表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔道探偵ナツメ事務所  作者: 吉田 晶
第1話 ―家出娘と猫と指輪―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/70

―家出娘と猫と指輪― ⑥

「先生、出番ですぜ!」


 金歯のブラッキィが、二階に向けてお約束のセリフを吐いた。 


 ゆらりゆらりと降りてきたのは、ミーシャの報告どおり、魔道士の道衣を身にまとった人影であった。

 カラスを象ったような覆面に隠れて、表情は分からない。その体から立ちのぼる甘ったるい刺激臭は、魔力を高めるために焚かれた秘薬の香りに違いなかった。


「ん、どうすればいいの?」


 先生と呼ばれた覆面魔道士は、どこかのんびりとした口調で尋ねる。

 

「女の方は商品にするんで傷はつけないでください。男の方は……どうでもいいや、適当にバラしてもらえれば、それで」

「ん、わかった」


 相槌を打つと同時に、道衣の両裾がそれぞれ異なる色に煌めく。 

 その瞬間、ナツメには【麻痺毒】、ユースケには【壊死毒】の魔道が撃ち込まれていた。

 これらの魔道は、【魔道規範】において【劇術】に指定されており、理由もなく使えば、間違いなく処罰の対象になるような危険なシロモノである。

 しかしそれは、これらの術が()()()()()()()()ということの証明でもあった。

 ナツメは地に倒れ伏し、ユースケはといえば、激痛でのたうち回っている。






 ……はずであった。


 なのに二人は、何事もなかったかのように立っている。


「もしかして、いま、なにかされた?」


 とナツメが尋ねれば、ユースケは目を閉じ、頭をコンコンと指でノックする。


「うん、キラッて光ったよね。どうせタチの悪い魔道だと思うんだけど……」


 先生こと【蛇毒のクサリナミ】の胸中に、じわじわと怒りの毒が染み出してきた。


 最初の一撃は針の形にして打ち出した。

 気付かれにくいし、威力の調整もしやすいからだ。

 しかし、なぜか失敗してしまった。

 これは、クサリナミにとって由々しきことであった。

 おのれの存在意義は、この二つの毒術が全てであったから。

 

(どうして許すことができようか!) 


 クサリナミは激情に任せ、二人に向け必殺の一撃を放つ。

 林檎ほどの大きさで、片方は鮮やかな黄色、そしてもう片方は赤の球体――効果そのものは先ほどの魔道【麻痺毒】【壊死毒】と同じだが、籠められた魔力の絶対量が違う。

 ()()()()()()、直ちに呼吸が止まり、体中が崩壊するほどの猛毒であった。 


「ストライク! いいタマ放るねえ。あたしと甲子園を目指してみるかい?」


 ところがナツメは、その害意の塊をなんなく素手でキャッチして、そんな風におどけて見せるではないか。

 ユースケは目を閉じたままであったから、避けることもできずに顔面で受けとめるが、そのことに気付いてすらいない。


「うーん、【魔縄束縛】だったら、縄のビジョンが見えるんだよなぁ……見えないってことは、状況から判断して【麻痺毒】かなあ……」

「ねね、ユウちゃん、ユウちゃん。これ、投げ返してみていい?」

 

 ナツメが、手の内の【麻痺毒】をむじゃきに弄びながら、ユースケに尋ねた。

 そこでユースケはようやく現状に気付き、


「うわ、なにそれ? 魔力の球? それでキャッチボールできるんだ!? ……いやいやいや、飛び散って周りに迷惑がかかるかもしれないから、やめたほうがいいよ」


 とナツメをたしなめる。

 すると彼女は未練がましい表情で、手中の魔力球を包むように握り潰した。


(えっ!? 何をした? 何をしくさりやがった!?) 


 クサリナミの常識は、この瞬間、木端微塵に打ち砕かれた――そして、お手製の怪しい練香によってブーストされていた脳細胞は、全ての過程を通り越し、真実に到達してしまったのである。


(こ……こいつらには……魔力が通っていないのだ!!)

 

 【蛇毒のクサリナミ】は、良くも悪くも魔道士として純粋すぎた。

 この世の森羅万象は、魔道で説明がつくものと信じて疑わなかった。

 それ故、ことわりの外にあるものを認識した瞬間、その精神はたちまち均衡を失ってしまったのである。

 そのまま金切り声を上げながらバラックの外に駆け出すと、二度と戻ってくることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