―家出娘と猫と指輪― ⑪
「事情は承知しました」
そう答えたものの、ナツメには次の一手が浮かばない。
「……ですが、お父上の居場所がわからないことには、どうにも難しいですね」
「あの、こちらは探偵事務所と伺いましたが、父を探していただくことはできませんでしょうか?」
アイラスのある意味では真っ当な依頼を耳にして、ユースケがぼやく。
「だから『魔道探偵』なんてトンチキな名前はやめようって言ったのに……」
「ちょ、ちょっとユウちゃん、いまさらそういうこと言うのやめてよ。魔道がらみの難事件をかっこよく解決する職業だから『魔道探偵』。これ以外にあり得ないでしょうが。他にいい案もなかったじゃない」
「そりゃ確かに僕だって悪いよ。でもさ、どう見たってウチらに探偵の要素なんて無いじゃないか。いつかこんな勘違いをされる日が来るんじゃないかと、ずっとひやひやしてたんだよ」
「探偵なんて、カッコよくて頭が切れればいいんでしょ?」
「それを自分で言っちゃうかなあ!? いや、そもそも探偵ってのは――」
「ごめんなさい……わたし、なにか失礼なことを言ってしまいましたでしょうか?」
不毛な応酬を繰り広げていた探偵と助手は、そこでようやく、少女からいたいけな瞳を向けられていたことを思い出した。
慌てて居住まいを正すが、どうにも落ち着かない。
「ああー、つまり、その、ウチの事務所は魔道に関するトラブル対応が専門でして、人探しはあまり得意ではないと言いましょうか、ええ」
「そうだったのですか……」
「まあ、アイラスさんに協力すること自体はやぶさかではないのですが――」
そこまで言うと、ナツメは両手を揉みしだいた。
「アイラスさんは、その報酬に見合うだけのお金をお持ちでしょうか? 合わせて、誘拐犯からあなたを救出した費用も支払っていただきたいのですが」
「あっ、これは失礼しました」
アイラスはそのことをすっかり忘れていたようで、バツの悪そうな顔をした。
しかし、その表情はすぐに深刻そうなものに切り替わる。
「実は、きのう誘拐されたときに、持ってきた荷物をすべて没収されてしまって……その中にお財布も入っていたみたいで……」
「しまった、やつらを追い払う前に持ち物検査をするべきだった! 僕のヤクザソウルが不十分だったせいで、申し訳ありません」
「いいえ、私が軽率だったせいです。ユースケさんは悪くありません」
わけのわからない理由で頭を下げるユースケにとまどいつつ、アイラスは、己の腰のポケットのあたりをぽんぽんと抑えた。
それは(何でもいいからお礼になるようなものが残っていないだろうか)というわずかな希望が取らせた行動であったが、果たして、彼女の手に、硬くて小さい何かの触感が伝わった。
(あら?)
アイラスがポケットの中をまさぐると、そこにはひとつの指輪が隠れていた。
それは、吸い込まれるような闇を湛えた、真黒き指輪であった。
「ああ、よかった!これでおふたりにお礼をすることができます」
アイラスは、そう言って指輪をナツメに差し出す。
「これだけは取られずに残っていたみたい。どうぞお納めください」
ナツメとユースケは、それを受け取ると、さっそく値踏みを始めた。
「それではちょっと失礼……ねえユウちゃん、こういう、原石から直接削り出している指輪、なんて言うんだっけ?」
「くり抜きリングとか言ったりするみたいだね。素材は黒曜石かなあ」
「それにしてもこの彫刻すっげえなあ、モチーフにしているのは星座?」
「多分、この世界の代表的な十二星座だね。いやあ、いい仕事してるねえ……」
そこで、ユースケがハッと顔を上げ――
「これ、結構なお値打ち品ですよ? 今回の報酬としては高すぎます!」
「命を助けていただいたことに比べれば、安いものです」
「いや、でも、アイラスさんにとって大事なものではないのですか?」
「ぜんぜん」
アイラスの口調は、極めてそっけない。
「その指輪は、わたしの誕生日にベンジー……ええと、縁談の相手がくれたものなのですけど、彼も『大したものじゃないから、気に入らなかったら好きに処分してくれたまえ』って言っておりましたので、問題ないと思います」
彼の口調を真似るアイラスの表情から、嫌悪感すら感じ取ったユースケは、
「そ、そうですか」と引き下がるほか無かった。
(ベンジー君……、これ、本気で嫌われちゃってるぞ……)
そんなユースケの心の機微を察することもなく、アイラスが、
「それに、もしよろしければ、父を探すことにも協力していただけると……
その経費も込みということではいかがでしょう?」
とうれしそうに提案すれば、
「わかりました。微力ではありますがお手伝いいたします」
とナツメが、即決で返事をする。
ユースケには、同じヒモテの民として、ベンジーに同情する気持ちがあった。
しかし、ナツメ事務所の台所事情を考えると異議を唱えることはできない。
(ベンジーくん、すまん、すまんなあ。ぜんぶ貧乏が悪いんや……)
そう心の中で詫びるのが精一杯だったのである。




