第3話 ―竜兮竜兮― ⑮
ナツメの「解答編」は続く――
一目竜っていうのは、普通の竜とはちょっとだけ毛色の違う種族で、生き残っている数もすごく少ないんだってさ。アイロン爺さんは「この世界に、もう自分しか残っていないのではないか」って言っていた。
ちなみに、竜は二千年くらい当たり前に生きるらしいんだけど、アイツの齢は「二千と五百を超えたあたりで、数えるのをやめてしまった」だそうで……その言葉を信じるなら、二百年前の時点ですでに年寄りだったのは間違いないだろうね。
で、そんな二百年前の話なんだけどね。
老いぼれドラゴン、最近は気力も体力もめっきり衰えてきた。けれど助けを求められるような親戚もご近所さんもいない。しょうがないから得意な幻術を駆使して、なんとか人間から家畜を掠め取って暮らしていたんだと。
そんなある日、自分を退治するためにオーシと名乗る騎士がやってきた。アイロンは、老いぼれたとはいえ竜の一族、並の武芸者程度であれば楽勝だったろうさ。
ところが、運の悪いことにオーシは正真正銘の英雄様だった。
頼みの魔道は次々と打ち破られ、竜の喉元にはついに白刃が突き付けられた――
§ § §
●日時――9月12日 17:00頃
●場所――イクドモ村 「オーシ記念館」内 館長室
アイロンは、へべれけになりながら語り続ける。
「……そこでオーシは尋ねた。『お前は、なぜ人間を困らせるようなことをする』
だから私は言ってやった。『自分は独りぼっちで、年老いて、生き延びるにはドン臭い家畜を狩るしかなかったのだ』と。そしたらオーシの奴、あろうことか私の境遇に同情し始めてな。『話はわかった。ならば、私と共に村人に謝りにいこう。そうすれば、命までは取られないだろう』などと言い出しおった」
ナツメは、おつまみのピーナッツを口に放り込むと、素朴な疑問をぶつけた。
「二百年前は、謝れば許してもらえるような時代だったの?」
「んなわけあるかい! 今よりずっと家畜は貴重で、牛盗人や馬泥棒は裁判抜きで即刻縛り首よ。 おまけに私は竜、人間からしたら怪物だぞ!? あまりの馬鹿馬鹿しさに『もういいから、とどめを刺してくれ』と言ったら、あ奴め『それはいけない。このままでは、お前が救われないままではないか』と涙をこぼし始めた」
「うわあ……そりゃキツいわ……」
「いやあ、あの時は困った困った……要するに、オーシと言う男は、救いようがないほどの正直者でお人よしだったわけよ。そんな奴に宮仕えなぞ勤まると思うか? ましてや、騎士として荘園の経営など夢のまた夢だろうよ。だから奴は【竜殺し】と呼ばれてしかるべき腕を持ちながらも、一か所に留まることすらできなかった――」
老いたる竜の昔語りは、酒が進むにつれ、次第に熱を帯びてきた。
「そこでオーシは幾つかの代案を出してきたのだが、そのどれもが “自己犠牲” なのにはもう呆れ果てた。つまり、村人と私の両方を幸せにするために、オーシ自身が犠牲になると言うものだな。『村に補償する家畜の代金を稼ぐため、私が死霊術の被検体になればいい』とまで言い出したときには、もう……」
アイロンは、ぐっぐっぐっと杯をあおると――
「そんなもん、受け入れられるわけないだろうが! 私にも矜持があるのだぞ!?
……しょうがないので、奴にひとつアイデアを授けてやった。それは『私の魔道で一目竜の死体の偽物を作り、オーシがそれを持って村に凱旋する。私は、どこか別の場所に移り住む』というものだ。これなら、村人は平穏を得、オーシは栄誉を得、私も生存の道を得ることができる」
「たぶんだけど……オーシは納得しなかったんじゃないの?」
「御明察! お主もだいぶオーシのことがわかってきたようだな」
「すぐそばに、似たようなのがいるからね。理解は早いよ」
その返事に、アイロンは「お互い苦労するよなぁ」と嬉しそうに笑った。
「それからがまた大変だったのだ。まずはオーシの『人々を騙すのはどうにも嫌だ』という駄々を説き伏せることから始まり、奴が『結局、一目竜は独りぼっちのままではないか』と鼻水を垂らして泣き出す頃には、私はもう疲れ果てていた。それでも私と奴は三日三晩、相談に相談を重ね、ようやく妥協点に達した――」
かくして孤独な一目竜は、オーシの相棒ナルンとして生きる道を選んだのである。




