―家出娘と猫と指輪― ⑯
「それじゃ、話はまとまったようだし、儂はお暇するとしよう。……ええい、そんな目で見るなよナツメ殿。なに、儲けものだったとすぐに気づくだろうからさ」
アルバートはそれだけ言うと、さっさとナツメ事務所を後にした。
ちょっとばかり恰好つけたのが恥ずかしかったのだろう。
あるいは、居候が増えることになったナツメ所長の不機嫌な視線に、本気で恐れをなしたのかもしれない。
どちらにしろアイラスには、お礼を告げる暇すら与えられなかった。
彼女は、ほんの少しだけ躊躇した。けれど、すぐにアルバートを追いかけて、外へと駆け出したのであった。
§ § §
かぶいた格好のアルバートは、とにかく目立つ。
だから、雑踏に紛れても見失うようなことはなかった。
「先ほどは、ありがとうございました」
すぐに追いついたアイラスが、息を切らせながらお礼の言葉を述べた。
するとアルバートは、軽薄そうにひらひらと手を振ってみせる。
「なあに、かまわんさ」
「あの……アルバートさんは、どうして見ず知らずのわたしに、こんなに親切にしてくださるのですか?」
アイラスにしてみれば、彼が下心を持つような人物ではないとすぐにわかった。
だからこそ不思議だったのだ。
アルバートは、しばらく黙っていたが、やがて――
「実はな、むかし、ブレイク家の本家筋に厄介になっていたことがあってな、その恩返しという気持ちがあったのだ。だから、アイラス殿が義理を感じる必要はないんじゃよ」
「……そうだったのですね」
「それに、なにからなにまでお主のためというわけでもないのだ」
不思議そうな顔をするアイラスに、アルバートは声を潜めて言った。
「ナツメ所長とユースケはな、その……辺鄙な所から出てきて、いわゆる常識というものが足りない。だから、アイラス殿にはそこンところをうまく補ってもらいたいのだ。手間はかかると思うが、お願いできるだろうか」
「はい! 承知しました」
アイラスの生真面目な返事に、アルバートは思わず相好を崩す。
「気のいいやつらであることは、儂が保証する。きっとうまくやっていけるさ」
「本当にありがとうございます。この御恩はけっして忘れません」
その言葉を聞いて伊達男は、さっと振り返ると、
「そんなもん、明日には忘れてしまうといい。……お父上が早く見つかることを祈っておるよ。じゃあな」
そう言い残して、その場から去っていくのであった。
§ § §
翌日、アイラスは、北大陸の実家に向けて手紙を出した。その手紙には、
「家出の理由」
「自身は無事であること」
「新大陸の『魔道探偵ナツメ事務所』で働くことになったこと」
「父親の消息がつかめ次第、帰宅すること」
そういったことが偽りなく記載されていた。
この手紙を出すことが、ナツメ事務所に留まるための条件でもあった。さすがのナツメ所長も、自身が誘拐犯として捕まるようなことは避けたかったのである。
新大陸と北大陸を行き来するには、片道で2ヶ月を要する。
向こうに手紙が届き、それからすぐに迎えの者が来るとしても、アイラスには4ヶ月の猶予期間が与えられたことになる。
こうして家出娘 (と、ついでに黒猫)は、「魔道探偵ナツメ事務所」でしばしの居場所を得たのであった。
〈家出娘と猫と指輪 完〉




