第2話 ―事故物件― ⑪
アイラスは、どこからかキャスター付きの黒板を引っ張り出してきた。
使用された跡がまったくないのが滑稽であったが、彼女はどうにか笑いをこらえ、板面に今回の事件を整理し始めた。
カッカッカッ……
カッカッカッ……
部屋に、白墨の立てる小気味よい音が響く。
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①館の主であるモートンの儀式により、クレストヒル館が呪われた。
↓
②150年後、ルーカス司教ら神聖教会の活躍により、館の呪いは祓われた。
↓
③新館が建設されたが、そこに妖怪が出没する。
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そこまで書き終えると、アイラスは手に着いた白墨の粉をぱたぱたとはたき落し、大人たちの方に向き直った。
「とりあえず、館で起きた事件を時系列順に並べてみました」
周囲から注がれる視線に緊張しながらも、どうにか落ち着いた声で続ける。
「さて現在、館には正体不明の妖怪が出没しています。それが旧クレストヒル館の悪霊と関係しているのかどうかは、まだわかりません。けれども、妖怪や悪霊といった存在は、そう簡単に現れるものではないと思うのです。だから、 “過去の悪霊” と “現在の妖怪” がつながっていると仮定すると、神聖教会が祓魔に失敗していた可能性が挙げられるのではないでしょうか?」
そんな問題提起に真っ先に反応したのは、責任者として事情を誰よりも把握しているイノサンであった。
「そうですね、確かに可能性はゼロではないと思います。ただ、ルーカス司教は失敗を隠すような人柄ではありませんし、教会とは別組織である魔道士組合からも『害意のある魔力の類は存在しない』と報告が上がってきています」
「神聖教会や魔道士組合に、もういちど確認をおねがいしてみては?」
「それができれば一番良いのですが……大きくて歴史のある組織というものは、どうにも体面というものにこだわります。彼らの出した結果にいちゃもんをつけるということは、なかなかに難しいものなのです」
「ですが、実際に問題が起こって、困っているのでしょう?」
イノサンは思わずうなり声を上げた。
少女の無垢な問いかけが、痛いところを突いたらしい。
「私の所属するバンクス=グループも、世間的には大きくて歴史のある組織ですから、今回のトラブルを大事にしたくないのです。これが、私一人が処分されて済むなら簡単だったのですが……。まったく、本当に馬鹿な話ですよ」
家族、会社、世間――多くのしがらみに囚われるイノサンの声には、深い疲労がにじみ出ていた。
一方で家出娘は、つい先日、そうしたしがらみをほっぽり出したばかりの御身分である。どうにもかける言葉が見つからない。
気まずい沈黙が場を支配しかけたその時、「ご安心ください!」と、誰かの自信満々な声が響き渡った。確認するまでもなく、声の主はナツメ所長である。
「我々に依頼していただいた以上、この事件は必ず解決してみせましょう。だから、あなたが心を痛める必要はまったくありません。どうか大船に乗った気持ちで! わははは!」
根拠なんて何ひとつない放言ではあったが、それでもイノサンは少し元気を取り戻したようだった。
その様子を見て、アイラスは密かに胸をなでおろす。
(――そう、 “我々” がこの事件を解決しちゃえばいいんだ)
彼女は、再び口を開いた。
「それでは、神聖教会による祓魔が完全に成功していたと仮定する場合、新しい館に出る妖怪は、過去の呪いとは無関係ということになります。そうすると、新しい住人か、新しい建物に原因があるのではないでしょうか」
「なるほど……」
イノサンは、記憶を探るかのように顎をさすっていたが――
「まず、新しい住人ですが、バンクス=グループの古くからのお得意様ですね。個人情報ですので詳しくは申し上げませんが、真っ当な商売をされている方で、取り立てて怪しい所は無いように思います」
「それでは、新しい建物になんらかの問題がある可能性は?」
「低いと思います。バンクス=グループでは、全ての建材に対し【悪意のある魔道】が込められていないかチェックをしています」
「とすると、妖怪はどこか外からまぎれこんできたのでしょうか?」
「それもありえないでしょう」
イノサンは、その可能性を即座に否定する。
「――神聖教会は祓魔を終えた後、万が一にも祓い残した妖魔がいた場合に備えて、館の跡地を囲むように結界を施しました。人に害を為す【邪悪な存在】が触れると警報が鳴る仕組みなのですが、これが反応した形跡がありません」




