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「えっ、お前らまだ付き合ってなかったの!?」 ④

 しばしの間、まったく無意味な勝利に酔いしれていた雄介。

 しかし、いつまで経ってもナツメさんが戻って来ないので、だんだんと不安になってきた。

 ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれない。もしかしたら、腹を立てて帰ってしまったのだろうか?


 窓から眺めてみれば、外はいつの間にか真っ暗になっていた。

 雄介は、休日には時計を持ち歩かない反社会的な人間なので、ぱっと時間を確認することができない。今いる席からは、店の壁掛け時計も見えなかった。


(あれ、確かここに入ったのは午後2時くらいだったから、んん? そりゃあ今は冬だから5時にもなれば真っ暗になるけど)


 その時、雄介は気づいた。


(真っ暗って、どうして街の中にあるファミレスの外が真っ暗なんだ? 真夜中だとしても、街灯くらいは見えるだろうに)


 あたりを窺うと、人の気配が全く感じられない。

 完璧な静寂が辺りを支配している。


(いつの間にか閉店時間が過ぎて、店員さんたちが僕たちに気付かずに帰っちゃって、この窓にもブラインドが降りてるとか――かなあ?)


 とりあえずはナツメさんを探そうと思い、席を立った。


               § § §


 ドリンクバーの前まで来て、雄介は首を傾げた。機械は完全に停止しているようだった。


(あー、やっぱり閉店したんだ。そういや昔、バスに乗って読書に夢中になっていたら、乗り過ごしてそのまま車庫の中まで連れていかれたことがあったなあ)


 雄介は微笑ましく思い出す。乗り慣れた経路だったし、終点が目的地だったので安心しきっていたのだが、まさかそのまま回送になるとは予想外だった。運悪く最後列の端っこに座っていたため、運転席からも見えなかったらしい。

 突然真っ暗になったので、わっと声を上げたら、運転手さんがすっ飛んできた。自分もびっくりしたが、運転手さんもさぞかしびっくりしただろう。

 事態を把握した後、お互い20回くらい「すみませんすみません」と謝り倒してから、とりあえず終点までの代金を支払って――


(結局、車庫のあった営業所から家まで2kmくらい歩く羽目になったんだよな……)


 退屈な日常の中に突然現れたアンバランス・ゾーン。今思い返してみると、あの時の体験は、たまらなく刺激的だった。


(この分だと、ナツメさんはもう帰っちゃったかね。だったら一声かけてくれてもよさそうなのにな。でも、そんなに怒ってるようには見えなかったけど……まあいいや、今度ケーキの一つでも持参して謝りに行けば機嫌直してくれるでしょ。さあ、帰るべ帰るべ……あ、入口にカギがかかっているだろうな。どうしよう、勝手に開けて出て行っていいのかな? 黙って帰っちゃったら無銭飲食になるか? 最悪警備システムが作動したりして。それとも、店内に電話があるだろうから、本社か警備会社にでも連絡しようかしら。でも、それも恥ずかしいな)


 そんなことを取り留めなく考えながら、もといた席に戻ろうと振り返った瞬間、雄介は息を飲んだ。


 そこには、ただ虚無のような暗闇だけが広がっていた。


 もう一度振り返ると、さっきまでドリンクバーがあったところも、闇につつまれていた。ただ、自分の頭上の灯りだけが、幽かな光を放っていることに気が付く。そして、その灯りも段々弱まっているように感じられた。

 とにかく急いで入口に向かおうとしたが、暗くて一歩踏み出すにも勇気がいる。そのうち雄介は、自身が真っ暗闇に取り残されたことを悟った。


 とたんに怖くなった。夢でも見ているのか、それとも自分の精神が壊れつつあるのか、はたまた狐狸妖怪にたぶらかされているのか。

 呼吸が浅く速くなる。パニックに陥る一歩寸前だ。そんなとき、ふと脳裏にナツメさんのことが浮かんだ。そして、こう思った。


(もしかしたら、ナツメさんはまだこの中にいるのではないだろうか。そうだとしたら、カッコ悪い所は見せられないぞ)


 ふっふっはー ふっふっはー 

 深く深く息をつく。某トンデモ格闘漫画で仕入れた怪しい呼吸法である。

 ふっふっはー ふっふっはー


(これはTVのドッキリか何かで、ナツメさんもそれに協力をしていたんじゃないだろうか……)


 ふっふっはー ふっふっはー 

 ふっふっはー ふっふっはー 


 もちろん、そんなことがあり得ないのはわかっている。ただ、そんな馬鹿馬鹿しい仮定を思いつける程度には余裕が出てきた。

 改めて辺りを見回すと、遥か彼方に、緑色の光源を見つけた。どうやら、非常口の灯のようだ。


(是非も無し!)


 飛んで火に入る夏のアレのごとく、雄介はそれに向かって進む。


               § § §


 もう数時間も経ったような気がした。

 まだ数十秒も経っていないような気もする。


 自分の存在すら周囲の闇に溶けてしまったような曖昧な気持ちだったが、非常灯に近づくにつれて、だんだんと五感が覚醒してきた。

 ようやく、非常灯に印刷されている文字が読み取れる程の距離まで近づくと、その下に扉が見えた。早く外の空気が吸いたい。その一心で扉のもとに駆け寄ると、取っ手に手をかけ、一気に押し開く――

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