきれず深く息をつく。ほぼ同時に、詠唱が止んだ。
その途端、張りつめていた雰囲気が緩み、静寂が帰ってきた。
(なんじゃ……なにがどうなった?)
アルバートは辺りに気を巡らす。すると、二人組のすぐ頭上に、真っ赤に輝く孔雀の羽のようなものがいくつも漂っているのを見つけ――理解した。
(あれは【朱鳥焼燬】か!? そんなムチャクチャな!?)