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もういいよ  作者: 不覚たん
本編
8/9

主語がデカい

 個室に入った俺は、まず状況の整理を始めた。


 DVおじさんの仕事は分かりやすい。すぐ態度に出る。今日は天使女を守るため、そして俺を殺すため、発砲したんだろう。


 だが二発目は?

 これはまったく特定できない。


 いや、特定できないのだが、それゆえ特定できたかもしれない。

 この「特定できない」こそが落とし穴だったのだ。


 DVおじさんに限らず、普通、発砲の前後はそわそわするものだ。

 もし命中すれば、誰か死人が出る。命中しなくとも、緊張感が高まる。人が減れば減るほど、自分が疑われる可能性が高くなってくる。

 ところが、そいつは平然と、淡々と他人事のように振る舞い続けている。


 そいつはきっと普段から発砲しまくっている。

 極めて冷酷に。

 まずはターゲットを定め、居場所を特定できた場合は天井から撃ち、特定できなければ壁から撃っている。


 俺の予想では、それは天使女だ。

 あいつはなにが起きても絶対に動じない。

 確証はないが、可能性はもっとも高いと思っている。


 生き延びるためには、まっさきに彼女を始末すべきだろう。

 だが、彼女を確実に殺すとなると、まずはDVおじさんをどうにかする必要が生じる。じゃないと所定の位置から動いてしまう。


 現在パターンを把握できているのは、渋おじのみ。

 それとて100パーセントではないが。

 しかし渋おじを殺す動機がない。優先度も低い。


 のみならず、俺はみんなが撃ってるときに便乗して撃ちたくない。

 かといって、毎日のように撃つヤツがいる以上、俺がこのルールを守っている限り、発砲の機会は永遠に訪れない。

 まあルールというか、勝手に自分で自分を縛っているだけなのだが。


 いっそルールを変えるか?

 変えるにしても、なにか言い訳が欲しい。

 もっともらしい言い訳が。


 そんな不合理なことを言っている場合じゃないのは分かっている。だがサルとして生きるより、人として死ぬほうがマシではないか?

 いやそうでもないか。


 とにかく理由が欲しい。

 理由が……。


 だが思いつかない。

 よって、今日は寝ることとする!


 こんな悠長なことをしていたら、遠からず死ぬかもしれんな……。


 *


 デイタイム。


 この日は、渋おじが天井から撃ち抜かれて死んだ。


 「そいつ」も法則を発見したのだ。

 だから上からやった。


 じつに興味深い。

 「そいつ」はメガネも上から殺っている。

 俺には法則を見つけられなかったが、「そいつ」は見つけたのだ。

 認めたくないが、洞察力では俺を上回っている。


 そして今日も人が死んだのに、ゲートは開かず。

 確率は四分の一へ。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。かくれんぼしましょう。かくれんぼしましょう。ぴーっ、ぴーっ」


 こいつ……。

 もしかして全部知っているんじゃないのか?

 その上で俺を煽っているのでは?


 俺は女の前に腰をおろした。

「なあ、サイコパス。次は誰を殺すんだ?」

「さいこぱす? もし私が誰かを殺すなら、動きが読めた人からやるかな」

 本当に素直な女だ。

 顔までかわいく見えてきた。

「で? どこまで把握してるんだ?」

「把握?」

「あんたは特別だ。みんなと違う。いろんなものが見えてるだろ。なにが見えてる?」

 俺がそう尋ねると、彼女はやや哀しそうに笑った。

「それが、見えてないの。なにも。私は出来損ないだから」

「どこがどう出来損ないなんだ?」

「神さまが、ずっと私を無視するの」

「もしそれで出来損ないなら、俺だってそうだ。いや、俺だけじゃない。みんなだってそうだ」

 フォローで言ったつもりだった。

 そんなことでヤケになるなよ、と。

 ところが彼女は、やはり哀しげな笑みを浮かべたまま、こう応じた。

「そうよ。出来損ないなの。出来損ないばっかり。みんな罰を受けたほうがいいの」

「……」

 さすがに同意できないな。


 誰しも、他人と比べて、足りない部分はある。

 評価軸は無数にあるから、俺が生まれたばかりの赤ん坊にさえ勝てない点もあるだろう。かわいさとか、無邪気さとか。その証拠に、俺が泣きわめいても誰もおっぱいをくれない。

