―家出娘と猫と指輪― ⑭
「わざわざ来てもらっちゃってすみません。こちらから伺うのが筋なんですけど、ちょっと事務所を空けづらい理由があって……」
と恐縮しきりのユースケに、
「なに、かまわんさ。グアン兄弟社からは近いし、いい息抜きになるからの」
そう声をかけて、御自慢の髭を撫でる伊達男。
彼の名はアルバート。
ユースケの騙りとは違い、正真正銘、本物のグアン兄弟社の社員である。
御年35歳、独身、気苦労の多い中間管理職。
ナツメ事務所の二人とは何かと縁があって、気心の知れた間柄なのだ。
「そういえば、なにやら相談があると言っておったが、どんな話じゃ?」
「ああ、ちょっとだけお待ちくださいね」
そこでユースケは、アイラスにアルバートを引き合わせた。
「アイラスさん、このアルバートさんは信頼できる人で、おまけに色々なところに顔が利く。昨日あったことと今後のことを、彼に相談してみてもよいですか」
§ § §
「――なるほど、それは災難でしたなあ」
誘拐事件の顛末を聞き終わると、アルバートは心からほっとしたような様子で、目の前の少女を労った。
「それで、いざこざを穏便に収めるためにグアン兄弟社の名前を出してしまったのだけど、大丈夫だったかな」
そのときの詳細を語ろうとするナツメの口を、どうにか手でふさぎつつ、ユースケが申し訳なさそうに尋ねた。
事後の確認ではあったが、アルバートの返事は「問題ないじゃろ」と、実にあっさりとしたものだった。
「その金歯の三下のことは知らんが、先生と呼ばれておった魔道士は、おそらく『蛇毒』のクサリナミじゃな。確か、無差別テロの容疑者として魔道士組合から指名手配をかけられておったはず。蓮波会としてもそんなお尋ね者を抱えていることを知られたくはないだろうから、表沙汰にすることはあるまいよ」
「よかった……」
「ふむ。それが『昨日あったこと』についての相談じゃな」
「そのとおり。で、ここからは『今後のこと』についての相談なのだけど……
バーナード・ブレイクって人を知っていたりしますか?」
「ん!? バーナード・ブレイク……誰じゃ、それ?」
ユースケは、どう答えたものか一瞬ためらった。
するとアイラスが、迷いのない表情でアルバートに告げた。
「ダンシャム卿バーナード・ブレイクは、わたしの……実の父親です。わたしは、その人に会うためにここまで来ました」
その言葉を聞いて、アルバートは表情を曇らせる。それから重々しい口調で、「それは、難しいかもしれんのう」などと言うのであった。
「やはり、そうでしょうか……」
アルバートは、アイラスが意気消沈したのを見て、慌てて言葉を付け加える。
「あ、すまん、イジワルで言っているのではないぞ。お父上のことは詳しく知らんのだが、おそらく、お尋ね者として結構な額の賞金が懸かっているのではないかと思ったのじゃ」
「どうしてそれを?」
「ダンシャム卿であれば、確か北大陸の伯爵かなにかであったと記憶しておるが、同時にブレイク家の者だということであれば、間違いなく大公派であったはず」
そこで一つ溜息をついてから――
「大公派への追及は、未だ緩んではおらぬゆえ……おそらく、お父上は名前を変え、場合によっては顔まで変えて、目立たぬように暮らしておられることだろう」
「アルバートのとっつあんでも、どうにもならないわけ?」
ナツメからの横槍に、アルバートは形のいい眉を顰めた。
「そうさな……この新大陸のどこかに、大公派の亡命貴族によるコミュニティがあるという噂は聞いておる。しかし、いかんせん排他的でな、協力を求めるのは困難じゃ。さて、どうしたものかのう」




