―家出娘と猫と指輪― ⑮
「……それでもわたしは、父と会って話をしてみたい」
アイラスは、ナツメにまっすぐな眼差しを向けた。
その瞳に、すでに曇りはなかった。
「無理なお願いなのは承知しておりますが、もう少しだけ、わたしのワガママにつきあってはもらえないでしょうか。せめて、無事生きているのかどうか、それだけでも知りたいのです」
「ただ、何にせよ先立つものが必要になりますから……ねえ、ユウちゃん?」
ナツメは、助けを求めて相棒に視線を送る。
するとどうしたことか。彼は黒猫にまとわりつかれて、なんともだらしのない笑みを浮かべるばかりではないか。
(あ、これはダメだ)
ナツメは瞬時に理解した。
味方の砦は、いつのまにか敵に篭絡されていたのである。
そのことを感じ取ったアイラスが、ここぞとばかりに食い下がる。
「あの、わたし、帳簿付けができますし、法律の知識もあります。魔道だってある程度なら使えます。ですので、この事務所に下働きとしてしばらく置いてはもらえないでしょうか」
「でもねえ、ウチにそんな余裕は……」
その時、意外な人物からの援護射撃が入った。
しかもそれは、アイラスのために撃ち出された弾丸であった。
「なあ、部外者がこんなことを言うのもなんだが、アイラス殿をここで雇ってみてはどうかな。とりあえずは、ひと月だけでかまわんから」
「アルバートのとっつぁんまでなに言ってんのさ!?」
アルバートは、ぽりぽりと額をかきながら――
「前から気になっていたんだが、この事務所、事業所登録は済んでおるのか?」
「……何それ?」
「そんなことだろうと思った。事業所登録をできるだけ早めに済ませておかんと、のちのち追徴金を取られたり、いろいろ困ったことになるのだぞ」
「ちょっと、いきなり難しい言葉で不安にさせないでよ!? ……ユウちゃん、ユウちゃんならそんな手続き楽勝だよね?」
「え、無理」
ユースケは、ミーシャを膝にかかえて力強く言い放った。
「僕の脳味噌は、社会的に役立つことには一切対応できないようにできているんだ。期待するだけ無駄だよ!」
「そうだった……ユウちゃんはそういうやつだった……」
打ちひしがれるナツメに、アルバートが追い打ちをかける。
「そういうナツメ殿はどうなんじゃ?」
「知ってるくせに! こちとら読み書きすらできないよ!! 」
「……だよなあ。だから、せめてその手続きだけでもアイラス殿に依頼してみればよいではないか。なんだったら、彼女のひと月分の給料は、儂が負担してもよい」
アルバートのあまりのアイラス推しに、ナツメは不審の目を向けた。
「どうして中年のオジサンは、少女という存在に甘いのだろう……」
「アホ、そんなんじゃないわい! 強いて言えば、顔も知らない父親を捜して、たったひとりで新大陸まで来たその根性にロックンロールを感じたから、と言ったところかな」
聞きなれない言葉に、首を傾げるアイラス。
「ロックンロール? それはいったいどのような……?」
「ん、詳しくはナツメ殿に聞いておくれ。なあ、ナツメ殿。ロックンロールでつながる同志を、よもや無下に扱ったりはしないよなあ」




