第2話 ―事故物件― ⑤
クレストヒル館の歴史は、およそ二百年前――神聖帝国による新大陸開拓の黎明期にまで遡ることができる。
荒波を越えて新大陸西岸へ到達した開拓者たちは、後世において「新東京」と呼ばれる地に最初の要塞を築いた。そして、防衛線を補完するため、要塞の周辺にはいくつもの小規模な砦が設けられた。
その一つこそが、要塞から半日の距離にある丘陵の上に築かれたクレストヒル砦である。
時が流れ、帝国の勢力圏が拡大すると、砦は前線基地としての役割を終え、守護を任されていた一族へと下賜された。以後は邸館――すなわちクレストヒル館として利用されることになる。
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このように、クレストヒル館は国内でも屈指の歴史を誇る建築物であったが、人が実際に暮らした期間はその四分の一に満たず、せいぜい五十年ほどである。
文献によれば、この館の最後の主はモートンという男であった。
晩年、彼は不治の病に侵されて錯乱したあげく、永遠の命を得るという妄執に取り憑かれ、ついには実の娘を含む七十二名の魂を悪魔に捧げたと伝えられている。
この話のどこまでが本当で、どこまでが作り話なのか、今日に至るまで明らかではない。
ただ、多くの人命がモートンの手にかかったこと、それだけは事実である。
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「クレストヒル館に向かった身内が帰ってこない」
そのような訴えが幾度も寄せられたため、要塞司令官は重い腰を上げた。
当時の新大陸は、一歩人里を離れれば、そこはすぐさま無法地帯である。
足を踏み入れがたい沼地や森林には、社会から零れ落ちた無頼漢が潜み、夜な夜な集落を襲撃する――そうした時代であったから、司令官が、(野盗が館を占拠でもしたのだろう)と判断したのは、ごくごく自然なことであった。
こうして、数名の斥候が館に派遣されたが、生還したのはただの一人。
しかも彼の報告は、到底正気とは思えない内容であった。
「館に巣食っているのは、野盗ではなく悪霊である」
「館の内部はもはや異界と化しており、危険極まりない」
これを聞いた司令官は、事態を収拾するため精兵から成る一個小隊を派遣したが、初回の突入で小隊の三割が失われ、戦果はほぼ皆無だったという。
館を破壊しようにも、それは堅牢な石造りであり、焼き払うこともできない。
(相手が人間であれば、いくらでもやりようはあるが……)
万策尽きた司令官は、本国及び神聖教会へ助言を求めた。
しかし、返ってきた答えは、彼の期待を大きく裏切るものであった。
「この呪いは、おそらく百年から二百年は持続する」
「これ以上犠牲を出さぬよう、館の周囲を厳重に封鎖せよ」
これほどの大事件である。
仮に同様の事態が旧大陸で発生したならば、教会の威信にかけて、祓魔師や聖堂騎士の一団が投入されていたかもしれない。
しかし、新大陸となると話が違う。
そもそも、こちらの岸にいる聖職者は指折り数えるほどで、祓魔の素養を備えた者など皆無である。
さらに、当時の航海技術では、新大陸と旧大陸の往来は非常に危険なものであったので、旧大陸から援軍を送ることはできなかったのである(※)。
(封鎖という言葉は勇ましいが、これでは、悪霊などという馬鹿げた存在に白旗を上げたも同然ではないか!)
司令官は地団太を踏んで悔しがった。しかし、他に打つ手は無かったのである。
※……現在であれば魔道士組合に相談することもできただろうが、教会の権威が強かった当時は、魔道士が表立って活動することは稀だったのである。




