第3話 ―竜兮竜兮― ⑩
「結局、ここまでわからないことずくめなワケだ。ま、あたしもヒトのことは言えない立場だけどさ」
「はあ、まことに残念ながら……」
ジーンはナツメの自嘲に溜息で返しながら、捜査メモの「第三の事件」に関わるページを探り当てた。
「そして9月19日、第三の事件、『竜の首無し死体事件』が発覚しました。イクドモ村から北東に20kmほど行った所にあるリンディア湖のほとりで、文字通り『首の無い竜の死体』が発見された事件です」
「右を向いても左を向いても、竜の首がございませんってわけか。確かに、偶然にしてはデキ過ぎている気がするね」
ナツメが珍しく同意したので、反射的に頷いてしまうジーン。
(気圧されるんじゃないぞ)と自分に強く言い聞かせながら、彼は言葉を続ける。
「発見者は近隣集落に住む樵の一団です。19日朝、彼らが伐採予定地点に到着したところ、これまでに嗅いだことがないような強い腐敗臭がしたそうです。どうしたことかと周辺を探ってみると、湖のほとりの人目につきにくい場所に、巨大な生き物の腐乱死体を発見したとのことでした。竜とまでは判別できなかったものの、首の断面に刃物のようなもので切られた跡が残っていたため、樵の長は『ならず者による希少生物の密猟』と判断し、これを警察に通報しました」
ジーンは手帳のページを一枚めくって、目を細める。
「翌9月20日、現場に派遣された魔道士による鑑識の結果、これが竜に属する生物の死体であることが判明しました。そのため9月21日、つまりは昨日のことですが、魔道士組合がこの遺体を回収したところです。先ほども申し上げたとおり、竜の遺骸を放置するのは危険ですからね。――樵たちは残念がっていましたよ。
『もしあれが竜だとわかっていれば、標本にして一儲けできたのに』なんて言っていました」
「質問! 竜の種類は何だったのですか!? 死亡推定時刻は!?」
毎度のごとくユースケが《《前のめり気味》》に尋ねたところ、ジーンは、苦虫を噛み潰したような顔で――
「残念なことに、首が無いということに加え、竜という生物については極めてサンプルが少ないため、種族までは判別することができませんでした。さらには、腐敗速度などの基準も不明なため、死亡推定時刻も『死亡してからだいたい一週間前後』ということしかわからなかったのです」
「うーん、そこがはっきりすれば、もうちょっと手がかりが得られたのになあ」
「……それにしてもさ、犯人はどうして竜の首だけを持っていったんだろうね?」
そんな疑問を投げかけるナツメに、ユースケが真面目な顔で茶々を入れた。
「イクドモ村の竜の頭蓋骨に今回の竜の首、さらにどこかからもう一つ持って来て、アンデッド・キングギドラでも作るつもりなんじゃないの? 」
ジーンは、聞きなれない単語に首を傾げて、
「その『キングギドラ』とは、いったいどのようなものなのですか?」
とうっかり尋ねてしまったものだから、ユースケのテンションは一瞬のうちに全力全開――
「僕とナツメさんの故郷に数年に一度来襲する金色の三つ首竜です。身長およそ150mで、重力を操り超音速で飛行します」
「そんなものが数年に一度来るのですか……お二人の故郷は無事なので?」
「問題ありません! 大体は地元の恐竜とか蛾の精霊が撃退するので!!」
「は、はあ……」
真偽を測りかね、ジーンは困惑の表情を浮かべるが、ユースケは止まらない。
「それでそれで、それでですねッ! 我々もそのキングギドラの弱った個体をサイボーグ化して利用したことがあるんですよ。ああ、ええと、サイボーグってのは、生身の体の一部を魔道とは異なる技術体系で機械に置き換えることなんですけど【中略】だから、アンデッドのキングギドラがいても不思議じゃないと思いませんか!?」
「まったく思いません」
ナツメは、冷淡にそう言い放ってユースケをえらくがっかりさせると、ジーンの方に向き直り――
「ただ、まあ、ユウちゃんの妄想にも一理ある気がする。もし、イクドモ村から一目竜の頭蓋骨を盗み出した魔道士と、竜の死体から首を持ち去った犯人が同一人物なら、きっとロクでもないことを企んでいるに違いないね」
「同一人物、ですか……」
ジーンはそれだけ言うと、目を閉じて、何か考え込んでいるようだった。
しばしの沈黙――
やがて、彼はおもむろに口を開いた。
「伝承によれば、竜というものは、大変誇り高い種族なのだとか。彼らは死期を悟ると、他種族に己の遺骸を辱められることがないよう、我が身を火山や遠洋へ投じると伝えられています。しかし今回の竜は、遺体を人前に晒し、さらには首まで刎ねられている」
ジーンの真意がつかめず、ナツメもユースケも何も言えずにいると――
「よって、この竜が自然死ではなく、人間に倒されたと仮定しましょう。だとしたら、それは一人ではなく複数人の手によって行われた可能性が高い。竜を狩るということは、それはそれは大変なことです。人類をはるかに凌駕する体躯に加え、魔道を使いこなす高い知能まで有していますからね。思い出してみてください。かの英雄オーシでさえ、相棒の魔道士の手を借りたほどではありませんか。そうしたことを踏まえて考えると、竜に関連するカルト集団――新大陸には、旧大陸にいられなくなったカルト集団がごろごろしていますから、その一派の仕業といったところでしょうか」
そして、穏やかな表情のまま、ナツメに問いかける。
「けれど……ナツメ所長であれば、どうでしょう? あなたほどの魔道士であれば、独りでも竜を殺せるのではありませんか?」




