第3話 ―竜兮竜兮― ②
●日時――9月22日 14:00頃
●場所――新大陸連邦政府 首都 新東京
「魔道探偵ナツメ事務所」内 応接室
暦の上では秋だというのに、まだまだ夏を身近に感じる昼下がり。
無論、ナツメ事務所には冷房なんて気の利いたものは存在しない。
――だのにその中年男は、着込んだ黒い背広を脱ごうとはしなかった。
男と対峙する長い黒髪の女性は、受け取った名刺を無造作に卓に置くと、どこか芝居がかったアルトの声を響かせた。
「ふむ、これはこれはジーン・ウェン様。此度はどのような御用件で?」
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【人物ファイル】
名前: ナツメ・カナワ(鉄輪ナツメ)
所属: 『魔道探偵ナツメ事務所』所長
身長/体重: 178cm / 68kg
年齢: 24歳
備考: 現代日本からの漂流者
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ナツメは強い眼差しで、背広男をまっすぐに見据えていた。
彼女の両肩には二羽の鳥が佇んでいる。一見、カラスに似ているが、それが魔道具や使い魔といった【魔道的存在】であることは疑いようがない。
「どうか、私のことは気楽にジーンとだけお呼びください。
敬称をつけていただくほどの者ではありませんので」
穏やかな声音でそう告げながらも、ジーンは内心、気を引き締めていた。
(なるほど、これは手強い……)
大抵の者は、彼の肩書を知れば動揺する。
それが、目の前の彼女ときたらどうだ。顔色一つ変える様子もない。
ジーン・ウェンという男は、魔導士としての側面も備えていた。
【魔道四領域】のひとつ、【心気領域】に長けた魔道士――
彼の得手とする魔道のひとつに【感情察知】がある。
これは、生物の喜怒哀楽に伴う"魔力の揺らぎ"を捉える術であり、「対象が喜べば周囲の魔力が飛び跳ねるように波打ち、怒れば沸騰する湯の気泡のように見える」という。
今まさに、ジーンはその術式を展開していた。
無論、目の前のナツメに気取られぬよう、密やかに。
だが、彼女からは、一切の感情の揺らぎを感じ取ることができなかった。
抵抗なんて生温いものではない。完全なる無効化である。
(まさか、これほどの差があるのか……)
ジーンはそこに、魔導士としての圧倒的な “格の違い” を感じ取っていた。
さて……。
ジーンは事情聴取の際、世間話などを「話のまくら」に置くことにしている。
しかし、それは普段のこと。
(目の前の相手に、定石など到底通じないだろう)
そう判断したジーンは、いきなり本題を切り出した。
「イクドモ村で起きた事件について、伺いたいことがあります。
一週間ほど前、お仕事であの村へいらしていましたよね?」
途端、ナツメの眉間に皺が寄ったのを、ジーンは見逃さなかった。
「あの村でのことですか、いやはや……」
ナツメは、いかにも想定外といったように驚いてみせると、
「あれは当方の完全敗北ですから、お話できるようなことはなーんにも」
そう言って、逆にジーンの顔色を窺う。
その時、応接室のドアがノックされ、一人の青年が入ってきた。
分厚い眼鏡にモジャモジャの癖っ毛。
ガチャガチャと音を立てながら、不器用な手つきで紅茶を並べていく。
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【人物ファイル】
名前: ユースケ・サイトー(斉藤雄介)
所属: 『魔道探偵ナツメ事務所』助手
身長/体重: 163cm / 50kg
年齢: 20歳
備考: 現代日本からの漂流者
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その時、卓上に放置された名刺がユースケの目に留まった。
【新大陸連邦捜査局 広域捜査部 第一課捜査官 ジーン・ウェン】
ユースケの顔色が、たちまちのうちに蒼ざめる。
「うああ! ナツメさん! 何をしたの!? な、な、なんで警察の方がここに!?
殺ったの!? とうとう誰か殺っちゃったの!?」
ナツメは、それを聞くとポカンと口を開ける。
それから、ジーンのほうをまじまじと見て――
「ああン? あんた客じゃなかったの!? それも、よりにもよってマッポかよ!?
マジでカンベンしてよ……」
と、お里が知れる発言をするものだから、ユースケはますます蒼くなって、
「ちょっとナツメさん、失礼でしょう!それにいまどきマッポは無いよ!」
「じゃあ、なんだったらいいのさ」
「え?ええと……『パンダに乗ったワンコ』とか『バビロン機関』……とか?」
「そっちの方が聞いたこと無いよ。ウチの地元ではみんなマッポだったよ!」
「ナツメさんの地元ってあれでしょ、未だに街灯が無いって評判の○○市でしょ」
――街灯が無い。
○○市民のナツメにとって、その一言は宣戦布告に等しい。
「な……よくも言ったな、この△△市民がっ!」
ナツメはユースケに向かって中指を立てると、威勢よく啖呵を切った。
「街灯が無いのは、畑の作物が光で促成栽培されちゃうから仕方ないんだよ!
それを言うなら△△市なんて、未だにデパートの一つも無いじゃないか!!」
――デパートが無い。
△△市民のユースケにとって、その一言は最大級の侮辱である。
「……あるもん……駅前に○○○あるもん!」
「あれはデパートじゃなくてスーパーマーケットですぅ! ばーかっ、ばかっ!!」
理解不能な単語が飛び交うじゃれ合いを聞き流しつつ、ジーン・ウェン捜査官は思考を巡らせる。
(ナツメ所長は、私のことを単なる客だと思っていた。つまり、名刺に書いてあった肩書を理解できなかったということになる)
(だが噂どおり、彼女がケタ外れの魔道士だということは確認できた。そんなレベルの魔道士が、文字を識らないなんてことが有り得るだろうか? そして、極めつけはこの不可解な地元トーク……)
(彼女らはいったい、何処の何者なのだろう?)




