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もういいよ  作者: 不覚たん
本編
7/9

妄想しよう

 翌日、血まみれではあったが、中年女も時間内にリビングに入ってきた。痛みを訴えるのも疲れたのか、青白い顔で憔悴しきっている。


 ともあれ、総勢七名。


 誰が誰を狙うかは、まったく予想できない。

 狙って殺せそうなのは天使女と誹謗中傷おじさんだが……。おそらく誰にも動機がない。まああるとすれば、狙いやすいということくらいか。


 天使女はいつもの定位置に座っているし、誹謗中傷おじさんは少ないバリエーション通りのポジションにいる。もっと変化をつけないといつか撃たれるぞ。


 そしてその「いつか」は、なんと今日であった。


 天井から発砲があり、誹謗中傷おじさんは脳天をぶち抜かれて即死したのだ。

 もう誰も悲鳴をあげない。

 数秒前まで人間だったものが、ただの死肉と化す。

 見慣れてしまった。

 自分が死んでないんだからいいだろう、という気分だ。


 ゲートは開かない。

 彼を狙った誰かは、またしても命を粗末にした。


 それにしても、まだ殺し足りないヤツがいるようだな。

 DVおじさんか?

 キャバ嬢か?

 天使女?

 中年女?


 渋い顔のおじさんもいる。

 この人はあまり態度が表に出ないから、なにを考えているのか分からない。存在感も薄いしな。


 少しは警戒すべき、か。


 *


 人が減るのにも慣れた。

 いや、慣れ過ぎた。


 人が減ったおかげで、ナイトタイムに動線を確認するのもずいぶん楽になった。

 パターンの解析にも余裕ができる。

 とはいえ、さすがにここまで生存しているとなると、みんなそれなりに用心深くなっている。ポジション取りがうまい。

 動いてないのは天使女だけ。

 なんでこいつは生き残ってるんだ?


 *


 翌日、リビング。

 もう誰も挨拶を交わさない。


 中年女は、さらに青白くなっている。

 というか、ひどくやつれている。

 出血は止まったように見えるのだが……。


 特に会話もなく――いや天使女の独り言を聞きながら、また無為な時間を過ごした。

 暇だ。

 苦痛だ。

 これ自体が拷問だ。

 冷蔵庫をあさるくらいしかやることがない。

 しかし頻繁に冷蔵庫の前に行けば、狙撃される可能性がある。


 パァンと発砲があった。

 これは不発。


 誰が誰を狙ったのかも分からない。


 俺たちは一瞬驚いたものの、自分が死んでいないことを確認すると、もう悩むことさえバカらしくなった。悩んでもエネルギーを消耗するだけで、なにも解決しない。そのことをようやく理解したのだ。


 ふと、中年女が「ちょっといい?」とつぶやいた。

 大量の水分を失ったせいか、しわがれた声だ。

「私、じつは限界なんですね。だから、これから、死にます。どうしようもないし、誰も信用できないので……」

 自分に向けてタイマーをセットしたのか?

 そういえば彼女は、朝からほとんど動いていなかった。


「できれば協力し合いたかったです。犯人には名乗り出て欲しかった。だけど、期待するだけムダだってこともよく分かりました」

 皮肉っぽい演説だ。

 じつは止めて欲しいのだろうか?


 だが、俺はこう思っていた。


 彼女が死ねば、もしかしたらゲートが開くかも。


 天使女が怪しいと思ってはいるが、それ以外のメンバーに可能性がないわけではない。

 死ねば死ぬほど確率があがる。


 中年女はごくさめた目になった。

「ま、そうですよね。他人のことなんてどうでもいいんですよね。私はみんなのこと心配してたのに。結局、悪い人だけ生き延びるんですよね? バカみたい。私はそんな世界で生きていたいとは思えま――」

 パァンと音がして、演説中の頭がぶち抜かれた。

 即死。

 さすがに大雑把にしかタイミングを計れなかったか。


 ゲートは開かず。

 残り五名。


 *


 リビングと個室を往復するだけの毎日。

 人は減っているのに、発砲はおさまらない。

 とにかく殺したがっているヤツがいる。


 天使女、キャバ嬢、DVおじ、渋い顔おじ……。

 あるいは俺。


 ゲートの開く確率は、五分の一。


 パネルを見ると、渋い顔おじの動きには、六日ごとに法則があることに気づいた。

 いや法則性など持たせてはダメだと思うのだが。

 きっと疲れているのだろう。


 *


 それから連日、一日一発の発砲があった。

 しかして死傷者はナシ。

 そんな日が五日は続いただろうか。


 恒例となった発砲を確認してから、俺は誰にともなく尋ねた。


「誰なんです? マジで」


 すぐに返事はなかった。

 やがてキャバ嬢が「あたしじゃない」と釈明すると、DVおじも「俺でもねぇよ」とぶっきらぼうに応じた。

 渋い顔のおじさんも「違う」と否定。


 では天使女が?

 連日?


 いや、こいつ、人を殺したがってるのか?

 本当に?

 もしそれが事実なら、まっさきにこいつを殺しておくべきだったんじゃないのか?


