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魔道探偵ナツメ事務所  作者: 吉田 晶
第1話 ―家出娘と猫と指輪―

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25/62

―家出娘と猫と指輪― ①

 秋、9月某日――。


 新大陸連邦政府、通称「龍国」の首都「新東京」。

 その地理的中心を統領府に置くならば、そこから2kmほど北東に行った住宅街の片隅に、一人の女がたたずんでいる。

 

 道行く人は皆、振り返って彼女を二度見する。

 まず目が行くのが深紅のワンピースだ。

 そして、それに負けないような美しい緑の瞳。

 褐色の肌や顔立ちから、南大陸にルーツがあろうことが見て取れる。

 もろもろ()()()()()()、えらく魅力的な女性であった。


 彼女は、ここではない場所で「ミーシャ」と呼ばれていた。


 さて、ミーシャは、そんな風に衆目を集めていることにも気づかぬ様子で、一枚の看板とにらめっこをしている。

 その看板には、気取った書体でこう記されていた。


    魔道探偵ナツメ事務所

    魔道にかかわる難問を迅速に解決!

    秘密を守ること厳のごとし!

    心安らぐ料金設定!

    悩むのは、もうやめにしませんか?

    営業時間 9:00~Ⅰ5:ОО(12:00~13:00は除く)


(どこから見てもおかしい看板……)

(「魔道探偵」なんて初めて聞いたけれど、この国では一般的な職業なのかしら?)

(怪しい……でも時間がない……急がないとあの子が……)

 

 彼女は、意を決して呼び鈴を鳴らした。

 間もなく、ばたばたと足音がして、ドアが開き、どこか頼りなさそうな小柄の青年が顔をのぞかせる。


 すでに御存知の方もいらっしゃるかもしれないが……

 青年の名前は、ユースケ・サイトー。

 漢字では、「斉藤雄介」と書く。

 平成生まれの日本人で、年は二十歳。

 もちろん、この世界、この時空の出身ではない。


 分厚い眼鏡に、もじゃもじゃの癖っ毛が特徴的なユースケは、ミーシャと決して視線を合わせようとせず、早口で一気にまくし立てる。


「よっ、ようこそいらっしゃいませ魔道探偵ナツメ事務所にようこそっ!」

 

 一瞬の沈黙。

 それからユースケは、ミーシャの足元を見つめたまま微動だにしない。


(この男は、どうして()()()の足元ばかり見ているのだろう?)

(やっぱり怪しい……別の所に相談したほうがいいかしら……うん、そうしよう)


 ミーシャがそんなふうに思っていると、ユースケの表情がだらしなく緩んだ。

 そして、無遠慮にぐぐぐっと顔を近づけると、


「キミ、ここいらでは見ない顔だねえ!どこから来たの?かわいいねえ~」


 ミーシャは凍り付いたように動きを止めた。



               § § §



 ナツメ事務所に入り、正面の階段を登るとすぐに、両開きの扉が見えた。

 この部屋は、応接室として使われている。

 ユースケは、ひりひりと痛む頬を抑えながら、扉をノックして中に呼びかける。


「ナツメさぁん……お客さん……お客さんが来たみたいなんだけど……」

「よし! とうとう来ましたか! さあさあ、早く連れてきてよ、うふふ」

「いや、もうここに、その……いらっしゃるんだけど……」


 すると、中でドタバタと音がして、

 それから、ひとつ咳払いがあって、

 それから、それから、やたら芝居がかったアルトの声で

「どうぞ、お入りください」

 と答えが返ってくるのであった。


 ミーシャが部屋に足を踏み入れると、先ほどの声の主は、なぜか入口側に背を向けて立っていた。すらりとした長身に、腰まではあろうかという黒髪が印象的だが、それより、両肩にそれぞれ留まっている()()()()()()の方が気になるかもしれない。

 ミーシャが声をかけようとすると、魔道探偵はそれを遮るように口を開いた。


「……あなた、軍人をしていた経験がありますね。それも、特殊部隊の人間ではありませんか?」


 そう問いかける彼女の名は、ナツメ・カナワ。

 魔道探偵ナツメ事務所の主。

 日本語では「鉄輪ナツメ」と表記する。

 ユースケより4つ年上らしい。

 彼女もまた、異世界からの稀人である。

 

「いえ、わらわにそのような経歴はないけれど……どうしてそのように?」

「おや、外れてしまいましたか。いやあ、お客さん、足音も立てないしニオイもまったくしないから、そこらへんかなと思って……」

「なるほど、本当に難しいものだわ」




 そこで振り向いたナツメが、ミーシャの足元を見つめ、そして……










「ネコぉぉぉぉぉッ!? ネコが喋ったぁぁぁぁぁッ!?」

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