第3話 ―竜兮竜兮― ⑯
「私とオーシが “一目竜の首の偽物” を持ち帰ると、村は総出で私たちを出迎えた。そこでオーシは、前もって計画したとおり、『自分たちを村の一員として受け入れてほしい』と願い出たのさ」
「身元も怪しい二人組を、村が簡単に受け入れるかね?」とナツメ。
その疑問に、アイロンは手を横に振りながら答えた。
「ところがな、発展途上の村にとって、その申し出は願ってもない話だったのだ。なにしろ当時は、今より治安もずっと悪かったし、村同士のいざこざも絶えなかったからな。まあ、用心棒兼便利屋といったところだ」
「はは、なんだ、本当にあたしの仕事と似たようなもんじゃないか」
魔道探偵の合いの手に、アイロンはニヤリと笑顔だけを返すと――
「オーシは極端なお人よし、私はどこか浮世離れした怪しい魔道士、どちらも独りでは人の世に受け入れられないはずの存在だった。だがな、二人揃うとそこのところがうまく中和されたようで、意外と簡単に村人たちに溶け込むことができた」
一目竜の表情は、自然と穏やかになる。
彼にとっての当時は、今も色褪せぬ追憶の対象なのだろう。
「数年もするうちに、私たちは村に欠かせない存在となった。オーシは、村長の娘と恋仲になって結婚し、気が付いたら村長になって……奴が村長だぞ? まこと無茶にもほどがある、ははは……は……」
幸せそうな笑いが、ふと途切れた。
アイロンは一瞬言葉を失い、強く瞳を閉じる。
「本当に、あっという間だった。気が付けば私は、オーシの臨終に立ち会っていた。周りには、奴の子供や孫、ひ孫が合わせて三十人はおったから……まあ、大往生と言えるだろうさ。奴は、私をそっと枕元に呼び寄せると、『どうだ、あのとき、私と一緒に来てよかっただろう』――そう囁いて、子供のように無邪気な笑顔を浮かべて、それっきり……」
アイロンは、弱々しく頭を振る。いつのまにか、その大きな瞳からは、涙が一筋流れ落ちていた。
「ああ、今でも鮮明に思い出せる。それはもうきれいに晴れた日だった。奴が死んだにもかかわらず、空には燕が飛び交っておったし、流れる川の水が止まるようなこともなかった。私はと言えば、オーシを看取ってすぐに、セドリックの家のジョハンナが『子供が高熱を出して意識を失った』なんて飛び込んでくるものだから、それに付きっ切りだったよ。まあ、そっちは事なきを得たから文句も無いがな」
そこでアイロンは、手の甲で涙をぬぐうと、大きく息をついて、
「その晩のことだ。私の作った薬が効いて、子供が静かな寝息を立て始めたとき、
ふと『相棒がいなくなった後も、世界は続いていく』と思い至った。そうしたら、なぜだか村を出る気にはなれなかった」
そして、ナツメに問いかけた。
「だが、そうなると一つ問題が出てくる。わかるか?」
「いいや、さっぱり」
ナツメは、つまみのジャーキーをほおばりながら即答した。
考える気がまったく無いのは明白であった。
「お主、いい度胸しているな……けっこういいところだから、クライマックスというやつだから、心して聞いてくれ」
アイロンは、わざとらしく一つ咳ばらいをすると――
「それは、魔道士ナルンという存在が、人間としてかなりの高齢であるということだ。私は、自分が竜であることが万が一にも明らかにならないよう、相当に神経を使ってきた。毎日少しずつ自らの姿を老いさせていったし、常識外れな魔道を人前で使うようなこともしなかった。だから、これ以上村に残れば、自分が人外の存在であることがバレてしまう恐れがあった」
「魔道士なんだし、そんなに気にしなくてもよかったんじゃないの? あたしの知り合いには、年齢を超越しちゃったのが何人もいるけどなあ」
「あの頃は、今よりはるかに神聖教会の力が強かったのさ。不老の術を修めているなどと知れれば、異端認定されて火あぶりにされてしまう。そんな時代だった」
何か嫌な思い出でもあるのか、アイロンは少し身震いした。
「そういうわけでな、ナルンと言う存在のまま村に居残り続けるのは、いささか都合が悪かったのだ。そこで私は、引退して故郷に帰ることを宣言した。村人たちは、さんざん私のことを引き留めたが、『オーシも逝って、疲れ果ててしまった』と漏らせば、誰もそれ以上は踏み込んでこられなかったさ」
「なるほど、そうして表向きナルンは村を去った……と」
ナツメの相槌に、アイロンは「うむ」と一声返して――
「私は当時の村長に『自分の後任となる魔道士を連れてくる』ことを約束して村を離れた。それからしばらくして、ナルンとはまったく別の人間に姿を変えると、ナルン――つまりは自分自身が書いた紹介状を持って、また村に戻った。あとは、それを何度も繰り返して今に至る……というわけだ」