 俺は天使女に尋ねた。

「君か?」

「……」

 彼女は無言のまま首を傾げた。

 それを言ったら面白くないとばかりに。


 誰の本心も分からない。

 そして誰かを疑うことで、誰かを疑わなくなるのは、マヌケのすることだ。なんらの確証もない以上、全員を疑い続けるしかない。優先度はそれぞれ異なるが。


 俺は重ねて尋ねた。

「君のことを罠のターゲットにしてもいいかな?」

「んー」

 また首をかしげている。

 イエスともノーとも言いがたい感じか。


「分かってますよ。みんなからすれば、俺だって怪しいでしょう。ただ、俺がいま一番怪しいと思ってるのはこの子なんです。いまっていうか、最初からずっと怪しかった。存在が罪とか言って。なんだそれって感じでしょ?」

 喋り過ぎている。

 俺はいま、フラグを立てているのか?


 キャバ嬢も便乗してきた。

「分かるよ。この子、マジで怪しいもん」


 おじさん二人は同調して来ない。

 他人の意見に安易に左右されないところは、好感が持てる。


 いや、別にキャバ嬢を悪く言いたいんじゃない。彼女も本当にそう思ってるんだろう。だから俺に同調したわけじゃない。ずっと思ってたことを、たまたま口にしただけだ。


 運が絡んでいるとはいえ、ここまで生き延びてるんだ。

 みんな、それなりに自分の考えを持っているはず。


 怪しいのは天使女だけ。

 まあ自分の考えは持ってそうだが……。自分の、というか、神さまの?


 *


 翌日。


 天使女は、いつもと違う場所に座った。

 これは想定内。

 ナイトタイムのベッドでアドバイスしたおじさんが生きているのだ。必ずこうなる。


 俺は冷蔵庫からミルクを取り出し、一気に飲み干した。

 朝一番の牛乳は気分がいい。

 これで腹さえゴロゴロしなければ。


 俺がトイレに入り、手早く出ると、リビングが静まり返っていた。

 発砲があったのだ。

 壁から撃ち出された弾が、誰も傷つけず、壁に直撃して地面に落ちていた。


 これは俺じゃない。

 いや、これ以降も、だ。


 DVおじが眉をひそめた。

「ずいぶんいいタイミングでトイレに行ったな?」

「ラッキーでしたね」

「お前だろ?」

「そんな分かりやすいことします?」

「お前だ。間違いない」

 やけにこだわるじゃないか。

 この優しいおじさんは、どうしても俺を犯人にしたい理由でもあるのかな?

 天使女を殺して欲しくないと?


 俺は告げた。

「もし俺がタイマーを仕掛けるなら、彼女の頭上を狙いますよ」

「ほら見ろ」

「なにを見るんです? 彼女の頭上に発砲があったんですか?」


 口論の最中、二発目の発砲。

 これも誰にも当たらず。


 DVおじさんは目を丸くしていた。

 驚きすぎだろう。

 いや、それに比べて一発目だけ冷静過ぎだろう。

 もしかして一発目は想定内で、二発目は想定外ってことか。


 俺はもう気を使う必要もないと思い、やや声を張ってこう主張した。

「どうやらまだ殺し足りない人間が、二人もいるようですね」

「お前だろ!」

「一発目はあなただ。そして二発目は、ほかの誰か」

「しょ、証拠はあんのかよ!?」

 俺はつい笑った。

「証拠なんて、一度だってあった試しがないでしょう。全部妄想ですよ。俺たちは妄想をもとに、誰かを敵視して、殺そうとしている。そういうゲームに組み込まれている。どこかの誰かの仕組んだルール通りに振る舞っている。視野狭窄におちいっている。正しくもないルールを絶対だと思い込んでいる。はいそうです。妄想です。いまあなたが考えたことも妄想。根拠なんてないでしょう?」

「……」

 彼は反論できないというよりも、「なんだこいつ」という顔になっている。

 まあいい。

 自分でも「なんだこいつ」だ。


「確証がないのに、なにかを選択しなくちゃならない。そういう状況は、往々にしてありますよ。そういうときに、人は妄想を使う。これは恥じゃない。というより、それ以外にしようがないんです。だったら存分に妄想しようじゃありませんか。ね? で、誰を殺そうとしたんです? 俺ですか? それともほかの誰か?」

「うるせぇよ」

「で、いつになったら彼女の頭上に銃弾が撃ち込まれるんです? 妄想でもいいので教えてください」

「うるせぇつってんだろ! 殺すぞ!」

「そう。殺すんです。俺たちは、ずっとそれを続けている。誰かに強制されたわけでもないのに」

 彼は黙り込んだ。

 俺も喋り過ぎた。


 するとキャバ嬢が、申し訳なさそうにつぶやいた。

「いや、強制はされてない?」

「脱出のために?」

「そう」

 まあそうだ。

 強制されていないようで、強制されている。そんな気にさせられている。だがそれも無視したっていい。誰が正しいかなんて分からないんだから。


 方向が分からないまま、大海原を泳いでいるようなものだ。

 いつだってそう。

 ヒントはあるようでない。

 なにも分からない。

 疑い出したらキリがない。

 それでも疑うことをやめない。


(続く)

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