第3話 ―竜兮竜兮― ⑨
【第二の事件】
●イクドモ村のお抱え魔道士(アイロン氏)が失踪した事件
・9月14日昼前
アイロン氏、巡回診療のため村を出発。
→同日朝、ナツメ所長も村を離れている。(偶然? 示し合わせた?)
・9月16日
近隣集落より「アイロン氏がやって来ない」との報告。
→アイロン氏の自室に『一身上の都合により、職を辞したい』との書置き。
→事件性は薄いように見えるが、不可解な点あり。
(以上、ジーン・ウェン捜査官のメモより抜粋)
黒猫が飛び出し、魔女が荒れ狂う――あたかも “サバトの釜の底” を思わせる混迷の中、ナツメが「もしかして……」と神妙な面持ちで切り出した。
「アイロンさんが村を出た理由って、病気が原因なんじゃないかな」
「なにか心当たりが?」
「いや、飲んでいた時に、自分の体調のことをすごい気にしていたから……」
「なるほど、そうでしたか。それは貴重な情報ですねぇ」
ジーンは、メモを取るフリをしながら思考を整理する。
(魔道士アイロンの辞表には「体調不良のため、仕事を続けることが困難になった。村の皆に心配をかけたくないので、このことは内緒にしてもらいたい。黙って出て行くこと、どうか御容赦願いたい」と記されていた……)
確かに辻褄は合う。しかし、辻褄が合いすぎているとジーンは感じた。
「ただ、仮にそうだとしても、なお不可解な点が二つ残ります」
捜査官は名探偵に向け、律儀に指を二本立てて見せた。
「いったい彼は、どこへ消えたのか――これが一つ目の不可解な点です。
仕事を続けられないほど重い病を抱えて、彼はどこに向かったのでしょう。
病院でしょうか? 否、周辺の療養施設で彼が診察を受けた形跡はありません。
では、故郷に帰った? 否、彼は旧大陸の出身らしいのですが、この国から出国した様子もないのです」
「……もう病院にまで手を回しているとはね。用意周到なこった」
呆れとも皮肉とも取れるナツメの言葉に、ジーンは真面目な口調で答えた。
「アイロン氏の失踪には、どうにも不穏なものを感じるのです」
「考えすぎなんじゃないの? 話をした限り、悪い人には思えなかったけど……」
ナツメはアイロンを庇うそぶりを見せるが、ジーンは声のトーンを落として、
「ここだけの話、彼の経歴にははっきりしないところが多いのです。天涯孤独だということですし、魔道士アイロンという人が、この村に来るまでどうやって暮らしていたか、何ひとつ掴むことができませんでした。ちなみに、アイロン氏は前任者からの推薦でこの村に就任しましたが、その前任者は大海の向こうの旧大陸……神聖帝国に渡っており、そちらの線から身元を洗うのは困難な状況です」
ジーンの所属する「新大陸連邦政府」と、旧大陸北部を統べる「神聖帝国」は、国交断絶とまでは行かないものの険悪な関係にある。そのため、連邦捜査官が彼の地で情報収集を行うのは、とても難しいことなのだ。
「そして、もうひとつの奇妙な点ですが、アイロン氏はこの村を出る前に『オーシ記念館』の資料を無断で処分していたようなのです。これはですね、我々が竜の頭蓋骨に関する情報を収集した際、『目録に記載されているにもかかわらず、現物が行方不明となっている資料』が複数見つかったことによって明らかに――」
ジーンが言い終わるのを待たず、ユースケが私怨まじりに吐き捨てる。
「おおかた、遊ぶ金に困って売りさばいたってところでしょう。これだからリア充は……おお、いやだいやだ」
「いえ、そうではなく、それらは『オーシ記念館』の裏庭にある焼却炉で処分されたようです。アイロン氏はどうにも焦っていたようで、炉の中から資料の燃えさしが大量に見つかりました」
「だったら、不正経理のもみ消しだ。間違いない! リア充は何かと物入りだからね! ハレンチ極まりないよ! はれんち! 破廉恥! HARENCHI!」
ジーンはおずおずと、言葉を選びながら……
「あのぅ、かさねがさねご期待に沿えずまことに恐縮なのですが、処分されていた資料は『オーシの英雄的行為を讃えた歌』や『オーシの相棒ナルンによる四行詩集』といった古い時代の資料でして――」
「キーッ! もっとよく探してくださいよ! きっとその陰にはリア充のドス黒い犯罪計画が隠されているはずですから! フーッ!」
「ああ、もう! 話が進まないから、ユウちゃんはちょっと黙っててよ!」
「むごっ! むごっ! むごごーっ!」
ナツメは、嫉妬に狂い悶える相棒の口に茶菓子のクッキーをぽぽぽいと放り込むと、何事もなかったかのようにジーンの方に向き直り――
「……失礼。で、アイロンさんは、どうしてまたそんなことを?」
「現段階では『不明』としか言えませんねぇ。ユースケさんのおっしゃるとおり、
自分に不利益がある書類を処分するなら理解もできます。ただ、どれも『歴史的資料』ですからね。ナツメ所長はどう思われますか?」
「給料が安いってグチっていたなあ。その腹いせとかなんじゃないの」
彼女の口調から、それが冗談であることは明白であったが、承知した上でジーンは情報を共有する。
「彼の給料が相場より安かったのは事実です。あの程度の額で働きたがる魔道士はそうはいないでしょう。アイロン氏は、恩のあった先代の魔道士に頼みに頼みこまれてこの村に赴任したそうです。……これは余談ですが、先代も先々代にかなり強引に連れてこられたそうですよ」




