第2話 ―事故物件― ⑭
「ねえ親方、ちょっと聞きたいんだけど。この『逆柱』って、よくある話なの?」
そう問いかけるナツメの顔は、えらく真剣であった。
「滅多にございませんでした。日元でちょっとでも修行をつんだ大工なら、そこは厳しく仕込まれますからね」
ジンベー翁は、『逆柱』を平手でぺしぺしと叩いて見せる。
その仕草には、長年木と向き合ってきた者が持つ親愛が滲んでいた。
「祟りだのなんだのは置いておいて、木ってのは、生きていた時には根元で重さを支えていたわけでしょう。だから、根元の方が丈夫なのは道理ってもんです。それじゃあ、道理に反して逆柱を立てるってなると、上からの圧に弱くなって、結果、地震でも起きりゃ建物が崩れやすくなる――あっしはそう教わりましたよ」
「親方、もうひとつ。日元島にいたころ、わざと『逆柱』にしたことってある?」
「……あっしはございやせん。けど、施主がケチンボで飲み代の一つも弾んでくれない時なんかに、そういったいたずらをするなんて話は聞きますがね」
それを聞いたイノサンが、
「いやいやいや! 今回は『曰く付き』の一件でしたので、いつもより割増で手当てを出していましたから、そんなことがあるはずが――」
などと慌てて言うものだから、ジンベーは大笑い。
「冗談、冗談でございますよ。それに、よほど年季の入った御神木だったりすると
こんなことになっちまいますがね、ほとんどの木は、逆柱にしたからって化けて出てくるわけじゃありやせん。どうか御安心ください」
だが、その言葉を聞いてもなお、ナツメの顔色は晴れない。
「けれど、今回は被害が出ている。“たまたま” 祟りを起こすような御神木が紛れ込んで、それが“たまたま” 逆に立てられた――それって、いったいどれくらいの確率で起きることなんだろう」
ふと、ジンベーの顔からも笑みが消えた。
「なるほど、そういうことでございますか。大工にも面子ってやつがございます。
わざわざ人様を傷つけるような家を建てるヤツはいねえと思いてェもんだが……」
そして、イノサンをまっすぐ見つめると――
「証拠が無けりゃ、あっしとしてもハッキリとしたことは言えませんがね。
ねえ、バンクスの若旦那。もしかしたら、どこぞで誰かの恨みを買ったりしたんじゃありませんか? 」
イノサンは、困惑の表情を浮かべる。
だが、ジンベーの言葉を否定しようとはしない。
(もしかしたら、すでに犯人の見当がついているのかもしれないな)
ユースケはそう思った。そして、イノサンを後押しするように言った。
「イノサンさん。この件は、できるだけ早く内部調査をしたほうがいい。柱がどう搬入され、誰が逆さに立てる指示を出したのか――時間が経てば経つほど、突き止めるのは難しくなります」
その言葉を聞いてアイラスも、
「もしユースケさんの言うとおり、犯人がバンクス=グループの内部にいた場合、イノサン様が我々『ナツメ事務所』に今回の件を相談したということは、すでに筒抜けなのではないでしょうか」
と重ねて訴えかければ、イノサンは顎を撫でながら、
「そうですね……私のスケジュールは新大陸支店の職員全員が知っていますし、今日、ジンベーさんをお呼びしたのも、店のスタッフを通してです」
「すると犯人は近いうちに、イノサン様が『逆柱』に行き着いたことに気がつくかもしれません」
アイラスは、そこまで言うとナツメにちらりと目配せして――
「もしわたしが犯人なら、その時点で証拠を処分しようとするでしょう。その、具体的には不良魔道士を雇って、新館ごと『逆柱』を焼き払ってしまうのがいちばん効率的かなあと……」
ナツメは心の中でアイラスに(グッジョブ!)と親指を立て、ここぞとばかりにセールストークを始めた。
「どうでしょうイノサンさん、そちらの警備も任せていただけませんか?
当事務所は、魔道絡みのトラブルに関して、それはもう確かな実績を備えております。その上、とってもリーズナブルなお値段で引き受けさせていただきますよ」
そして、ドヤ顔で決めたのだ。
「――よろしく、魔道探偵ナツメ事務所!」




