―家出娘と猫と指輪― ⑦
「おい、ヘンテコマスク先生が早退しちゃったけど、もう放課後ってことでいいのかな? だったら、今度はサッカーしようぜサッカー。ボールはお前の顔面な」
ナツメは、そう言いながら足を振り上げる。
びゅうん、びゅうんと凄まじい風切り音が響いた。
さすがのブラッキィ兄貴も、絶体絶命であることを理解したようだ。先程までのふてぶてしさは微塵も無い。
「お……テメエらがいくら頑張り屋さんでもよっ、よっ……ウチのケツ持ちは蓮波会だぞ、コラッ! ここらへんで蓮波会を敵に回してよ、まともに生きていけると思ってんのか! おい、コラッ!」
「はあ? 蓮波会? 何それ、初めて聞いた。それじゃあ今から(以下検閲済)」
ユースケは、ナツメが口にした凄惨な拷問の内容を聞いて青ざめた。彼が心配したのは、もちろんブラッキィの命ではなく、ナツメが犯罪者になってしまうということであった。
「そこまで! 気持ちは分かるけどそこまで!」
そうナツメを制止してから、ユースケは内なる己に語りかける。
(俺の中のビートよ、轟け! 俺の中のタケシよ、荒ぶれ!)
そして、動揺しているブラッキィの襟首を掴むと、昔見た映画を参考に、なけなしのヤクザソウルで凄むのであった。
「おいィ、兄さんよォ、そろそろ俺たちが何者か見当ついてるんじゃないの?」
「??」
混乱するブラッキィを尻目に、ユースケは続ける。
「わかんねえか……じゃあいいや、教えてやるよ。俺たちはさ、グアン兄弟社のさ、『七番隊』のモンだよ」
「嘘だろ……!?」
「証拠、見たいか? さっきの先生とやらにぶち込んでやった【精神鞭打】の魔道、そのチンケな脳味噌で味わってみるか? 一生笑うことしかできないようにしてやるよ、ああン!?」
「嘘だ……嘘だ……」
「今は会社の方針でよォ、チャムの親父まで新大陸に来て、全力でシマ広げてる最中なんだよ。魔道士組合と戦争やった話、聞いてるだろ? 蓮波会なんてチンケな代紋、3日もありゃ灰にできるんだよ。ボケッ!」
ブラッキィが細かく震えだした。話の内容に心当たりがあるらしい。
「だけど、運が良かったな。今回の件は隠密で動くように言われている……。
いいか、10秒だ。10秒だけ待ってやるから、その間にテメエの手下ともども俺の視界から失せろ。もしそれができないようなら、別の形で穏やかに、静かに済ませることにするからよぉ、ヘッヘッ」
そう言って、ユースケはブラッキィの襟を放す。
ブラッキィは、床で悶絶している巨漢を引きずって、9カウントきっかりで消え失せた。




