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魔道探偵ナツメ事務所  作者: 吉田 晶
第1話 ―家出娘と猫と指輪―

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―家出娘と猫と指輪― ⑯

「それじゃ、話はまとまったようだし、儂はお暇するとしよう。……ええい、そんな目で見るなよナツメ殿。なに、儲けものだったとすぐに気づくだろうからさ」


 アルバートはそれだけ言うと、さっさとナツメ事務所を後にした。

 ちょっとばかり恰好つけたのが恥ずかしかったのだろう。

 あるいは、居候が増えることになったナツメ所長の不機嫌な視線に、本気で恐れをなしたのかもしれない。

 

 どちらにしろアイラスには、お礼を告げる暇すら与えられなかった。

 彼女は、ほんの少しだけ躊躇した。けれど、すぐにアルバートを追いかけて、外へと駆け出したのであった。



                § § §



 ()()()()格好のアルバートは、とにかく目立つ。

 だから、雑踏に紛れても見失うようなことはなかった。


「先ほどは、ありがとうございました」


 すぐに追いついたアイラスが、息を切らせながらお礼の言葉を述べた。

 するとアルバートは、軽薄そうにひらひらと手を振ってみせる。


「なあに、かまわんさ」

「あの……アルバートさんは、どうして見ず知らずのわたしに、こんなに親切にしてくださるのですか?」


 アイラスにしてみれば、彼が下心を持つような人物ではないとすぐにわかった。

だからこそ不思議だったのだ。


 アルバートは、しばらく黙っていたが、やがて――


「実はな、むかし、ブレイク家の本家筋に厄介になっていたことがあってな、その恩返しという気持ちがあったのだ。だから、アイラス殿が義理を感じる必要はないんじゃよ」

「……そうだったのですね」

「それに、なにからなにまでお主のためというわけでもないのだ」


 不思議そうな顔をするアイラスに、アルバートは声を潜めて言った。


「ナツメ所長とユースケはな、その……辺鄙ヘンピな所から出てきて、いわゆる常識というものが足りない。だから、アイラス殿にはそこンところをうまく補ってもらいたいのだ。手間はかかると思うが、お願いできるだろうか」

「はい! 承知しました」


  アイラスの生真面目な返事に、アルバートは思わず相好を崩す。


「気のいいやつらであることは、儂が保証する。きっとうまくやっていけるさ」

「本当にありがとうございます。この御恩はけっして忘れません」


 その言葉を聞いて伊達男は、さっと振り返ると、


「そんなもん、明日には忘れてしまうといい。……お父上が早く見つかることを祈っておるよ。じゃあな」


 そう言い残して、その場から去っていくのであった。



               § § §



 翌日、アイラスは、北大陸の実家に向けて手紙を出した。その手紙には、


「家出の理由」

「自身は無事であること」

「新大陸の『魔道探偵ナツメ事務所』で働くことになったこと」

「父親の消息がつかめ次第、帰宅すること」


 そういったことが偽りなく記載されていた。

 この手紙を出すことが、ナツメ事務所に留まるための条件でもあった。さすがのナツメ所長も、自身が誘拐犯として捕まるようなことは避けたかったのである。


 新大陸と北大陸を行き来するには、片道で2ヶ月を要する。

 向こうに手紙が届き、それからすぐに迎えの者が来るとしても、アイラスには4ヶ月の猶予期間が与えられたことになる。


 こうして家出娘 (と、ついでに黒猫)は、「魔道探偵ナツメ事務所」でしばしの居場所を得たのであった。


                       〈家出娘と猫と指輪 完〉

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