 しかしみんな忘れている。人間であるというだけで、小型の動物よりは強いのだ。道具を使っていいなら、大型の動物よりも強い。

 強さだけじゃない。

 頭もいい。

 かなり優秀だ。

 これで出来損ないというのなら、地球上のあらゆる動物がそうだ。


 いや、いい。

 だからといって彼女の考えは変えられないだろう。

 所詮は価値の問題だ。

 信じたいことを、信じたい人間だけが信じていればいい。


「なあ、俺とサシで勝負しないか?」

「はい?」

「決闘だよ。あんたは俺を狙う。俺はあんたを狙う。それで勝負するんだ」

 この提案に、彼女は首をかしげた。

「いままでとなにが違うの?」

「気持ちの問題だよ。応じてもらえるかな?」

 ついでに俺自身に対する言い訳の問題でもある。

 新ルールでの戦闘となるから、古いルールは破棄される。


 彼女はよく分からないといった顔でふっと笑った。

「好きにすれば?」

「合意と受け止める」


 この話を、DV男は自分とは無関係みたいなツラで眺めていた。

 だが残念だな。

 俺の最初のターゲットはこいつだ。


 初期位置がどこになるかは予想つかないが、途中の行動には傾向が見えている。

 だから明日、一人減る。

 いや、二人かもな。

 天使女が俺の傾向を見つけていれば、俺は死ぬことになる。


 *


 翌日、天使女はいつもと違う場所に陣取っていた。

 DVおじさんも俺の予想と違う場所。

 俺とキャバ嬢もランダムだ。


 まあ初期位置はどうでもいい。

 あとは互いのツラを確認しながら、ちまちました情報戦をするのみ。

 おそらくDVおじさんも仕掛けてくるはず。


 かと思うと、朝も早くから一発来た。

 壁から射出され、よく分からない場所へ。

 この拙速なあてずっぽうの攻撃……。DVおじさんであろう。じつに悔しそうな顔をしている。もっとちゃんと作戦を立てて撃てと言いたい。


 だが、俺も人のことを言えなかった。

 このあと壁から発射された俺の弾丸は、誰にも当たらずに対面の壁へぶち当たったからだ。

 こんなショボいのがデビュー戦とは……。


 さて、最後は天使女の攻撃だ。

 俺の心臓をぶち抜くことができるかな?

 あるいは脳天か?


 俺は冷蔵庫からハンバーグ弁当をとり、電子レンジで温め始めた。

 せめて死ぬ前に好きなものを食っておきたかった。

 ハンバーグ、最高じゃないか。


 電子レンジのチーンとほぼ同時に、パァンと発砲があった。

 どこから出て、どこへ飛んだのか。

 それを確認しようと目をこらしたまま、思わず固まってしまった。


 DVおじさんと、キャバ嬢が、急所を撃ち抜かれてぶっ倒れていた。

 一発で二人……。

 まさか、すでに全員の行動傾向を把握しているのか?


 天使女はほほえんでいる。

「これでやっと一対一だね」


 ゲートは開かない。

 となると、俺か、こいつか、どちらかが『重大な罪をおかした人間』ということになる。


 俺はあったまった弁当を手に、テーブルについた。

「なあ、もう最後になると思うから、ホントのことを話さないか?」

「ホントのことって?」

「俺の罪を教える。俺が殺したのは、じつはイヌじゃない。人間だ。それも小学生の女の子だ」


 *


 詳細に説明しても、彼女は「ふーん」としか返事してくれなかった。

 相手の事情など、どうでもよかったらしい。


「で、あんたは? どうなんだ? まだ存在が罪とか言うのか?」

「だってそれが事実だから」

 怒られた女の子みたいに、彼女はしょんぼりと応じた。

 本音なのかもしれない。


 俺はつい笑ってしまった。

 彼女は無罪だ。

 あのゲートは、俺が死ぬまで開かないのだろう。


 それでもハンバーグ弁当は、うまかった。

 なんていうか……たぶん、味なんて分からないのに、思い出補正だけでうまいと思えている。ガキのころ、母親の作ったハンバーグが好きだった。いや、買ってきたハンバーグも好きだった。ファミレスのハンバーグも好きだった。とにかくハンバーグならなんでも好きだった。


「はぁ、幸せだな。好きなものを、腹いっぱい食えた。あんたもいまのうち、好きなのを食っといたほうがいいぜ。最後になるかもしれないからな」

「うん。ありがとう。でも、いい」

 俺にとっては最後だが、彼女にとってはそうではない、ということか。


 *


 デイタイムの終わりに、俺は冷蔵庫からワインをもらった。

 明日は決闘だってのに、酒なんて……。

 いや、違う。

 あいつは俺の行動パターンを把握しているかもしれないのだ。酒を飲むことで、そこにランダム要素を加えたかった。

 人はランダムに動いているつもりでも、意外とパターン化しているものだ。


 個室のパネルで天使女の動線を確認する。

 初期位置から動かない。

 退屈な情報。

 こんなのを眺めていても、頭がおかしくなるだけだ。


 明日、あいつはどこにいるだろう?

