第3話 ―竜兮竜兮― ⑱
ジーンが、くっくっと笑いながらナツメをからかう。
「ナツメ所長も、たいしたお人よしですねぇ」
「そんなんじゃないよ。アイツ、村ではけっこうな御身分だって話していたからさ。それなりのモノを貯め込んでいたんじゃないかなと思っただけだし」
ナツメは、渋い顔で異を唱えるが――
「アイロン氏には、財産なんてほとんどなかったでしょうに」
「あきれた……アンタ、そんなことまで調べていたのか?」
「村から支払われていた報酬は、魔道士としては信じがたいほどの薄給でしたし、そのほとんどを飲み代に使っていたようですね」
「はいはい、バレているんならもういいや! そう、期待は大ハズレ。結局、報酬はこの牙を貰えただけ。あーあ、どう考えても割に合わない仕事だった!」
照れ隠しに大声をあげるナツメ。
ジーンは吹き出しそうになるのを堪えつつ、彼女に先を促した。
「水を差してしまい失礼。ささ、続きをどうぞ」
「はいはい。で、あたしたち二人は湖に向かうことになったんだけど、爺さんが『その前にどうしても済ませておかなくてはいけないことがある』と言い出した」
「オーシ記念館の資料処分ですか」
ジーンの指摘にナツメは頷く。
「そう。オーシと自分のことを必要以上にカッコ良く歌い上げた歌集とか、内緒で作っていたかつての自分のポエムとか『あんなものが残っていては死んでも死に切れん!』だって」
ジーンが少しがっかりしたのを見て、ナツメは苦笑いしつつ、
「そもそも村の魔道士の給料が安かったのだって、万が一にも他所から魔道士が来ないようにするためでさ。その理由を聞いたら『自分の恥ずかしい資料を、他人の目に触れさせたくないからだ』なんて言うんだもん、アイツ」
「なるほど、村の取り決めで、魔道士が記念館の館長を兼任する決まりでしたな。
……謎が解けてみれば、こんなにくだらない理由だったとは」
「はは。一応フォローをしておくと、爺さん、患者の処方箋の整理とかもしていたみたいだけどね」
気分を切り替えるように、ナツメはひとつ伸びをした。
「……さてさて、こうして準備も終わり、あたしたちは村から少し離れた場所で合流したんだけど、さあ、そこで非常事態発生だ。爺さんが『急に具合が悪くなってきた』なんて言い出した。最初は、隣村の訪問診療を済ませてから湖に向かう計画だったんだけど、とてもそんな余裕はない。急遽道を変えて、湖に直接向かうことにしたんだ」
軽い口調とは裏腹に、表情はどこか重く沈んでいる。
「湖までちょうど半分ってところで、爺さん、足取りもおぼつかなくなってきた。運のいいことに人通りもほとんどなかったから、あたしの肩を貸して、とにかく前へ前へと進んだ。生きた心地がしなかったよ。なんたって、爺さんの身体が、だんだんと重たくなってくるんだから。それでも必死で、湖のほとりの人気のないところまで引きずっていったんだけど……」
そこで、深く息をつくと――
「そこで爺さん、釣り上げたフグみたいに一気に膨らんで、一目竜の姿に戻ってしまった。かすかに息はしてるけど、呼びかけてもピクリともしない。湖に沈めるって言ってもさ、ちょっとした家ほどもある大きさだよ? あたし一人の力じゃ、どうにもならなかった」
「あなたほどの魔道士ならば、その程度たやすいことでは?」
訝しげなジーンの問いかけに、さっとユースケが口を挟む。
「説明が難しいんですが、僕たちの修得している魔道体系は強力な反面、効果がだいぶ限定的なんです。【念動】や【身体強化】は専門外でしてね」
いかにも尤もらしい嘘だった。
果たしてその言葉に納得したのかどうか……
ともかく、ジーンからそれ以上の追及はなかったので、ナツメは話を再開する。
「それで、傍で様子を見守っていたんだけど……爺さん、明け方あたりに、とうとう息を引き取ってしまった。」
ナツメは、ソファーに深く身を沈めると、顔を両手で覆う。
「さあ、どうしよう。このまま放っておけば、一目竜の亡骸が誰かに見つかってしまう可能性が高い。林道があるってことは、人が通るってことだからね。
そんなとき、ふと思い出したんだ。昔、二時間ドラマで見たあのシーンを」
ピンと来ていなさそうなジーンに、ユースケが解説を入れる。
「二時間ドラマってのは、僕たちの地元で親しまれている大衆劇です。だいたい二時間で完結するサスペンス作品なので、そう呼ばれているんですよ」
「なるほど。それは興味深いですねぇ」
「まぁ、内容自体はあらかたマンネリズムなんですけど、ときにキラリと光る作品が混じっていたりするから侮れないんですよッ! 僕のおススメとしてはですね『罠の女 誘拐身代金1億円が消える!? 女教師を待つ欲望の果て』とかかなあ!! いやぁこれは傑作で――」
「ユウちゃん」
「あっ、はい」
ナツメは、知識を披露せんとする相棒を一言だけで制してみせると、
「二時間ドラマではね、時々首無し死体が出てくる。で、どうして犯人が首を隠すかと言えば、だいたいは『誰が殺されたか分からなくする』ためなんだ。そこで、あたしは閃いた」




