第3話 ―竜兮竜兮― ⑰
アイロンは酔いに任せて、オーシ亡き後の出来事を語り続けた。
その語り口からは、彼が人として過ごした二百年が、決して刺激的ではないにせよ、穏やかで満ち足りた日々であったということが伝わってきた。
――しかし、始まりがある以上、終わりもまた避けることはできない。
「私は、こんな穏やかな日常が、もうしばらく続くものだとばかり思っていた。ところが、つい先日の朝のことだ。私の所に洟垂れクラウス……いや、オーシ記念館の職員が慌てて飛び込んで来て、一目竜の頭蓋骨が消え失せたと言うではないか。その瞬間、悟ってしまったのだ。『ああ、私の命は、もはや長くはない』と――」
アイロンは、ナツメが取り出した竜牙に目を向ける。
「それは私の牙だ。儀式を以て引き抜かれた竜牙は、魔力バッテリーの役割を果たし、理論上、我が寿命と同じだけ【幻影投射】の魔道を維持するはずだった。その力が消失したということは、私の肉体が末端から枯れ始めた証左に他ならない。一月後か、一週間後か……いや、そこまでの猶予はあるまい。数日のうちに、私の心臓は鼓動を止めることだろう」
老竜は、震えを押し殺すように強く瞼を閉じ、言った。
「私はできるだけ早く、この村から離れなくてはならない。私が死ねば、その体は一目竜の姿に戻ってしまう。それが人目に触れれば、 “オーシが竜を退治していない”という真実に辿り着く者が出るかもしれない。相棒の名誉のために、それだけは、それだけは、何としても避けなくては――」
「じいさん、じいさん、ちょいと落ち着きなさいよ」
アイロンの空になった杯に酒を注ぎ足しつつ、ナツメが尋ねる。
「そもそも、行く当てなんてあるの?」
「この村から半日ほど行ったところに、リンディア湖というそれは深い湖があってな。体がまだ動くうちに、そこに身を沈めようと思っている。そうすれば、私の死骸が見つかる可能性は限りなく低くなるだろう」
「あんた、オーシのこと笑えないよ。そんなのさ……」
束の間の沈黙。
やがて、魔道探偵が口を開く。
「ところで……あたしとしては、あんたを村長のところに連れていくという選択肢も残っているんだけど」
現実を突きつけられたと感じたアイロンは、肩を落として呟いた。
「そうか……そうだな……これも人々を欺いてきた報いか……」
しかしナツメは、慌てて手を振って言うのであった。
「違う違う、そういう意味じゃないって! いつぞやのオーシじゃないけれど、村の人たちに素直に事情を話すってのはダメなの? 末期の水くらい取ってくれるかもしれないよ」
その口調から、彼女が本気であることは明白だった。
「それは……そんなこと……許されるはずが……」
そうは言いながらも、魔道士アイロンの脳裏には、ひとつの可能性がよぎる。
(どのような形であれ、村の皆に囲まれて生涯を終えることができれば……)
――しかし竜は、その未来を振り払うように、首を横に振った。
「思えばあの時、オーシの言うとおり、竜の姿のまま村人との和解を目指すべきだったのかもしれない。ただ、今さらオーシを人類の裏切者にしたくはないし、これまで村の良き友であった魔道士たちが、竜であったという事実を知られたくはないのだ」
まるで目覚めたかのように威儀を正すアイロン。
その顔からは、酔いも憂いも消えていた。
「そういうわけだ。まことに勝手なお願いながら、私をどうにか見逃してはもらえないだろうか」
ナツメは両腕を頭の後ろで組むと、ため息を一つ。
「ほんっとに勝手だよね。まあ、いいけどさ。――そうすると、村からの依頼は失敗ってことになっちゃうな」
そして、どこか拗ねたような口調で言った。
「代わりと言ってはなんだけど、あたしに仕事を依頼するつもりはない?」
「仕事?」
「内容は、老いぼれ竜を看取ること。途中で行き倒れにならないよう、湖に着くまで同行してあげるってことなんだけど、どうかな」




