第2話 ―事故物件― ⑧
結果だけを見れば、今回の祓魔は成功したと言えるだろう。
だが、その代償は決して小さくなかった。ルーカス司教は重傷を負い、一命こそ取りとめたものの、今もなお病院で療養を続けている。さらに祓魔師の一人が深刻な精神的後遺症を抱え、第一線を退くことを余儀なくされた。
「百五十年という歳月で呪いが薄れたにもかかわらず、この手強さだ。当時はどれほどのものであったのか、想像するだに恐ろしい……」
後日、見舞いに訪れたイノサンに、ルーカス司教はそう語ったのだとか。
ともあれ、こうしてクレストヒル館は一世紀半ぶりに平穏を取り戻した。
ここからは、不動産屋であるイノサンの領分である。
歴史的観点から見れば、クレストヒル館は確かに貴重な建造物である。
しかし同時に、 “厄災の象徴” として人々の記憶に深く刻まれてしまっている。
イノサンは近隣住民や本社と協議を重ねた末、館の基礎部分のみを残し、それ以外を全て解体処分とする決断を下した。
作業中、怪異が発生することはなかったが、館のいたるところから人骨が発見されたという。モートンが儀式の生贄として捧げた者たちか、あるいは返り討ちに遭った兵士たちか──
いずれにせよ、身元を特定するには時が流れすぎていた。
バンクス=グループは館の敷地内に共同墓地を設立し、彼らの無念を厚く弔った。
§ § §
こうして工事の第一段階が終了し、館が土台だけとなった時点で、イノサンは、魔道士組合に跡地一帯の鑑定を依頼した。
「神聖教会は良い顔をしないでしょうが、絶対に間違いがあってはならない案件でしたので、二重のチェックが必要だと判断しました」
【残った基礎部分に、悪意ある魔道具や呪物が仕込まれていないか?】
【土地そのものに、人体に悪影響を及ぼすような魔力が残留していないか?】
鑑定結果は――【異状なし】
§ § §
新館の建築は順調に進み、大きなトラブルもなく完成した。
旧館の解体から新館完成に至るまでの諸経費、さらには神聖教会及び魔道士組合への謝礼金まで含めれば、本件に投じられた資金は相当な額に上る。
本来であれば、販売価格もそれ相応になるはずであった。
しかし、何せ超弩級の “事故物件” である。
最終的な販売価格は、むしろ控えめと言える額に設定された。
すると物珍しさも手伝ってか、買い手がすぐに現れ、契約も滞りなく結ばれた。
呪われた旧館とは打って変わり、新たな館は、なにもかもが祝福されているように感じられた。




