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魔道探偵ナツメ事務所  作者: 吉田 晶
第1話 ―家出娘と猫と指輪―

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―家出娘と猫と指輪― ⑫

 交渉がなんとか成立し、気が緩んだのだろうか。疲れた様子のアイラスから、

「もう少しだけ休みたい」と申し出があったので、ナツメとユースケは彼女を客室まで見送った。



                § § §



 二人が応接間に戻ってくると、ふわり――足元に微風を感じた。

 ソファーの上でくつろいでいた黒猫が駆け寄ってきたのだ。


「話が上手くまとまったみたいでよかったわ。今後ともどうぞよしなに」

居候アンタの分の家賃は別に請求しちゃおうかな、いっひっひ」


 ナツメはミーシャを抱き上げ、そんな意地悪を言った。

 けれど猫は、家主の手を難なくすり抜けて、気にするふうもない。


「それにしても、人間模様っておもしろいわよね。特に恋愛関係なら、なおさら」

「ん、いきなりどういうこと?」


 ミーシャは、上機嫌な様子で、ナツメの脛に頬を摺り寄せる。


「アイラスとベンジーのことよ。聞きたい? 聞きたいでしょう?」

「アンタが話したいだけでしょうが……」

「そうでもあるわ。それでね、それでね、実はベンジーときたら、アイラスにぞっこんで、べた惚れで、首ったけなの!」

「そうなの?」

「今回の縁談だって、ベンジーが彼の両親に直訴までしたのよ。『私はアイラス・チックタイア以外の者を妻にする気はありません!』って……格好よかったわ」

「えー、本当かよ? まるで見てきたように言うじゃない」

「彼の家、アイラスの家のお隣ですもの。窓が開いていたからちょっとだけ、ね」

「猫って怖いな……」


 ミーシャは、満足そうに「にゃん」と一声応えると――


「そうそう、さっきアイラスが『歯抜けのブス子』の話をしていたでしょう?」

「あー、いかにもガキンチョらしい容赦のない悪口だよね」


 個人的感想を述べるユースケに、ミーシャが尋ねた。


「そう言われたアイラス、どうしたと思う?」

「ええと、泣いちゃったとか?」

「はずれ。ベンジーの頬をビビビビンって往復ビンタした後、しりもちをついた彼を見下して『わたしの抜けた歯はまた生えてくるけど、あなたの腰抜けは一生なおらない』って、顔色ひとつ変えずに吐き捨てたのよ。ああいった剛毅なところ、彼女の母親にそっくりね」

「へ、へえ~、アイラスさんって意外と武闘派なんだね……」

「それがきっかけでベンジーは恋に目覚めたわけ。ね、ロマンチックでしょう?」

「ちょっと待って、それって恋だよね? 変に目覚めたじゃないよね!?」

「どっちも似たようなものよ。にゃーん」

「にゃーん……」

「まあ、ベンジーは、それまで『いいとこの御長男』として過保護に育てられてきたから、あのとき初めて『世の中には自分の思う通りにならないこともある』ということを理解したわけ。彼にとってはいい経験になったんじゃないかしら」

「いい経験とはいったい、にゃーん……」

「彼は、愛しのアイラスに振り返ってもらうため必死に努力するの。でも、それがことごとく裏目に出て、想いはまったく伝わらない。例えばさっきの指輪なのだけど……」


 ミーシャは口を閉じ、いかにも意味ありげに指輪に目をやる。

 ナツメは、促されるようにそれを手のひらに乗せ、上から下までよくよく観察したが、特に気になる点は見つからない。


「ちょっと、この指輪がどうかしたの?」

「黙っていてもよかったのだけど、そうしたら後であなたたちに迷惑がかかるかもしれないから、教えてあげるわね」

「もったいぶらずに早く言ってよ」

「それには、アイラスを守る古式の魔道が付与されているわ。ちょっと珍しいのは、こういったお守りの魔道って、普通、【防火】や【防刃】のように対象が具体的なのだけど、この指輪の魔道は『不幸なこと全般』からアイラスを守るように構築されているの」


 それを聞いたユースケは、ナツメから指輪を受け取ると、それを日に透かしてみたりしながら、難しい顔をする。


「そんなことって可能なんですか? 対象を限定しないとなると、効果を発動するのに必要な魔力の量が累乗的に増加しちゃうはずだけど」

「そうね。だから、この指輪の魔道は、アイラス以外の者が身に着けても発動しないし、守るといっても極々ささやかな形でしか効果を及ぼさない。例えば『ナイフでおなかを刺されたけど、幸運なことに内臓に傷はつかなかった』とかね。アイラス自身ですら、守られていることに気が付いていないはずよ」

「なるほど、そうやって制限をかけることで、魔道として成立させているんだね」

「魔道が今のように洗練される前には、こうした『おまじない』がたくさんあったのです。そう、たくさん――」


 黒猫は、はるか彼方を見るような目をしてから、厳かな口調で言った。


「ちなみに、この魔道を指輪に付与したのはベンジー本人。そのために彼は、家伝の秘法にのっとって、三日三晩、飲まず食わずの不眠不休で儀式を行ったのよ」

「そいつはご苦労さま。けれど、その想いは結局のところ無駄になったわけだ」

 

 おまじないの類を信用しないナツメは、ニヒルにそう言い放つ。

 するとミーシャは、


「ついでに彼、『おまじない』の効果を強化するために、自分の寿命を5年分ほどその指輪に捧げているわ」  


 そんな衝撃的事実を、さも何気ないことのように告げるのであった。

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