第2話 ―事故物件― ⑩
「護衛の彼は一命は取り留めましたが、どうにもいけません……」
部下を危険な目に遭わせてしまったことを思い出し、項垂れるイノサン。
「なるほど。それは由々しき事態ですね」
ナツメ所長は腕を組み、いかにも難事件といったように眉根を寄せてみせる。
しかし、このとき彼女の脳裏にあったのは、
(やっべえ、なんにもわかんねえ……)
その一点のみであった。
彼女は表向き威厳を保ちつつ、ひそひそ声で助手に意見を求める。
「ちょっとユウちゃん、妖怪マニアでしょ。何かわかんないの?」
「そうだねえ……でもなあ……ええと……」
ユースケは目を閉じ、自分の額をコンコンと指でノックしながら、
「あの、新しい館を建てる際に、植樹とかはされましたか?」
とイノサンに尋ねた。
「植樹……よそから樹を運んできて、敷地に新たに植えたということですか?」
「そうです。別の所に生えていた樹を、です」
ユースケの意図が掴み切れないイノサンは、戸惑ったような顔で、
「いえ、そのようなことは聞いておりません」とだけ答えた。
「あれ? ええと、ありがとうございます。じゃあ、違うのか。『兇宅』ではないのか……どこかで聞いたような気がするんだけど……」
頼みのユースケが自分の世界に没入してしまったのを見て、ナツメはアイラスに声をかけた。
「アイちゃんはどう思う?」
「え……こんな話、ほんとうにあるのですね」
話に聞き入っていたアイラスは、びっくりしてそんな感想しか浮かばなかった。
「ふふふ、ウチに持ち込まれる仕事の中には、こういった妖怪案件もそれなりにあるから、覚悟しておいてね」
そこでナツメは、二人のやり取りを眺めていたイノサンと目が合った。
「ああ、これは紹介が遅れました。彼女はアイラス=チックタイア。優秀な魔道士にして、うちの期待の新人です」
そう紹介されたアイラスへ、イノサンは丁寧な挨拶をすると、
「それにしても、あの、大変お若く見えますが……このような仕事をされて危険はないのですか?」と、いたいけな少女の身を案じるような口調で尋ねた。
「いえ、わたしは――」
アイラスが誤解を解こうと口を開いた瞬間、ナツメがいけしゃあしゃあと言い放つ。
「魔道士にとって、見た目などは飾りに過ぎません。以前、そうやって彼女の若さを侮ったものは……おおっと、これ以上は私の口からは言えません」
(ちょっと、ナツメ所長!? ――もう、ほんとうに適当なんだから!)
アイラスは、ここに事務員として雇用されたはずである。
魔道が使えないわけではないが、とても魔道士などと名乗れるレベルでは無い。
そもそもこの探偵事務所、まともな業務実績がゼロではないか。
「こういった妖怪案件」なんて言い草自体、ちゃんちゃらおかしいのである。
(所長がすごい魔道士だってことは知っているけど、まともに働いてるところなんて見たことないし、これまでどうやって生活してきたのかしら? )
(……それにしても、わたしが魔道士? ……ふふ、 “魔道士アイラス” かぁ。
なんだか悪くないかも)
無茶が一周回って、アイラスは何だか楽しくなってきてしまった。
彼女は席から颯爽と立ち上がると――
「所長、わたしのことより、今はイノサン様の事件のことが重要!」
「お、おう?」
「まずは、事件の流れを整理してみましょう」




