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魔道探偵ナツメ事務所  作者: 吉田 晶
第3話  ―竜兮竜兮―

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第3話  ―竜兮竜兮― ③

 「街灯もねえ田舎モンがっ!」

 「駅前にデパートもねえ山猿が、何ぬかすッ!」


 不毛極まりない「ご当地代理戦争」は、すでに堂々巡りになっていた。


 疲れ果てたユースケが、ふと我に返る。

 そのときようやく、目の前で所在なさげに紅茶をすする中年男が、警察組織の人間であることを思い出したのだ。


「ああっ! すみません、すみません、ウチのナツメが本当に御無礼を……」


 電動マッサージ機に触れた()()()のように謝り倒すユースケ。

 その様子を見て、ジーンもまた「いえいえ、こちらこそ説明不足で申し訳ありません」と頭を下げる。


 当のナツメ所長はと言えば、横を向いてふてくされている。そのうえ、悪びれる様子も見せずに、「ウチにはマッポ……警察のお世話になるようなメンバーは一人もおりません。早々にお帰りくださ~い」などと言い放つ始末である。


 だが、ジーン捜査官も一筋縄ではいかない。静かに低く、こう切り返したのだ。


「経理担当のアイラス・チックタイアさん。確か未成年でしたか……」


 事務所の主は、何も答えない。


「彼女の御実家、随分と騒ぎになっているようですよ」


 ユースケは、見ている方が気の毒になるほどオロオロしている。


「未成年の誘拐、あるいは略取は、新大陸でも旧大陸でも重犯罪ですねぇ」


 その言葉に、ようやくナツメが反応した。


「人聞きが悪ぃな。あたしたちは別に――」

「事情はよく存じ上げております。アイラス嬢が許嫁(いいなずけ)を嫌って家出したこと、あなた方が彼女を蓮波会系の末端組織から救出したこと、そして彼女が新大陸に渡ったと思しき実の父親を捜していること、だいたい承知しております」


 ジーンが示した情報は、全てが真実であった。

 新大陸連邦捜査局とやらは、どうやらボンクラの集団ではないらしい。


「……これだからマッポは嫌いなんだ、マッポは」


 わざわざ「マッポ」を強調して吐き捨てるナツメ。

 ジーンは、その挑発を聞き流して――


「アイラス嬢の件について、我々は今のところ行動を起こすつもりはありません」

「今のところ、ね」

「さらに、私個人として、お役に立てることもあろうかと思います」

「それって……たとえば誰かの個人情報をリークしてくれるとか?」


 このとき、ナツメの頭に浮かんだ「誰か」は、アイラスの父親に他ならない。警察の力を借りることができれば、行方の探索はだいぶ楽になるだろう。

 だが、ジーンはその問いに明確には答えず、話を切り替える。


「……ですので、イクドモ村における一連の事件に関して、お持ちの情報を提供していただきたいのです。申し遅れましたが、村から被害届が提出されたことにより、本件は連邦捜査局の管轄下に入りました」

「ま、あんたらのお手並み拝見ってとこだね。ただ、犯人は相当手強いよ」


 ナツメが、感情のまったくこもらない声で言った。それは激励か、あるいは皮肉か――判断のつかなかったジーンは、とりあえず礼を述べた。


 するとナツメは、虫を払うような手つきをして言うのであった。


「そういうのはいいから、話を続けてよ」



                § § §



 おかしいぞ、とユースケは思った。

 ナツメの警察嫌いは、今に始まったことではない。それにしても、初対面の相手にここまで無礼に振る舞うような彼女ではなかったはずだ。


(またなにか、重たいものを一人で抱え込んでいるんだろうなあ……)


 

                § § §



 ナツメの仕打ちに、思うところがなかったわけではない。 

 それでもジーンは、粛々と現状の説明を始めた。


「ええ、それでは……現在、この村の界隈かいわいでは三つの事件が起きております。一つ目は、村のシンボルとも言える『一目竜の頭蓋骨』が消失したという事件、このことについては、ナツメ所長のほうがよく御存知かもしれませんね」


 ナツメはそっぽを向いたまま、ジーンの方に目をくれようともしない。


「さて、二つ目は、まだ事件と呼べるかどうかも定かではありませんが、村の魔道士が一名、行方不明になっております。そのことについて心当たりはございますか?」

「行方不明? ……さあ、知らない」


 ジーン捜査官は、魔道に頼らず、あくまで経験に基づいてナツメを観察する。

(声調、顔色に変化なし。だが、何か隠しているような気がする)


「……まあ、彼の事件については、おいおい説明申し上げるといたしましょう。

さて、最後、三つ目の事件です。村からそう離れていない湖のほとりで、竜の死骸が見つかったことは御存知でしょうか?」


「本当ですか!?」


 竜という単語に興奮したのか、ユースケが大声を上げた。


「新大陸の中央部に数頭が生息しているという学説は聞いたことがあったんですが、そんな人里の近くにまだ残っていただなんて! 竜ッ!!」


 マニア特有の勢いにたじろぎながらも、ジーンは丁寧に説明を続ける。


「そうですねぇ。その湖には林道程度の道は通っていますが、周囲を深い森が囲んでいます。もしかしたら、そこで静かに暮らしていたのかもしれません。ただ……」

「ただ?」

「どうにもその死に様が不自然でしてね。隠す必要もないので申し上げますが、首だけが綺麗さっぱり消え失せていたのです」

「首だけが? どうして!?」


 そのもっともな疑問にジーンは、

「現段階では見当もつきません。実に不穏ですね」

 と正直に答えてから――


「けれど私は、この三つの事件が、何らかの形で結びついていると考えています。

しかし、現状ではどうにも証拠が足りず、三つの事件がそれぞれ未解決のまま葬られてしまいそうなのですよ」


 言葉を切り、捜査官は残った紅茶を一息に飲み干した。そして、ナツメの瞳を覗き込む。


「そんな折、村で聞き込みをしたところ……ナツメ所長、あなたという『特異な存在』が浮かび上がってきた」

「聞き込みをしたなら、ことの顛末は知っているよね。あたしが尻尾を巻いて

村から逃げ出したってことをさ」

「それはどうでしょうねぇ……まぁ、そういうことにしておきますか」

「ずいぶんと含みのある言い方じゃないか」

「どう捉えていただいても結構ですよ。ともあれ、あなたが重要とは意識していない情報が、事件解決の手がかりとなる可能性があるのです。その点は御理解いただけますね」


 ナツメは、フンと鼻を鳴らすとソファーにふんぞり返り――


「面白くないッ! これじゃどっちが名探偵役かわかりゃしない!」


 そう傲然と()()()()のであった。

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