 アドバイスしてくれる親切なおじさんはもういない。

 なら定位置か?

 だが決闘となれば、位置を変えて来るかもしれない。

 分からない。

 もう寝るしかない。


 *


 おそらく最後のデイタイム。

 俺と彼女は、互いに挨拶もなく顔を合わせた。


 予想通りだ。

 彼女は定位置に腰をおろした。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 聞こえたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」


 その頭上には、すでにタイマーがセット済み。

 時間になれば彼女は死ぬ。


 俺が把握できたのはそこまで。

 どちらが勝つかまでは分からない。


 いや、違うな。

 俺は、真の勝利を勝ち取ることはできない。

 もし彼女が弾を外した場合、彼女は死に、俺だけが生き残るだろう。だが、それでもゲートは開くまい。

 ゲートが開くのは、俺が死んだときだけだ。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。見えてますか? 見えてたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」


 俺の弾が発射されるより先に、彼女のタイマーが作動すれば、彼女は生き延びることができる。


 こんなことなら、とっとと死んでおくんだった。

 生き延びた分だけ、余計な苦しみが増えた。


「なあ、天使ちゃんよ。あんたのタイマーはいつ作動するんだ? あんまりもったいぶられても、心臓がもたないんだが」

「内緒」

 哀しそうな笑みだ。

 なにか躊躇するようなことでもあるのか?

「あんたも意固地にならなくていいんだぜ。俺はその頭上にタイマーをセットした。ちょっと横にどけば助かる」

「知ってる」

「見てたのか?」

「ううん。たぶんそうすると思ってたから」

 まあそうだ。

 彼女は、誰かになにか言われない限り、いつもそこにいた。

 今回だってそうなんだろう。


 テレビをつけた。

 ニュース番組だ。しかしなぜかスポーツの話題ばかりで、政治のニュースを流さない。この数年ずっとそうだ。


 俺はつい鼻で笑った。

「人間って、ホントにコントロールしやすいよな。デカくて強いヤツがなんか言えば、だいたいその通りになるんだ」

「デカくて強いヤツ?」

「大メディア。つまり愚民にとっての神だ」

「神さま……」

 そこだけ反応するなよ。

 俺は冷蔵庫からワインをとり、キャップをとって瓶のままやった。最近のワインはコルクじゃないから楽でいい。

「つまりニュースだ。どいつもこいつも、ニュースで感情を操作される。だから金を持ってるヤツらは、みんなプラットフォーマーになろうとする。ニュースを配信して、民衆を操作するんだ」

「難しい話?」

「神さまについて知りたいなら、理解しておいたほうがいい」

「うん」

「スマホの無料アプリに、なぜかニュース機能がくっついてるだろ? あれは親切でつけてるんじゃない。感情をコントロールするためのトラップだ。誰かを好きになりなさい。誰かを嫌いになりなさい。そういうのを刷り込むツールだ。人々はそれを無邪気に受け入れてしまうからな」

「神さまの言葉なら疑わないもの」


 この会話、噛み合ってそうで、噛み合っていない。

 いや、噛み合っているのか?

 分からない。


「そうして人々は、同じものに憧れ、同じものに怒るようになる。おっと『主語がデカい』などと言ってくれるなよ。大メディアの話なんだから、主語もデカくなろうってもんだ」

「言ってない」

「なら俺の被害妄想か……」


 ニュースが終わると、次は刑事ドラマが始まった。

 どのシーンも聞き込みばかり。

 本当に、刑事ドラマは銃を撃たなくなった。

 カーチェイスもないし、自動車もひっくり返らない。

 謎の断崖絶壁に犯人を追い詰めない。


 そうこうしているうちに、昼が過ぎ、夕方になった。

 発砲はない。


「なあ、天使ちゃんよ。あんた、ホントにタイマーをセットしたんだろうな?」

「うん」

「いつ出るんだ?」

「そろそろ」


 パァンと音が響いた。

 射出された弾丸は、キッチンのコップをぶち抜き、壁に弾かれて床へ。


 以上。


 俺は無傷。


「どういうつもりだ?」

「外れちゃった」

「ちゃんと狙ったんだろうな?」

「うん」

「ホントかよ? けど、このままじゃ終わるぜ。そっちも避けたらどうだ?」

「うーん」


 なぜそこで悩む?

 本当に死ぬぞ?


(続く)

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