―家出娘と猫と指輪― ①
秋、9月某日――。
新大陸連邦政府、通称「龍国」の首都「新東京」。
その地理的中心を統領府に置くならば、そこから2kmほど北東に行った住宅街の片隅に、一人の女がたたずんでいる。
道行く人は皆、振り返って彼女を二度見する。
まず目が行くのが深紅のワンピースだ。
そして、それに負けないような美しい緑の瞳。
褐色の肌や顔立ちから、南大陸にルーツがあろうことが見て取れる。
もろもろひっくるめて、えらく魅力的な女性であった。
彼女は、ここではない場所で「ミーシャ」と呼ばれていた。
さて、ミーシャは、そんな風に衆目を集めていることにも気づかぬ様子で、一枚の看板とにらめっこをしている。
その看板には、気取った書体でこう記されていた。
魔道探偵ナツメ事務所
魔道にかかわる難問を迅速に解決!
秘密を守ること厳のごとし!
心安らぐ料金設定!
悩むのは、もうやめにしませんか?
営業時間 9:00~Ⅰ5:ОО(12:00~13:00は除く)
(どこから見てもおかしい看板……)
(「魔道探偵」なんて初めて聞いたけれど、この国では一般的な職業なのかしら?)
(怪しい……でも時間がない……急がないとあの子が……)
彼女は、意を決して呼び鈴を鳴らした。
間もなく、ばたばたと足音がして、ドアが開き、どこか頼りなさそうな小柄の青年が顔をのぞかせる。
すでに御存知の方もいらっしゃるかもしれないが……
青年の名前は、ユースケ・サイトー。
漢字では、「斉藤雄介」と書く。
平成生まれの日本人で、年は二十歳。
もちろん、この世界、この時空の出身ではない。
分厚い眼鏡に、もじゃもじゃの癖っ毛が特徴的なユースケは、ミーシャと決して視線を合わせようとせず、早口で一気にまくし立てる。
「よっ、ようこそいらっしゃいませ魔道探偵ナツメ事務所にようこそっ!」
一瞬の沈黙。
それからユースケは、ミーシャの足元を見つめたまま微動だにしない。
(この男は、どうしてわらわの足元ばかり見ているのだろう?)
(やっぱり怪しい……別の所に相談したほうがいいかしら……うん、そうしよう)
ミーシャがそんなふうに思っていると、ユースケの表情がだらしなく緩んだ。
そして、無遠慮にぐぐぐっと顔を近づけると、
「キミ、ここいらでは見ない顔だねえ!どこから来たの?かわいいねえ~」
ミーシャは凍り付いたように動きを止めた。
§ § §
ナツメ事務所に入り、正面の階段を登るとすぐに、両開きの扉が見えた。
この部屋は、応接室として使われている。
ユースケは、ひりひりと痛む頬を抑えながら、扉をノックして中に呼びかける。
「ナツメさぁん……お客さん……お客さんが来たみたいなんだけど……」
「よし! とうとう来ましたか! さあさあ、早く連れてきてよ、うふふ」
「いや、もうここに、その……いらっしゃるんだけど……」
すると、中でドタバタと音がして、
それから、ひとつ咳払いがあって、
それから、それから、やたら芝居がかったアルトの声で
「どうぞ、お入りください」
と答えが返ってくるのであった。
ミーシャが部屋に足を踏み入れると、先ほどの声の主は、なぜか入口側に背を向けて立っていた。すらりとした長身に、腰まではあろうかという黒髪が印象的だが、それより、両肩にそれぞれ留まっている鳥型の魔道具の方が気になるかもしれない。
ミーシャが声をかけようとすると、魔道探偵はそれを遮るように口を開いた。
「……あなた、軍人をしていた経験がありますね。それも、特殊部隊の人間ではありませんか?」
そう問いかける彼女の名は、ナツメ・カナワ。
魔道探偵ナツメ事務所の主。
日本語では「鉄輪ナツメ」と表記する。
ユースケより4つ年上らしい。
彼女もまた、異世界からの稀人である。
「いえ、わらわにそのような経歴はないけれど……どうしてそのように?」
「おや、外れてしまいましたか。いやあ、お客さん、足音も立てないしニオイもまったくしないから、そこらへんかなと思って……」
「なるほど、本当に難しいものだわ」
そこで振り向いたナツメが、ミーシャの足元を見つめ、そして……
「ネコぉぉぉぉぉッ!? ネコが喋ったぁぁぁぁぁッ!?」




