第3話 ―竜兮竜兮― ⑳
「いつもは、あんな態度を取る人ではないんです」
階段を降り、ナツメ事務所の入り口が目前に迫ったところで、ジーン・ウェン捜査官は足を止めた。
「……お気になさらず。そもそも、私の方がだいぶ無作法でしたからねぇ」
ジーンは、追いかけてきたユースケにとぼけた口調でそう答えると――
「急に色々なものを背負ってしまって混乱しているのでしょう。なあに、彼女は強い人だ。じきに気持ちの整理をつけて、元気になりますよ」
それから二人は、なんとなく事務所を出る格好になった。
無意識の内に、ナツメに気をつかったのだろう。
秋の夕日は、まさに釣瓶落とし。
日はすでに暮れかけ、気温もすっかり下がっていた。
「ところでユースケさんは、今回の件、どれほど御存知だったんですか?」
ジーンの問いは、捜査の一環などではなく、「答え合わせ」に過ぎなかった。
そのことを察したユースケは、臆することなく答える。
「ナツメさんの口から聞いていたのは、『村からの依頼を達成できなかった』ってことだけです。何か隠しているってのは、すぐに分かりましたけど……今日新しく聞いたことも多くて、正直、気持ちがざわついています」
「無理もないことです。私だって、今夜はまともに眠れそうもありません」
ジーンは鞄から小切手を取り出し、さらさらと少なからぬ数字を書きつけた。
その額を目にして、貧乏性のユースケは慌てふためく。
「こ、こんなにいただけませんよ!?」
「それは、グアン兄弟社がイクドモ村に請求したのと同じ金額です。今回、事件の真相を知り得たのは、ナツメ所長の他にはいなかったでしょう。そう考えれば妥当な所かと」
そう前置きしてから、悪徳警官は意味ありげにウィンクを一つ。
「あ、もちろん、詫び料とか心付けとか、そうした意味合いも含まれていますので……今後とも、持ちつ持たれつの関係でお願いしますねぇ」
「ちょっと!? すごく受け取りたくないんですけど、えええ……」
ジーンは、戸惑うユースケの手に小切手を強引にねじ込むと、二階に向けて深く一礼をしてから、事務所を後にしたのであった。
――ちょうど入れ替わるように、アイラスが買い出しから帰ってきた。
「さっきすれ違った方、もしかしてお客さんでしたか?」
「あ、うん。そんなところ……」
その時、アイラスが戻った気配を感じ取ったのだろう。ナツメがのっそりと応接間から顔を出した。
そして、一階まで聞こえるような大きな声で言った。
「おかえり! 何だかお腹が空いたから、ちょっと早いけどご飯にしちゃおうよ!」
その声を聞いたアイラスは、ぱっと表情を明るくする。
「あれ? ナツメ所長、なんだか元気になったみたい。よかったぁ」
「多分、一人で背負っていたものをぶちまけて、気が楽になったんだと思う。
それにしても、ナツメさんはタフだなあ……」
話が理解できず、不思議そうな顔をするアイラス。
「ああ、ごめんごめん。詳しい話は、ご飯の時にでもするからね」
ユースケはそう言って、アイラスから荷物を受け取ると、中身を確認する。
「ええと、豚肉……卵……お、玉ねぎもある。おやまあ、これはカツ丼にしろという天の思し召しに違いない。それにしてもカツ丼かあ。なるほどなあ、ふふふ……」




