第3話 ―竜兮竜兮― ⑦
「――そうですか。わかりました」
ジーンはあっさり追及を打ち切ると、話題を変えた。
「それからあなたは、オーシ記念館の管理人であるアイロン氏と面会していますね」
「村でたった一人の魔道士で、あの展示ケースを管理していたのも彼だと聞いたから、何か手がかりが得られるかと思って会ってみたんだ。けど、面白いくらい何も知らなかったね、あの爺さん」
「爺さん……ですか。彼は私とたいして変わらない歳なのですが」
「おっと、これは失礼……」
ナツメが慌てて詫びを入れるも、ジーンは悲しそうに首を振って応えた。
「いえいえ、お気になさらず。あなたのような若者から見れば、『三十路過ぎはみんなジジイ』でしたね。わかっておりますとも……」
そして、小さくひとつ溜息をこぼすと、手帳に視線を落とす。
「ええと、アイロン氏は今年三十六歳、先代の魔道士から三年前に仕事を引き継いでいますね。イクドモ村では、英雄オーシの相棒であった魔道士ナルン以来の伝統で、魔道士一名を雇用して常駐させているとのこと」
ジーンは手帳をめくりながら――
「彼の役割は、医師を務めたり、魔道具のメンテナンスをしたり、さらには村の運営にも関わったりと、村ではなかなかの名士のようです」
「当の本人は『体のいい便利屋みたいなものだ』って笑っていたっけ」
ナツメの言葉に、ジーンは「そうでしょうね」と頷く。
「イクドモ村の近隣には、無医村が今でも多いですから、彼はそこに往診に出かけたりもしたようですよ。人柄も良く、かなりのハンサムだったそうで、患者さんたちにもえらく人気があったとか。私は会うことはできませんでしたが、どうでした? ナツメ所長の目から見ても、やはり魅力的だったでしょうか?」
「え!? いやあ、それほどでもなかったと思うけどなあ……」
ナツメの反応は、どこか歯切れが悪い。
「あなたはそのアイロン氏と、意気投合して朝まで飲み明かしたそうですね。いったい、どのような話をされたのでしょう、教えていただけますか? もちろん、差し障りの無い範囲でかまいませんよ」
「ん、事件に関係するような話は特に――」
「ナツメさん。僕、そんな話、一切聞いていないんだけど」
声のする方を向けば、ユースケがジトッとした目でナツメを見据えている。
「イケメンと朝まで飲酒……それはさぞ楽しかっただろうねえ。ナツメさんも所詮はリア充だもんね……」
「ちょ、ちょっと待って、いや、ホントにどうでもいい話しかしてないのよ。
アイツ、とにかく酒癖が悪くて、話が長いうえに同じ話を何度も繰り返すし……
どこぞの副村長が村の外に女を作っているとか、自分が取り上げた子供がこの前
成人式を迎えたとか。いつも言っているけど、ユウちゃんも誰かと話すときは会話のキャッチボールに気を付けたほうがいいよ!」
ナツメは早口でまくし立てると、ジーンをキッと睨みつけた。
「はい、この話はもうおしまい! ほら、ほら、それでどうなったんだっけ?」
「あ、はい。それから、翌日の9月13日、ナツメ所長は昼過ぎから村での聞き込みを行っています」
「……おやまあ、お日様が高く昇ってからようやくお出ましですか。そりゃあ朝までお酒を飲んでいれば、そうもなるでしょうねえ」
ねちっこく絡むユースケ。ナツメは決して彼と目を合わせようとせず、当時の状況を事務的に説明する。
「あンだけ大きいものだから、持ち出そうとすれば必ず誰かの目につくはずなんだ。田舎とはいえ観光地だから、一晩中開けている酒場なんかもある。だから、朝から深夜まで人目が途切れたことはない。なのに村人も観光客も、それらしきものは見ていないって言うじゃない。もうお手上げ」
「ふむ……それで明くる14日の朝、あなたは村長に『自分の力ではこの事件を解決することはできない』と伝え、早々に村から立ち去った」
「相手は間違いなく魔道士、それも、キタブ=アッカが拵えた【障壁】をどうにかできるほどの手練れでしょ。もちろん一対一で殴り合いをするっていうなら負けない自信はあるけど、逃げに徹されたら捕まえるのはかなり厳しい。だから、村にこれ以上迷惑をかけないよう、早めにギブアップをしたってワケ。どう? 納得いった?」
「話しづらいことを、どうもありがとうございました」と、ジーンは頭を下げた。
ナツメほどの魔道士が、手がかり一つ得られずに撤退することになったのだから、その心中は決して穏やかではないはずである。しかし――
(彼女は本当に、負けを認めて村から去ったのだろうか?)
ジーンは、どうしてもその考えを拭い去ることができなかった。
そんな疑念を察したかのように、ナツメが口を開く。
「悔しくないかって言われたら、そんなことは無い。もちろん悔しいさ」
その言葉は、ジーンの耳にはどこか言い訳のように感じられた。
(……だが、追及するタイミングは、少なくとも今ではない)
「お気持ち、お察しいたします。引き際を見極めるということは、大事なことだと思いますよ。私だってこんな難事件、公務でなければ放りだしてしまいたいほどですから」
ジーンは、ナツメを慰めるようにそう言うと、大きくため息をついた。
「9月16日に村からの被害届を受理してもうすぐ一週間になりますが、お恥ずかしい話、我々もほとんど情報が掴めずにいます。盗まれた首は、魔道士ギルドは当然として、闇市場にも出回った形跡がありません。『ならば、まだ村の中に隠されているのではないか』とも思い徹底的に調査しましたが、これまた手がかりゼロ。まるで、初めからそんなものは存在しなかったかのように消え失せてしまった」




