―家出娘と猫と指輪― ⑬
「ダメだ。これを換金するとか絶対に無理……ベンジーくんが不憫すぎる……」
ユースケは、その重きに耐えかねて、指輪をテーブルにそっと置いた。
見れば、彼の眼は涙で潤んでいるではないか。
「ええい、下手な同情なんてするんじゃないッ! あたしらの生活がかかっているんだ。申し訳ないがこの指輪には泣いてもらうんだよッ!」
ナツメは、うんざりとした表情でユースケを叱りつけた。
相棒と違って、彼女はリアリストなのだ。
(……本当にこの二人、見ていて飽きないわね)
迷探偵と助手のドタバタ劇を眺めていたミーシャは、愉快でたまらない。
何気ない口調で、さらなる燃料を投下する。
「そうそう、この指輪は、自らの意思でアイラスのそばにとどまろうとするわ。
だから、むりやりアイラスと引き離そうとしたら、砕け散るんじゃないかしら?
……たぶんなのだけど、ね」
「はぁ? なにソレ!? 冗談でしょ、ねえ?」
「まあ、それは心外。黙っていた方が良かったかしら」
ナツメは、しばらくミーシャの顔を見つめていたが、やがてガバッと頭を抱え、机に突っ伏してしまった。
「また“曰く付き”かよ! ウチに来るお宝はどうしてそんなのばっかりなのさ!?
ホント……勘弁してよ……」
§ § §
それからしばらくして――
ナツメとユースケが指輪の取り扱いについて頭を悩ませていると、落ち着かない雰囲気を感じ取ったのか、アイラスが応接間に顔を覗かせた。
「あの、何かございましたでしょうか」
まだ疲れが残る顔で尋ねるアイラスに、ユースケは意を決して答えた。
「いや、実はですね……アイラスさんがお休みの間に、先ほどの指輪を魔道的に鑑定してみたところ、ちょっと変わった術が付与されていることが判明いたしまして……」
「そうなのですか? ぜんぜん気がつきませんでした」
「害意のあるものではありませんから、わからないのは当然です。なんと言いますか、アイラスさんを災いから守る魔道なんですが、どうやら、あなたから無理やり引き離そうとすると、砕け散ってしまうようなシロモノでして、ええ」
そうして差し出された指輪を、アイラスは親指と人差し指でつまみ上げ、
「砕け散るのですか」と困惑した表情で見つめる。
「そのようです。だから、これを換金するのはどうにも難しく……先ほどの契約の件はいったん保留とさせていただけると……」
「困ったわ、どうしましょう……」
そんな混乱の最中、事務所に呼び鈴の音が鳴り響いた。




