―家出娘と猫と指輪― ⑨
――翌朝、ナツメ事務所。
ナツメとユースケとアイラスの3人 (それとついでにミーシャ)は、朝食をちょうど済ませたところであった。
「ごちそうさまでした」を告げる御令嬢に、本日のシェフであるユースケがおそるおそる尋ねた。
「お粗末様でした。というか、本当にお粗末な献立でしたけど、大丈夫でしたか?」
「そんな……とてもおいしいお食事でしたよ。実家でも、朝ごはんはだいたいこんな感じでしたから」
ナツメは、そう言うアイラスをなんとはなしに観察する。
(こうして落ち着いて見てみると、小柄だし童顔だし、えらく幼く見えるな。あたしが14歳の頃も、傍から見たらあんな感じだったのかねぇ……)
在りし日に思いを馳せる彼女の足元に、ミーシャが寄ってきた。
「量は問題ないけれど、ベーコンの塩気がちょっと強すぎ。あと、せっかく港が近いのだから、今晩は海の幸が食べたいわ」
ナツメは、そんな黒猫の陳情を無視して、アイラスに尋ねた。
「ところで、今後のアテはあるのですか?」
「はい、こちらにいる父を頼りにしたいと思っています」
「こちら? お父上は、新大陸にいらっしゃるのですか? ……ああ、ごめんなさい。ご家族はみな北大陸にいらっしゃるものだと思い込んでいました」
「ええと、いま申し上げた『父』は、わたしの……血縁上の父親にあたる人です」
「なるほど。それならば、まずはそのお父様と連絡を取る必要がありますね」
その提案を耳にして、アイラスは面を伏せる。
しばらくして……
「実際のところ、わたし、そちらの『父』に会ったことがありません。いま、新大陸のどこでなにをしているかも知らないのです」
それからアイラスは、父親にまつわる事情を語り始めた。
§ § §
今から十五年ほど前、北大陸で大きな政権闘争が勃発した。当時、比類なき権力を手にしていた大公ブーザックに対し、新進気鋭のアリアン伯爵が反旗を明らかにしたのである。
アイラスの実の父であるダンシャム卿バーナード・ブレイクは、大公派に所属していたのだが、妻のチャロット、つまりアイラスの母親は、優れた分析力でアリアン伯爵の勝利を予測していた。
そのためチャロットは、夫であるバーナードに対し、大公陣営から離脱して伯爵の勢力に合流するよう説得を試みた。
しかし当時、大公の権勢は絶頂であったから、バーナードはその話を笑い飛ばし、聞き入れようとはしなかった。
結局、このことがきっかけで二人は離婚した。この時、チャロットのお腹には、すでにアイラスが宿っていたが、そのことはバーナードの元に留まる理由にはならなかった。チャロットの慧眼には、大公派であるブレイク家の悲惨な末路がありありと映っていたからである。
それから程なくして、大公ブーザックは暗殺された。
強大なリーダーを失った大公派の統制は乱れ、足並みがまったく揃わない。挙句の果てには、内部闘争で貴重な時間を浪費する始末であった。
伯爵陣営はこれを好機と捉え、一気に攻勢に転じた。下級貴族に対しては、大公派・中立派を問わずに取り込みを試みる一方、いわゆる「大貴族」に対しては、彼らが連携する暇も与えずに軍事的一撃を食らわせたのである。
アリアン伯の見せた本気は、敵対する者たちを竦み上らせ、その勢力図はまたたく間に一変した。
かくして優位に立ったアリアン伯であったが、大公派の残党に対する追求の手は決して緩めなかった。ブレイク家は、大公派の中核を担う家門であったから、バーナードの首にも高額な賞金が懸けられたのは言うまでもない。
そのため、彼はしばらく北大陸で潜伏していたが、このままでは捕縛されるのも時間の問題であることを悟り、新大陸へと逃亡したのである。




