表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もういいよ  作者: 不覚たん
本編
6/9

二択問題

 翌日、異変アリ。


 天使女が、いつもと違う場所に腰を落ち着けていた。

 俺も驚いたが、みんなもなんとも言えない顔でその様子を眺めていた。中年女は特に……。


 パァンと天井から発砲があり、昨日まで天使女がいた場所に銃弾が叩きつけられた。

 あまりにむなしい発砲だ。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 聞こえたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」


 この女は、助かろうとして場所を変えた?

 死にたかったのではなかったのか?

 いや、自発的にそんなことをするだろうか……。


 するとキャバ嬢がニヤニヤした顔で言った。

「優しいおじさんもいたもんだね。いや、やらしいおじさんかな」

 夜中になにか聞いたのだろうか?


 どこかのおじさんが、天使女に場所を変えるようアドバイスした?

 そして彼女は、そのアドバイス通りに場所を変えた、ということか?


 親切心なのか下心なのかは分からないが、とにかく死んで欲しくなかったのだろう。


 俺は天使女の前に腰をおろした。

「いつも誰と話してるんだ?」

「やめない」

 無表情でこちらを見た。

 この俺を、中年女と同類だとでも思っているのか?

 まあ舌打ちしたんだから当然か。


「いや、違う。やめなくていい。教えて欲しいんだ。君が話してる相手について」

「入信したいの?」

「宗教法人なのか?」

「たぶん」

「たぶん?」

 深入りしないほうがよさそうか……?


 彼女はうなずいた。

「私が作った宗教なの。神さまに話しかけていれば、いつかお返事してくれるって」

「相手は神さまなのか?」

「そう」

「その神さまは、どんな形をしているんだ?」

「……」

 彼女はまっすぐにこちらを見て、それから、無言のままぐぃーっと首をかしげた。いままで考えたこともないといった様子で。


「ああ、いや、いまの質問は失礼だったかな」

「いえ、びっくりしただけ。神さまに形なんて……。え、でも待って……。あるの?」

「気にしなくていい。俺は神について無知なんだ。よく分からない質問をしてしまった」

「でも……」

 特に意味もない質問だったのに、彼女はずいぶん気にしたらしかった。


「邪魔して悪かった。続けてくれ」

「うん……」


 あんまりこいつに絡んでいると、俺までターゲットにされてしまう。

 それでゲートが開いたら爆笑モノだが……。


 その後は発砲もなく、まあまあ平和に終わるか……と思ったのだが。

 ナイトタイムに入る少し前、メガネが新たな火種を投下した。


「いろいろ考えたんですが、やっぱり説明が必要だと思いますね。先日、多数決をとったとき、なぜ棄権したのです?」

 棄権したのは、天使女、DVおじさん、ネット誹謗中傷おじさんの三名。


 天使女の釈明は簡潔だ。

「結末は神さまに委ねたの」

「神……」

 メガネはごく不快そうだったが、いちおう説明があった手前、ひとまずよしとせねばならなかった。

 それに、おそらくはその場を取り繕うためのウソではなく、ただの事実であろう。天使女はそういうヤツだ。


「お二方は?」

 問われたおじさんたちは、一人は怒ったように眉をひそめ、一人は露骨に困惑した。

「なに偉そうに? 説明する必要ある?」

 反論したのはDVおじさんだ。

 DVで鍛えた脊髄反射を存分に解放しそうな勢いだ。

「説明できないのですか?」

「する必要がない。あんた、警察気取りか? 自分は一段高いところにいるとでも?」

「環境を共有するコミュニティのメンバーとして、情報の共有を求めているだけです」

「若造が偉そうに」

「まさか内心、あの人殺しに同調したと?」

「そうは言ってないだろ?」

 DVおじさんは煽られてピキピキしている。

 まあケンカしてもメガネが勝つと思うが。


 メガネは肩をすくめた。

「では結構ですよ。こちらで勝手に結論を出します。で、そちらの方は?」

「あ、私は手を挙げ損ねたっていうか、皆さんに賛成だったんですけど、タイミングが……」

 こちらはこちらでクソみたいな釈明。

 だがメガネは、ここで数の優位を確保しておきたかったのだろう。

「分かりました。ではこちら側ですね」


 姑息だが、まあ、そうすべきだろう。

 自分と対立する人間は、孤立させるに限る。


 控えめな電子音のチャイムが鳴って、デイタイムの終了を知らせた。

 十分以内に退室しなければならない。


 DVおじさんは舌打ちした。

「気分悪ぃな。死ねよ」

 そう吐き捨てて、一人で行ってしまった。


 *


 ナイトタイム、個室――。

 俺はパネルで動線を確認した。

 みんなほとんど動いていない。

 動くのにも疲れたのだ。

 だいたい、最初の位置さえランダムにしておけば、狙われる可能性はぐんと減る。いや、狙いようがない。

 ただ、ランダムに見えて、誰しもクセというのはある。


 誹謗中傷おじさんは、だいたい二ヵ所しか使っていない。

 もしこいつを殺そうと思えば、おそらく殺せる。


 やるか?


 いや、おそらく明日は誰かが仕掛けるはず。

 絶対にかぶる。

 ここまで来たら、一発も撃たずに終わるのもアリなのでは?

 行けそうな気がする。


 *


 一人目の死者が出てから九日目のデイタイム。

 最初から空気がピリピリしていた。


 この八名の中に極悪人がいる。

 俺か、あるいは俺以外の誰か。


 その日、朝飯を食い、昼飯を食い……。

 また発砲はない日かと誤認しかけた。


 だが、なんだかイヤな予感がした。

 DVおじさんが、露骨にそわそわしていたのだ。

 こいつはタイマーを仕掛けたに違いない。

 いや確証はないが、あまりにも態度が露骨過ぎる。


 ただ、いつどこから弾が出るかは分からない。

 予想できるとすれば、彼は彼自身を撃たないであろうことだけ。つまり彼と同じ場所にいれば生存できる。

 天井から撃たれた場合、少しズレていれば当たらない。

 ただし壁から撃たれた場合、直線上にいたら当たる。なんなら複数の被害者が出てもおかしくない。

 壁や床には傾斜がないから、ほとんど跳弾しないのが幸いか。


 みんなDVおじさんの顔色を見ながら、そっと居場所を変えた。

 おじさんはとぼけた顔をしている。

 まるでちょっといたずらしてるだけみたいな顔だ。

 自分の手を汚さない殺人は、これほど簡単にカジュアル化してしまう。死体を始末する必要もなければ、警察に捕まることもないのだから。


 パァンと発砲があった。

 そのとき俺は、おじさんの表情を見ていた。

 おじさんは……目を丸くしていた。


 撃たれたのは中年女だった。

 だが致命傷ではない。

 撃たれたのは腕だけだ。


「痛ッ! あーっ! 痛い痛い痛い! 痛い! 死んじゃう!」

 止血しなければ出血多量で死ぬこともあるかもしれない。

 だが、見たところ上腕に食らっただけだし、弾も抜けていた。いや「だけ」ということもないが。即死するような傷ではない。


 俺はタオルを手に、彼女のもとへ駆け寄った。

「これで強く抑えて」

「助けて!」

「致命傷じゃない。抑えてればおさまる」

「痛いの! 死にたくない!」

「いいから抑えて。血が止まるまで」

 なぜ俺はこの人を助けているのだろうか?

 死んだらゲートが開くかもしれないのに。


 パァンと音がした。


 いや、ホントに……。

 いま?

 なぜ?


 見ると、メガネがばたりと倒れた。

 天井から撃たれて即死。


 DVおじさんは目を丸くしていたから、今回のは彼ではないだろう。

 では誰が?


 天使女は興味なさそうにつぶれた銃弾を見つめている。

 中年女は自分の痛みを訴えるだけ。

 キャバ嬢は震える手で口元を抑えている。

 誹謗中傷おじさんは……ニヤニヤしているが、これは恐怖によるものと思われる。


 え、じゃあ誰が?

 天井からピンポイントで……。


 やはり外部から介入されている?

 それともラッキーヒットか?

 あるいはなんらかの計算づくで?


 いずれにせよ、ゲートは開かなかった。


「あの人、パワハラで派遣社員の女性を自殺に追い込んだみたい」

 天使女が説明を始めた。

 本人はただ「パワハラ」としか言わなかったが、自殺に追い込んでいたとは。

 これは体育男と似たケースか。


「あいつと寝たのか?」

「そう」

 俺の質問に、彼女は平然とうなずいた。

 こいつが次第にどこかのイヌに見えてきた。


 *


 夜、中年女を部屋まで送り届けてから、俺は自分の部屋に入った。

 特に下心はない。

 あの苦しみようを見たら、とりあえずタオルだけでも渡したくなったのだ。そしたら流れで介抱することになってしまった。


 むしろ、誰も助けようとしなかったことのほうが意外だった。助けに入った自分のことも意外だった。どうやら俺は、自分のことさえよく分かっていなかったらしい。


 じつは善人なのかもしれない。

 じゃあ死ぬ必要はないな。


 さて、選択肢がひとつ減った。

 俺は、メガネか、天使女が正解ではないかと予想を立てていた。もっと言えば俺。

 だが善人の俺は除外していい。死亡したメガネも除外。天使女を殺せばここから解放される。


 問題は、いつ撃つか。


 あいつらがカジュアルに撃つせいで、俺の出番がない。

 どこまで善人なんだ。

 これもう特例で俺だけ助けるべきだろ。


 生きていていいことがあるかは別だが。

 他人のために死にたくない。

 なんだかムカつくしな。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