第3話 ―竜兮竜兮― ④
ナツメがそれ以上何も言わないので、ジーンはとりあえず「御理解いただいた」とみなし、話を続けることにした。
「それでは念のため、イクドモ村を取り巻く状況について説明いたします。
もし、お気づきの点や間違いがあればどうか御指摘ください、はい」
ジーンは、背広からメモ帳を取り出すと、それをパラパラとめくり――
「当村は、今からおよそ200年前、木材の供給基地として設立されました。
しばらくは順調に発展していたのですが、生活圏が広がることにより、古くからこの地に棲む竜を刺激してしまったのです。その竜は、額の真ん中に大きな目が一つだけあるという特異な外見から『一目竜』と呼ばれ、恐れられていました」
そこに怪物マニアのユースケが食らいつく。
「質問です!! 僕たちの故郷では、『一つ目の竜』は天候を司る力を持つことが多いのですが、こちらではどうでしょうかッ!?」
「さて? 今回調べた限り、そのような伝承はありませんでしたねぇ。ただ、幻術が得意だったようで『自分の頭を家畜小屋に見せかけて、入ってきた牛や馬を一呑みにした』なんて話が残っています」
「そうか、どちらかと言うと邪視のほうに関連づけられるのか! ふふ、たまりませんね……」
どうやら妙なスイッチが入ってしまったらしく、ユースケは何やら一人でブツブツつぶやき始めた。そこでナツメから(無視して話を進めて!)というジェスチャーが入ったので、ジーンは話を再開する。
「えー、それが本当かどうかはわかりませんが……やがて一目竜は家畜の味を覚え、優先的に狙うようになりました。牛や馬は、木材の運搬に欠かせない存在であるため、村の経済状況は壊滅寸前にまで至りました。
そんな折、村の窮状を耳にして、一人の遍歴騎士が竜退治にやってきました。
名をオーシと言い、相棒の魔道士ナルンの手を借りて見事一目竜を打ち取ると、その証として巨大な頭蓋骨を村に持ち帰りました。彼は村に英雄として迎えられ、村長の娘を娶り、村で生涯を終えました。まあ、めでたしめでたしと言ったところでしょう」
ジーンはそこで一息つくと、ナツメとユースケの反応を確かめながら――
「さて、竜は長命であり強大な種族ですが、その反面、繁殖力は極めて低いことが知られています。そのため、竜の遺物には希少価値がつき、大変な高値で取引されるのですね。たとえばその皮膚や爪牙、骨は魔道具の素材として最上級のものですし、その血肉、果ては糞尿までもが高貴薬として取り扱われます。また、死霊術をもてあそぶ魔道犯罪者にとっては、竜の死体を使役することが最高のステータスになるのだとか」
「うええ。フンニョーなんて、どうやって薬にするのさ。まさか飲むの?」
そう言ってナツメが顔をしかめると、ユースケが嬉々として答えた。
「尿は知らないけれど、糞はモグサ代りとしてお灸に使うって聞いたよ」
「マジかよ! だって、肉食動物の糞だぜ。それを焚くの? 臭いで死ぬよ?」
「そんなこと僕に言われても……」
微妙な空気になったところで、ジーンがすかさず話を再開する。
「結果、一般人が竜の遺体を目にする機会は非常に限られていると言えましょう。
イクドモ村の人々は、そこに目をつけた。英雄オーシが遺した竜の首を観光資産として活用したのです。イクドモ村は、首都である新東京からアクセスも良いので、現在、林業とならび観光業も無視できない産業となっております。ところが先日、この竜の首が何者かの手によって盗まれてしまった。これが第一の事件となります」




