「えっ、お前らまだ付き合ってなかったの!?」 ①
――とある昼下がり
日本のどこかにある某ファミリーレストランの店内に、朗々としたアルトの声が響き渡った。
「うはははは。そうかー、ユウちゃんは二十歳のクリスマスも一人だったのか。
いいよ、いいよ、何も言うな。えーと、その、なんだ、君は硬派ぶってるからそのせいで“女を寄せ付けない結界”を発生させてしまうんだな。だいじょうぶ、うん、だいじょうぶ、その気になればカノジョの一人や二人軽い軽い。ただ、“カノジョを作らない”のも、“カノジョができない”のも、ハタから見たら一緒だからな、そこは注意だぞ……あれ、あんまりフォローになってない? まあ、なんだ、うはははは」
酒を飲んだわけでもないのに、彼女はなんだか上機嫌である。
「ううう……変に気をつかわなくていいから、素直に『お前はモテない』って言ってよ。そっちのほうがナンボかマシだよ……あと、声デカいよ、豪傑笑いはやめなよ、もう……」
お昼のピークを過ぎていたため、店内に人はまばらである。
それでも「ユウちゃん」こと斉藤雄介は、恥ずかしかった。
「そういうナツメさんこそ、真面目に考えた方がいいんじゃないかな。恋愛ってやつをさ」
雄介は、自分より四つ上の彼女に男っ気が微塵もないことを知りながら、仕返しのつもりで話題を振る。――どうだ、答えられまい。
「何言ってんの? 私はいつだって真面目なんだ。この間だってな、お見合いに行ってきたんだぞ。お・み・あ・いに」
意外な返事に、雄介はちょっと驚いて、目の前に座る女性を改めて観察する。
客観的に見て、鉄輪さんちのナツメさんは美人である。
どこか物憂げながら整った顔立ち。やや長身で、腰まで伸ばした見事な黒髪。地元の友人の中には「あの黒髪に絞め殺されたい」などと言う者もいたが、ただ単に切ったり染めたりするのが面倒くさいだけだということを雄介は知っている。
ナツメさんのお母さんは早くに亡くなり、お爺さんとお父さん、それにお兄さんが2人という男所帯で育ったせいで、普段の口調はかなり男っぽい。いや、おじいちゃんっ子だったせいか、男っぽいというよりはジジくさいのだ。
まあ、そのおかげで、女性と接するのが決して得意ではない雄介でも気を使わずに付き合えるわけだが。
「……へえ、そうなんだ。初めて聞いた。で、どうだったの?」
するとナツメさんは腕を組み、深く頷いてから――
「相手が『御趣味は?』なんてマニュアルどおりに聞いてくるから、笑いをこらえるのに必死だった」
「男としてフォローしておくけど、お相手も緊張してたんだよ。許してあげてください。それで?」
「あたしは『特にございません』と答えた」
「アンタ、やる気あんのか?」
「ウソ ヨクナイ」
「なんでカタコトなんですか。はいはい、目をそらさないでこっちを見て。いい? 社会においては嘘をついてもいい時と、いい場所があるんだからね」
「大人だなーユウちゃんは」
「ナツメさんが大人げなさすぎるんだよ」
そんな雄介の言葉を右から左に聞き流し、ナツメさんは言う。
「でね、そしたら今度は『私はテニスが得意なんですが、鉄輪さんの特技はなんですか』とか言ってきたわけだ」
その瞬間、ファミレスの屋上にたむろしていたカラスの群が、ギャアギャアと警戒の声を上げながら一斉に飛び立った。
――リア充を憎悪する雄介の、尋常ならざる殺気を感じ取ったのだ。
「……僕さ、合コンで自慢できるような特技とか趣味を持ってるヤツ見ると、黒砂糖をカルピスの原液で煮込んだ汁をそいつの体中に塗ったくって、そのまま蟻の巣に頭からねじ込んでやりたくなる衝動を覚えるんだよね! テニスだの映画鑑賞だのバンドだの……おお、いやだいやだ! そんなケイチョウフハクなヤカラとお付き合いするの、絶対許しませんからねッ!」
「その面倒くさい劣等感、なんとかならんのかねえ。いいかげん大人になりなよ」
ナツメさんは、じつに嬉しそうに雄介をからかう。
雄介もまた、わざとらしい舌打ちでそれに応じると――
「ほっといてよ。で、何て答えたの?」
「武術を少々」
ナツメさんの生まれた鉄輪家は、古流武術の道場を経営している。その流派には名前がないため、鉄輪一族はとりあえずそれを「鉄輪流」と呼んでいる、とのこと。
もとは戦場で用いられた総合的武術で、素手による格闘技、武器(火器を含む)を使った戦闘技術、果ては山河における生存術まで包括しているらしい。
もっとも現在、鉄輪道場で対外的に教えているのは護身用としての格闘技のみである。その道ではなかなか有名らしく、過去に総合格闘技がブームとなった際、何度かメディアで取り上げられたことがあった。そのたびに入門者が急増したのだが、修行のあまりの厳しさ故、残ったものはほとんどいなかったという。
そんな修行を長年こなし、「師範代」の称号をもつナツメさんが、人間凶器であることを雄介はよくよく承知しているのだ。