第3話 ―竜兮竜兮― ⑥
【第一の事件】
●イクドモ村のオーシ記念館より、「一目竜の頭蓋骨」が消失した事件
→その希少価値から、盗難に遭った可能性が高い。
・9月10日早朝
展示ケースから頭蓋骨が消失したことが判明。
村は混乱を避けるべく、極秘裏に外部への調査依頼を決定。
・9月10日午後
副村長、新東京へ向け村を出発。
・9月11日午後
副村長、「魔道探偵ナツメ事務所」所長ナツメ・カナワ氏と会談。
即日契約が成立し、両名はそのままイクドモ村へ帰路につく。
(以上、ジーン・ウェン捜査官のメモより抜粋)
「さて、ナツメ所長と副村長は、9月11日の夕刻に街道沿いの宿場で宿泊。翌12日の昼過ぎに村へ戻り、役場で村長と30分ほど打ち合わせをされた――ここまで間違いはありませんね?」
ジーン捜査官からそう尋ねられたナツメは、
「んな細かいこと、憶えてねえよ」などと不満を言い立てながらも――
「大体はそんな感じだったと思う。道中で副村長さんから事情は聞いていたし、特に進展も無いってことだったから、打ち合わせはすぐに終わったんだよね」
「なるほど。その後ナツメ所長は、一人きりで展示室に入り現場調査を行った」
「まだお昼だったから、観光客が記念館の中にたくさんいた。骨が盗まれたことを悟られたくないから、目立たないように出入りをしてくれって頼まれたんだ。あと、展示室の入口は副村長が誰も入れないように見張っていた」
「現場で何が見つかりましたか?」
「……いや、何も見つからなかったけど」
「本当に?」
「手掛かりの一つもあれば、もうちょっとは犯人を追い込めただろうけどねえ」
そう答えたナツメに、捜査官が猛禽を思わせるような視線を向けた。
「あなたが展示ケースの中で、何か “石ころのようなモノ” を拾って鞄に入れた、という証言があるのですが……」
ナツメの眉間に、訝しげな皺が寄る。
「どういうこと? 展示室にはあたし以外、誰も入れないって話だったけど」
「実はその時、村の子供がひとりあの部屋に忍び込んでいたのです。展示ケースを隠すために張り巡らされた帳の下から、あなたが調査していたところを覗いていたのですよ」
「なんでまたそんなことを?」
「まあ、あんなのどかな村ですから、竜の首が盗まれたことも、村長がその解決のために『グアン兄弟社』を招聘したことも、すべて筒抜けだったようです」
ジーンは、言いにくそうに言葉を選んで続けた。
「だから村の子供たちは、かの名高き『グアン兄弟社』のエージェントが来るものだとばかり思って、その活躍をぜひ一目見てみたいと……まあ、実際はナツメ所長だったわけですが……その……つまりはそういうことです」
「はは、それは恐れ入ったよ」ナツメは苦笑まじりに続ける。
「村長は、『首が盗まれたことが万が一にも外に漏れないよう、展示室には鍵をかけて厳重に封鎖しております!』なんて気張っていたけどねえ。で、ガキンチョはどうやって入り込んだのさ?」
「ああ、それは単純な話ですよ。あなたが展示室に入ったあと、いたずらっ子が副村長の注意をひいて、その隙にすばしっこいのがひとり、 “副村長が見張っていた扉” からそっと忍び込んだそうです」
「なるほど。中にあたしがいるから、見張るだけで鍵はかけていなかったんだね」
「ちなみに、展示室の中からは手で鍵の開け閉めができるようになっているので、あなたが調査を終え、副村長と一緒に鍵を閉めて立ち去ったあと、普通に中から鍵を開けて脱出したそうですよ」
「ふうん、その子たち、なかなか見所があるじゃないか。今度ウチの事務所で手伝いでもしてもらうかな」
さも愉快そうに軽口を叩いていたナツメが、ふと首をかしげた。
「でもさ、あたし、誰かに視られていたらよっぽどのことが無い限り気付くはずなんだけど……どうして見逃しちゃったんだろう?」
「無理もないかと思います。少年は、あなたが『展示ケースの中に入って調査をしていた』と言っていました。御存知の通りあのケースは、ガラス板に模した【障壁】の魔道が張り巡らされておりますが、これが大した業物でしてね。衝撃に限らず、熱・音・臭い――そういった外部からの干渉を完璧に遮断してしまうのです。なんでも『箱に憑かれた男』の二つ名を持つ魔道士の作品だとか」
それを聞いて、ユースケが驚きの声を上げる。
「キタブ=アッカ! 彼の作った箱なのですか!?」
その名を聞いたナツメもまた、
「よりもよってアイツの箱かよ……そりゃあ頑丈だろうさ」
とうんざりした調子で言うものだから、ジーンは不思議に思って尋ねた。
「何か御縁が?」
「知り合いが、このあいだ一緒にお茶飲んだってさ」
「は?」
「キタブ=アッカと」
「は、はあ……」
キタブ=アッカは、今からおよそ二百年前の魔道士である。
(冗談……なのか? 笑うべきだろうか?)
ユーモア感覚が豊かではないことを自覚しているジーンは、3秒ほど悩んだ挙句、真顔で話を続けることにした。
「ともあれ、竜の頭蓋骨は貴重なものです。盗難はもとより、死霊術などで悪用されたら、どれほどの災厄がもたらされるか……だから保護も厳重になる」
そこで、注意を引くかのように一拍置いて――
「そして重要なのは、この展示ケースには、初めから鍵というものが存在しないということです。なんでも英雄オーシが、たまたま近隣を放浪していたキタブ=アッカに『中身が絶対に安全な箱』を注文したところ、このような意匠になったとか。その際、キタブ師はオーシに言ったそうですよ――『鍵が存在する限り、誰もが錠を開ける資格を持つ』と。先ほどの少年の件を思えば、なるほど、真理かもしれませんね」
ジーンは、ナツメの目を覗き込む。
「私も展示ケースの【障壁】に触ってみましたが、とてもどうにかできるようなシロモノではなかった。これは好奇心からお尋ねしますが、いったい、どのような魔道を使って中に入ったのですか?」
ナツメは、ジーンの視線を逸らすことなく受け止めた。
「企業秘密。ただ、あの程度の【障壁】は、 あたしにとって全く意味が無いとだけ言っておく」
それから彼女は、誰に聞かせるでもなく呟いた。
「――さっきあたしに使った魔道だって、失敗したんじゃないの?」
(あのときの【感情察知】……まさか、見抜かれていたのか!?)
【感情察知】はその性質上、隠密・静謐を旨とする魔道である。ジーンほどの練達者ともなれば、ごくわずかの “魔道的痕跡”も残さずに行使できたはずだが――
ジーンは、思わず目を見開いた。
それを感じ取ったのか、ナツメが満足そうに微笑む。
(落ち着け! ここで飲まれるな!)
ジーンは、主導権を取り戻そうと気力を振り絞る。
「……改めて伺います。展示ケースの中で何を拾ったのですか?」
「んー、あの時は虫眼鏡を使って調べていたからね。だから、それを鞄にしまったのを勘違いしたんじゃないかなぁ」
ナツメはへらへらと笑った。
これ以上まともに答える気がないのは明白であった。
――しかしジーンは、逆に確信していた。
(彼女は展示ケースの中で “何か重要なもの” を発見したのだ。間違いない)
(だが、なぜそれを隠す必要がある?)
補足……この世界の万物には『魔力』と呼ばれるエネルギーが循環しており、この『魔力』を媒体として、自他に様々な影響を及ぼす手段を『魔道』と呼ぶ。
ただし、現代日本から漂流してきたナツメとユースケには『魔力』が循環することが一切無い。よって、二人は『魔道』を使用することはできないが、『魔道』によって影響を受けることもない(だから、展示ケースを構築する【障壁】もすり抜けることができる)。
つまり、ナツメの「さっきあたしに使った魔道だって失敗したんじゃないの?」という発言は、ジーンを揺さぶるためのハッタリに過ぎないのである。




