「えっ、お前らまだ付き合ってなかったの!?」 ③
ちょっとだけ冷静になった雄介は、肩で息をしながら、エラそうにのたまう。
「ナツメさん、昔の人は言ったよ。命短し恋せよ乙女。そりゃ今はいいかもしれないけど――」
「なあ、ユウちゃん」
「何さ」
「お互い様じゃね?」
「……」
「ユウちゃんこそ、クリスマスに一人ぼっちだったんでしょ? 一体何をしてたのさ?」
「ゲーム……」
「はい?」
「ゲームやってました……」
「よりもよってクリスマスに? なんで?」
「クリスマス(くそっ、こんな単語、口にするのも汚らわしい……)は、毎年必ず某国民的大作RPGの第一作目を徹夜でクリアしなくてはならないって定められているのだ」
「定められているって? 誰に?」
「誰が決めるわけでもない。これはね、ケルト神話でいうところのゲッシュ」
「ゲッシュ? お給料のこと?」
「違う! ゲッシュとは己に課した鋼の誓約! これを順守する限りは神の祝福が与えられるが、ひとたび背けば破滅をもたらす呪詛がその身に降りかかるのだ!」
「ふーん、で、そのゲッシュを守り切ってなんかイイことあったの?」
「今年のクリスマスも無事、純潔を保つことができました……」
童貞の引きつった笑顔に、震えるVサインが痛々しい。
「うわっ……それって、逆に呪われてるんじゃ……」
「失敬な! クーフーリンに謝れ! ゲッシュ馬鹿一代のクーフーリンさんに謝れ!」
「はいはい、誰だか知らんけどクーフーリンさん、サーセンサーセン、マジ反省してま~す」
半ば呆れながらナツメさんは、目の前に座っている存在を改めて観察する。
こうみえて、本質はとても良いやつなのだ。
昔、ちょっとした誤解から不良扱いされ、それがきっかけで暴力沙汰をおこして高校を退学したとき、彼は周りの声を気にせず自分のことを心配してくれた。あの時の言葉がどれだけ自分の心を救ってくれたか、感謝してもしきれない。
まあ、とりたてて美男子というわけでもないが、嫌われるような容貌をしているわけでもないし、性格は……少々偏屈ではあるが、それも「御愛嬌」で済む範囲だろう。たぶん。
確かに「運動神経鈍い、音感マイナス、手は不器用」と芸術スポーツ領域は壊滅的である。だが、無駄に広い知識に支えられた豊富な話題は魅力的と言えなくもないかもしれない。たぶん。
そうすると、彼に足りないものといえば……
「――そういうわけで、クーフーリンさんは『決して犬の肉は食べない』というゲッシュを……ちょっと、聞いてる?」
「積極性だ!」
「はい?」
「ユウちゃんに足りないもの、それは積極性だ!」
「なんなのさ突然!?」
「ナンパに行くぞ! 今すぐにだ!」
「ナツメさん落ち着いて」
「ええい、ユウちゃんの人生がかかっているんだ、どうして落ち着いていられようぞ!」
雄介は、悟りきった高僧のような表情で答える。
「いや、正直さ、どうせ彼女ができたとしても『服のセンスがイケてない』とか『その年でゲームなんてやってんのキモい』とか『貧弱なボウヤ』とか毎日言われるわけでしょ。僕、マゾじゃないから。そのストレスに比べれば独りの方が――」
「ユウちゃん」
「はい」
「難しく考える必要はないんだ。究極的には、穴さえ開いてればみ~んな一緒なんだから、とりあえずお付き合いしてみなさい」
「ひでえ! こんなロマンのかけらもない説得初めて聞いた!」
「ええい、現実を見つめろ! 君は女というものに幻想を抱き過ぎだ!」
「いいよ、だったら僕チクワか五十円玉と付き合うよ……」
「せめて動物にしてくれ! どうしてそう後ろ向きなんだ君は!」
「男の子は繊細なんだよ! 誰でもいいって訳じゃないんだよ!」
「じゃあ、ユウちゃんはどういうタイプが好みなのさ? そういえば、付き合いは長いけど、そこらへんは聞いたこと無かったなぁ」
「う……それは……あの……」
「教えろよー」
「いや、ちょっとそれは……ないしょ」
このあともしばらく、不毛極まりない押し問答が続くのだが――雄介はついに、己が好みのタイプについて頑として口を割らなかった。
さすがのナツメさんも、ついに音を上げる。
「まったくもう。どうしてそんなに強情っぱりなんだ。ここのメシ代をおごるとまで言っているのに……」
「この斉藤雄介が、金につられるとでも思ったか!」
「思った」
「おおい!?」
「だって、貧乏だからスマホを持てなくて、そのせいで大学でも浮いてるんでしょ?」
「ううう浮いてなんかいないやい! すすすスマホなんてチャラチャラしたモンいらないやい! 」
そのとき突如、雄介の脳内に神算鬼謀が降臨したのである。
これならば、ナツメさんには絶対に言いたくない――いや、言うことができない「理想の女性像」という話題から離れることができるだろう。
ただし、そのためには悪魔に魂を売る必要がある。
自分にやれるだろうか? だが、やるしかない。
「それにさ、スマホなんて無くたって、ちゃんと仲良くしてくれる人はいるよ、例えば――」
雄介は、にやけそうになる口を必死に律しながら、可能な限り真面目な顔を作って言った。
「ナツメさん、とかさ……いつもそばにいてくれて、ありがとうね」
しばしの沈黙の後、見る見るうちにナツメさんは真っ赤になった。
「あー、いやー、そうかー、うん、まあ、そうだね」
彼女は照れ隠しに手元のコーヒーを飲もうとしたが、そのカップは随分前に空になっていたため、あたふたとドリンクバーに逃げていく。
(くくく、ナツメさんってばチョロイぜ……)
ひとりほくそ笑む雄介。
もちろん彼は、目的と手段が矛盾していることにまったく気付いていない――