第3話 ―竜兮竜兮― ⑫
ジーンの推理に対し、ユースケが即座に反論する。
「異議あり! ほとんどがあなたの想像であって、根拠に乏しい!!」
するとジーンは、何を思ったか自分の額をぴしゃりと打って、
「いやあ参った。今のユースケさんの御指摘は、単純明快にして強力だ。確かに、
私の語ったストーリーは穴だらけで、妄想の域を出ないものです」
発言の真意を測りかね、ユースケは思わずジーンの顔を見る。
敗北を認めた者の表情とは、とても思えなかった。
「しかし、考えてもみてください。あの展示ケースを “破壊できる” 魔道士なら、近場に一人や二人はいたかもしれない。けれど、 “すり抜ける” ことができるほどの実力者となると、ナツメ所長の他にはありえません。――今日、直接お会いして、それを確信しました。少なくとも『展示ケースから一目竜の頭蓋骨を持ち出した者』は、ナツメ所長で間違いないと断言できます」
ジーン捜査官の口調は穏やかであったが、有無を言わせぬ重みがあった。
(今の主張こそが切り札か! ……まずいな、この人の言っていることは、真実ではないにしろ、おそらく正確だ。いつの間にか、こっちの首元まで手が伸びてるじゃないか!)
慌てたユースケは、ジーンを真正面から見据えて言い返した。
「なあんだ、それくらいなら僕だって出来ますよ。試してみますか?」
するとジーンは手帳をパラパラとめくり、何かを確認すると――
「ユースケさんが、ナツメ所長に匹敵する魔道士であることは承知しております。
ですが、あなたにはアリバイがあるんですよ。――ラトオシ書房、御存知ですよね。ここの近所にある古本屋です。最近は毎日そこに通っているそうじゃないですか。事件当日もあなたが来店していたことは裏が取れています。あ、ちなみに店員さん『立ち読みだけでなくたまには本を買ってほしい』とこぼしていましたよ」
それを聞いて、ユースケはがっくりと膝をつく。
「くっ、負けた! 貧乏に負けたッ……」
あっさり撃沈したユースケをよそに、捜査官は尋問を続行する。
「ナツメ所長。どうでしょう、真相を話していただけませんか」
「真相も何も、さっき話したことが全部。それにさ、あたしがあんたの言う真相とやらを話して、何のメリットがあるのさ」
ナツメは居丈高にそう言うと、ユースケの方に顔を向けた。
「ねえねえユウちゃん、今のままだと、あたしって何かの罪に問われるのかね」
意気消沈していたユースケは、ナツメに頼られた途端、たちまち生気を取り戻す。
「ちょっと待ってね! ええと、そうだなあ……」
彼は、自分の頭をコンコンと指で叩いて――
「仮にジーンさんの推測が全て合っているとしたら、ナツメさんはイクドモ村から竜の頭蓋骨を盗み出した犯人ということにはなるけど、それを立証するのはとても難しいと思う。あとは、アイロンさんを殺した件だけど、彼は竜だったってことになるよね。新大陸では特定の亜人種にも人権が認められているけど、竜がそれに含まれているってのは聞いたことがない。だから、殺人罪を問うことはできない。ただ、その竜に飼い主がいて訴えられたとしたら器物損壊。死体を放置したことが違法な廃棄物処理に当たる可能性があるかも。まあ、せいぜいそんなところだよ」
そこでジーンをキッと睨みつけ、先ほどのお返しと言わんばかりに、
「どれもこれも『証明できれば』ですけどねッ!」と鼻でせせら笑う。
すると、どうしたことだろう。捜査官ジーン・ウェンは肩をすくめ、両手を上に投げ出したではないか。
「おっしゃるとおり! このままでは三つの事件すべてが未解決のまま、資料庫のこやしとなること待ったなしの状況です。私個人の力では、もうどうしようもない。……誤解のないようにはっきりと申し上げておきますが、今日、私がこの事務所に参上したのは、公務ではなく私情のためです」
そして、背筋をピンと正すと――
「もし許されるならば『魔道探偵ナツメ事務所』に、この一連の事件の真相解明を依頼したい。報酬は十二分に支払います。そして、聞いた内容をいかなる形でも他者に漏らさぬことを誓います。どうかこの条件で引き受けてはいただけませんか」
「……どうにも信用できない。お引き取りを」
「ならば、信用していただけるよう証を立てましょう」
言うが早いか、ジーンは上着の袖をまくり上げ、露出した腕にペンを突き立てた。
ユースケが「ひっ」と短く悲鳴を上げる。
ジーンはそのまま、己が腕に文字を刻み込んでいく。もちろん出血はあるのだが、それは傷口から溢れ落ちないうちにみるみる蒸発していく。
「この事件の真相を、あなたの許可なく誰かに漏らした場合、我が身を塵と化す――そんな誓いを立てました。これでいかがでしょう」
「う……嘘はついていないと思うよ……これ、【誓約】の魔道だ……」
ジーンの腕をおっかなびっくり覗き込んだユースケが、震える声でそう告げた。
ナツメは困惑を隠せない。
「あのさあ……あるかどうかも分からない “真相” とやらのために、そこまでするか!? その上、あんたが得るものは何一つないと来ている。さっきまではあんたをまったく信用できなかったが、今はまったく理解できない」
「たんなるエゴイストですよ」
ジーンは、痛みをこらえながら声を絞り出す。
「私は、これでも優秀な警察官として通っています。そりゃあこれまで、まったく
ミスがなかったとは言いません。犯人を取り逃がしたり、証拠品を奪われたこともある。ただ、謎を謎のまま見過ごしたことは一度も無かった……それが、今回と来たらどうだ! 自分の常識がぶっ壊された気分ですよ。証拠品も重要参考人も手掛かりも、あなた以外みんな消え失せてしまった。おまけに、ナツメ・カナワの名前が出た途端、上から捜査を止めるよう圧力がかかりました」
ジーンは、無意識のうちに天井を仰ぎ見た。
「――なんでも、内務卿直々のお達しだって言うではありませんか。ナツメ所長、あなた、いったい何者なのですか? いや……正直なところ、あなたが何者だろうが、一目竜の頭蓋骨がどうなろうが、私にとってはどうでもいいことなんだ。けれど、目の前の謎が明らかにならないまま葬り去られる……これは、これだけは! どうしても我慢がならない!!」
その言葉はだんだんと熱を帯び、最後にはほとんど絶叫に近いほどであった。




