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もういいよ  作者: 不覚たん
本編
9/9

もういいよ

 もうすぐデイタイムが終わる。

 するとタイマーが作動して、天使女は脳天を撃ち抜かれる。


「そこ、テレビ見づらくないか?」

 俺がそう尋ねると、彼女は一度腰を浮かした。

 だが、なんとも言えない顔で同じ場所に座り直した。

 どうしても動くつもりはないらしい。


 その後、特に会話もなく、俺たちはただテレビを眺めた。

 プラットフォーマーに都合のいい情報ばかりが流れてくる。

 ムカついてるのは俺だけ。


 パァンと銃声が響いた。

 弾丸が発射されたのだ。

 結末は、見なくても分かる。


 弾丸は天使女を真上から貫いた。

 彼女はばたりと崩れ落ちて、ただ血液を流すだけの死肉と化した。


 ガチャリと大仰な音がした。

 かと思うと、鋼鉄のゲートがゆっくりと左右に開いた。


 ひとつも意味が分からない。


 この女が「重大な罪をおかした人間」なのか?

 まあそうだろう。

 少なくともここの「プラットフォーマー」はそう考えている。

 そうでなければゲートは開かない。


 俺は立ちあがり、ゲートの向こうを覗き込んだ。

 どこまでも続く白い通路。

 途中には銀色のワゴンがあり、そこに紙が置かれているようだ。


 俺はいちど女の死骸へ向き直り、本当に死んでいることを確認してから、廊下を進んだ。


 ワゴンのプリントには「スコア」とタイトルがつけられていた。

 「発砲した回数」の欄に「天使ちゃん 16回」と記録されている。これはぶっちぎりの1位だ。

 ほかにも、みんなの発砲回数が記録されていた。

 中年女が「4回」で2位、DVおじが「3回」で3位、俺が「2回」で4位。他は一発も撃っていない。


 俺の予想通り、天使女が一人で撃ちまくっていたらしい。

 彼女は、まさか本気で人間を罰したいと思っていたのだろうか。


 そして問題はここだ。

 「重大な罪をおかした人間」とは、もっとも発砲回数が多かった者を指す、だそうだ。


 俺はつい崩れ落ちそうになり、ワゴンに手をついた。

 そいつが過去になにをしてきたかは、まったく無関係だったらしい。

 大事なのは、この場で発砲した回数だけ。


 だから理論上は、誰かが一人殺した時点で、そいつを撃ち殺せば、ゲートは開くのだという。これなら被害者は二名で済む。

 なのに俺たちは、最後の一人になるまで殺し合ってしまった。


 だいたい、これは問題文がよくない。

 「重大な罪をおかした人間」だぞ。

 過去形じゃないか。

 なぜ未来の話を含める。

 設計がクソだ。

 ぶっ殺したい。


 奥から誰かがやってきた。

 二十代後半だろうか。ボブカットの、えらく妖艶な雰囲気の女だ。大胆に肩を出したタイトなドレスを身に着けている。

 俺の勝利を祝福してくれるのか?

 あるいは――。


「きっとあなたは生き延びると思ってた」

「死体が喋っているのか?」

「そうなるわね」


 記憶の中にいる女。

 いや、記憶の中にしかいないはずの女だ。


 面影がある。

 似ているなんてレベルじゃない。

 否定しようがなく本人だ。


「なんなんだ? クローンか? 双子か? それとも幽霊か?」

 もし幽霊なら、俺はひっくり返ってもいい。ずいぶん斬新な幽霊ってことになる。胸もケツもぷりっとしていて、死体にしておくのは惜しい。

「面倒だから幽霊でいいわ」

「この茶番はなんだったんだ?」

「私たちの仲間を選別するための採用試験よ。あなたは合格」

「善人だから?」

 俺の皮肉に、彼女は目を細めて愉快そうに笑った。

「ゲームをクリアしたからよ」

「運がよかっただけだ」

 あるいはその逆。


 二人で通路を進んだ。

 蛍光灯が等距離に設置されているだけの、ひたすらまっすぐの通路。


「教えてくれ。天使ちゃんはなんの罪でここに送られた?」

 俺がそう尋ねると、彼女はこちらも見ずに応じた。

「罪なんてないわ。罪という言葉を出したら、みんなが勝手に自分を責め始めただけ。私たちは、言葉をもてあそんでいるだけなの」

「俺は勝手じゃない。心当たりがあった」

「そうね。あなたは例外よね。本物の罪人だもの。けれども、ほとんどの人間は、軽微な罪でも自分を責めるものだわ」

 これを設計したヤツは、とんでもないクソ野郎に違いない。

「彼女が死ぬ必要はなかった」

「彼女以外もね。もっと言えば私もよ。ところがこの世には、そんな人間を殺してしまう悪いヤツがいるのよね。怖いわ」

「そんな悪人は死んだほうがいいな」

 本気だ。

 天使女を殺したあと、どうやって死のうか、俺はテレビを見ている間、そればかり考えていた。タイマーを設定して自分を殺すくらいしか思い浮かばなかったが。


 ふと彼女は足を止め、俺の腕をつかんで向き合うよう促した。

 かと思うと、頬に思いっきり平手を叩き込んできた。


「痛いな……」

「簡単に死のうと思わないでくれる? あなたにはこれから、思う存分苦しんでもらうんだから」

「せめて楽に死なせて欲しい」

「残念だけど、あなたは生きて働くことになるわ。私の下でね。私を殺した罪、清算したいでしょ?」

「いまので手打ちにならないかな? 平手打ちだけに」

 彼女は眉をひそめ、あきれた様子で歩き始めた。

「冗談は顔だけにしてくれる?」

「もういいよ」


 本当に。

 もう十分だ。


(完)

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