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魔道探偵ナツメ事務所  作者: 吉田 晶
第1話 ―家出娘と猫と指輪―

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―家出娘と猫と指輪― ⑧

「ユウちゃん……ノリノリじゃないの……ぷぷっ」

「言わないでよ。今、死ぬほど恥ずかしいんだから」

「あたしら、いつからグアン兄弟社の『七番隊』所属になったんだよ。ぷぷぷっ」


 グアン兄弟社――

 その表向きの顔は、新旧大陸を股に掛ける「国際人材派遣業者」である。

 しかし、その実態は【次郎太刀】のチャム=グアン率いる悪名高き武装集団であり、その圧倒的な軍事力は、地方のマフィアが対抗できるようなものではない。

 ちなみに、先程ユースケがその名を騙った「七番隊」は、グアン兄弟社における特殊部隊の俗称である。少数精鋭の隠密行動部隊として、突入や潜入工作、人質救出を担当するとされているが、秘匿性が高く、その詳細を知る者は少ない。


「っていうかさ、グアン兄弟社の名前を出すだけで十分だったじゃん。ア●トレ●ジのモノマネ、要らなかったよね。くくくっ、ダメだ……苦しい……」

()()()()がやり過ぎないように頑張ったんだよッ! ああ、もう、まったく!」

 

 ユースケは囚われのお姫様に近づき、縄をほどこうと屈みこむ。


 ――その瞬間、手足を縛られていたはずの彼女が勢いよく立ち上がった。


 そして、尻餅をついてぶざまに倒れた王子様に組みつくと、彼の首にキラキラと輝く何かを押し当て、叫んだ。


「動かないで! この髪留は、わたしの魔道で鋭い刃物になっています! 動いたら……刺しますから!!」


 彼女は、自らの髪留に【刃化】の魔道を付与し、どうにかしていましめから脱していたらしい。


(ああ、もう、どうするかな……)


 ユースケは、アイラスの体が細かく震えていることに気が付いていた。気丈に振る舞ってはいるが、やはり恐ろしいのであろう。

 【絶対零魔力】であるユースケにとって、己が首元に突き付けられているそれは、あくまで髪留にすぎない。体格差もあるので、アイラスを組み伏せること自体は簡単であるが……


(やめとこう。慣れないことはするもんじゃない)


 そのことを身を持って知ったばかりのユースケは、無難に説得を試みる。


「落ち着いてください、僕たちは、あなたを助けに来たんですよ」

「おかあさまの命令でよこされてきたのでしょう? わたしは帰るつもりはありません!」

「いいえ、違います」

「ならば、どうして助けに来たのですか?」

「ええと、ミーシャさんから依頼があって――」

「誰ですか、それは? そんな人、わたしは知りません!」

「人というか何というか、ええと……」


 そう言ってユースケの指し示した先には、黒猫がちょこんと座っていた。


「ミーシャ? ミーシャじゃない!? どうしてここに? まさか、ついて来ちゃったの!?」


 アイラスは、そう言ってからハッと表情を引き締め、

「バカにしないで! 猫がどうやってあなたに依頼をするというのですか!?」

 と、至極もっともなことを言う。

 

 そこでナツメはミーシャに向かい、「ほら、事情を説明してよ」と促すが、ミーシャは「なぅん」と鳴くばかりであった。


 不穏とか、不信とか、そういったよろしくない雰囲気が部屋に満ちる。


「しょ……少々お待ちください」



                § § §



 両手でミーシャを捧げ持ち、部屋の外へと小走りで駆け出したナツメ。

 それから、噛みつかんばかりに顔を近づけて――


「おい、ネコぉぉッ!? ここまで来てこれはどういう仕打ちよ、 ああん!?」

「言ったでしょう、猫は人の言葉は喋らないものです」

「時と場合によるんじゃないかなぁ!」

「そんなこと言われてもねえ」

「あの子が暴れて怪我でもしたら困るんじゃない?」

「それは確かに……だったら、こういうのはどうかしら」



                § § §



「よろしいですかアイラスさん。私の肩に留まっているこの鳥は魔道具で、私の知らない言語まで翻訳してくれる機能があります」


 ここまでの説明に嘘は無い。ナツメは、この世界の一般的な言語である「共通語」を喋ることはできないが、左肩の鳥が周りの共通語を日本語に翻訳してナツメに伝え、右肩の鳥がナツメの日本語を共通語に翻訳して発声することにより、この世界の住人と会話を成立させているのだ。


「――ですので、猫の言葉も理解できるわけなのです」

「そんな高度な魔道具、初めて聞きました。常識的にありえないのでは?」


 想定外の返事に、ナツメはちょっとばかしうろたえる。


「あ……ありえるのです! 我々は魔道探偵ですから、その程度はたやすいこと! ま、まあ、証拠をお見せしましょう。私に、アイラスさんとミーシャしか答えを知らないような質問をしてみてください。私はそれをミーシャに尋ね、正しく答えてみせますから」

 

 アイラスはしばらくの間ためらっていたが、やがて、こんな問いを口にした。


「でしたらミーシャに聞いてみてください。わたしの額にあるこの傷が、いつ、どうしてできたのかを」


 ナツメは、ミーシャの耳元で、アイラスには聞こえないよう小さな声で尋ねる。


「……だってさ。理由、憶えてる?」


 すると、ミーシャもまた小さな小さな声で答えた。


「……アイラスがまだ小さい頃の話なのだけど、わらわが庭を散歩していたら、

あの子、わらわと遊びたくて後をつけてきたの。その時はちょうど()()()()()にされたくない気分だったから、撒こうと思ってイラクサの垣根をくぐったわけ。

そうしたら、わらわを追いかけてその垣根に顔から突っ込んだのよ。あの子の無鉄砲さを痛感した事件だったわ」

「……了解」


 ナツメは、その内容を適度に取捨選択してアイラスに伝えた。


「驚きました。猫の言葉がわかるというのは、本当のことみたいですね」


 アイラスの表情が緩む。

 そしてユースケを解放すると、律儀に立ち上がって上品な一礼。


「改めまして、わたくし、アイラス・チックタイアと申します。このたびは助けていただいたにもかかわらず、大変なご無礼を働きましたこと、深くおわびいたします」

 

 そこで、緊張の糸が切れたのだろう。彼女は気を失って倒れてしまった。



                § § §



 幸い、アイラスはすぐに意識を取り戻したが、それでも休息が必要であることに変わりはなかった。

 

 近くには、宿泊施設がいくつかあったが、どこに「蓮波会」の息がかかっているかもわからない。


 そのためナツメとユースケは、アイラスをいったんナツメ事務所に連れ帰り、仮宿とすることに決めたのであった。

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