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もういいよ  作者: 不覚たん
本編
5/9

普通の殺人

 田舎は素晴らしい。

 都合の悪いことに関しては、誰もが口をつぐむ。

 事件当日の彼女の足取りは、誰にも分からなかった。彼女が普段どこでなにをしているのかも、警察にはつかめなかっただろう。

 彼女の死は、事故として処理された。


 *


 寝不足のままデイタイムを迎えた。

 もちろんリビングの死体は片付いている。


 気のせいか、急に人が減ったように見えた。

 いや、実際足りていない。


 最初に集められたのは十三名。

 ロリコンおじさんが死に、体育男が死に、酔っ払いが死んだ。残り十名いないとおかしい。なのに、八名しかいない。

 特に理由もなくリビングに来なかった場合、射殺されることになっている。


 時間ギリギリになって、一人が駆け込んで来た。

「違う! 聞いてくれ!」

 その小太りの血まみれおじさんは、いきなり釈明を始めた。

 元気がいいところを見ると、どうやら自分の血ではなく、他人の血を浴びたようだ。


 特にノーマークだったおじさんだ。よく別のおじさんとヒソヒソ話をしていた。

 そのおじさんの姿が見当たらない。


 中年女とキャバ嬢が悲鳴を上げると、おじさんは「違う! 違う!」と繰り返した。

 騒ぐのはあとでいいから、先に結論を述べて欲しい。


 血まみれおじさんは言った。

「違うんだ! 先にあいつが襲ってきたんだ! せ、せ、正当防衛だ!」

「……」

 この場にいないのは一人だけだから、あいつというのがどいつかは分かる。名前は知らないが。


 メガネがかすかに溜め息をついた。

「トラブルですか?」

「だから、あいつが……」

「大丈夫です。呼吸を整えてから説明してください」

「ああ……ええと……そうだ……違う……」

 ひたすらぜえはあしている。

 走って疲れたわけではあるまい。

 うまく呼吸できないのだ。

 あるいは時間稼ぎも兼ねているだろう。

 いま必死に都合のいいストーリーを構築しているはず。


 俺は構わず冷蔵庫からメンチカツパンとミルクをとり、そこらに座って食い始めた。

 待ってる時間がもったいない。

 おじさんの尋問はメガネに任せておく。こういうのは得意そうだし。


「だから、その……裏切ったんだ」

「裏切る?」

「だから……あいつが……」

 都合のいいストーリーは構築できないようだな。


 中年女が、メガネを盾にしながら言った。

「きちんと説明してください!」

 デカい声を出すなら、他人を盾にするのをやめて欲しいものだ。


 おじさんはイラついたように彼女を睨みつけた。

「いま言うから!」

「言ってくださいよ!」

「うるせぇ! お前は黙ってろ! いつもいつもギャーギャー騒ぎやがって!」

 ついには逆ギレである。


 しんと静かになると、天使女がこうつぶやいた。

「この家具屋のおじさんは、居酒屋のおじさんと手を組んで、自分たちだけは生き残る計画を立ててたみたい。でも居酒屋おじさんが仲間を増やそうとして、家具屋がそれを拒絶して、このところ毎晩モメてた」

「な、なぜそれを……」

 血まみれ家具屋おじさんは、動揺したのか発言を認めてしまった。

「私、聞こえるの」

「てめェ、盗み聞きしてたのか……?」

 おじさんが詰め寄ろうとすると、メガネがその腕をつかんで地べたへねじ伏せた。


「あがぁッ」

「緊急避難のため、一時的に身体を拘束させてもらいます」

「待って! ちゃんと説明するから!」

 説明するなら、最初からそうしろよ。


 するとメガネはこちらを見て、不快そうな顔で「手伝ってもらえませんか?」などと言ってくる。傍観してんじゃねーぞということだ。

 食事中だってのに。


「具体的にはなにを?」

「タオルとか、なにか縛れるようなものを……」

「ガムテープがあったかな」

 俺はやむをえず、重い腰をあげた。


 するとおじさんは「待って! お願いだから!」などと懇願し始めた。

 それより説明しろよ、説明。


 *


 ガムテープでぐるぐる巻きにしても、彼は「説明」を始めなかった。「助けてください」の一点張りだ。


 俺は遠慮なく、盛大な溜め息をついた。

「説明してくれたら解放する気になるかも」

「解放してくれたら説明するから」

「えっ? せっかく優しい条件を出したのに、それを拒否するんですか。次はもっと厳しい条件を提示しますよ?」

「いや、それは……」


 状況を見る限り、こいつは人を一人殺したのだ。

 なのに説明もせず、こちらに条件を提示してくるとは。


 まあ俺も人を殺しておいて、誰にもなにも説明していないから、こいつと同レベルかもしれない……。そう考えると少しは同情的な気分に……いや、なれないな。


 メガネもごく冷淡な目をしている。

「説明できないなら、ただの殺人鬼とみなしますが?」

「いや、違う! 違うんだ! こっちは正当防衛なの!」

「凶器は刃物ですか? 向こうが刃物を持ち出したと?」

「そうそう!」

「あなたはそれを奪い取って反撃した?」

「そ……そう! そういう……ことになる。ああ。まあ、隙をついて……」

 信用できない。

 死体は喋らないのだ。


 メガネはひとつ呼吸をして、みんなを見回した。

「ここには警察を呼ぶ手段がありませんから、やむをえず多数決で処遇を決定しましょう。彼を解放するか、このままにするか」

 このまま――。

 デイタイムを終えてもリビングに残り続けた場合、壁と天井から銃弾が発射され、蜂の巣にされる。

 おじさんは自力で動ける状態ではない。


 ひたすらに「助けてくれ!」と懇願される中、メガネによる多数決がとられた。

「では希望するほうに挙手をおねがいします。彼をこのままにすべきと思う人……? はい結構です。では次、解放すべきと思う人……? 結構です。5対0で、このままということに」

 五名しか手を挙げていない。

 天使女と、あと二人のおじさんたちが、どちらにも挙げず棄権してしまった。どういう意図で棄権したのかは疑問だが……。


「待ってくれ! 人権侵害だぞ! 弁護士呼ぶぞ!」

「……」

 結果が出てしまえば、もう血まみれおじさんに同情する人はいなかった。

 話を聞こうともしない。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。人類はまた醜い争いをしています。彼らに罰をあたえてください。ぴーっ、ぴーっ」


 *


 ナイトタイムに入ってしばらくすると、リビングからけたたましい銃声が聞こえた。

 本当に一斉射撃したのだろう。

 弾のムダという気もするが。


 これで残りは八名。

 明日、ゲートが開いていればいいのだが。

 ただ、彼らの自白を信用するのなら、彼らの罪は女癖の悪さに由来するものだ。誰も殺してはいない。いや家具屋は人を殺めているが、それはここへ来てからの話だ。


 *


 翌日、家具屋おじさんの姿はなくなっていた。

 ゲートも閉じたまま。


 俺の罪は、家具屋のおじさんより重い、というわけか。

 なんだか本当に、俺が一番の悪人という気がしてきた。


 先日の自白によれば、メガネは職場でのパワハラ、中年女は万引きや転売、キャバ嬢は男をNTR、渋い表情のおじさんは不倫、もう一人のおじさんは家族へのDV、もう一人のおじさんはネットでの誹謗中傷、天使女は存在が罪……ということになっている。

 俺は友人のイヌを殺したことになっているが、実際はイヌではなく人間。


 うーん。


 俺か?


 まあ俺……だろうな。


 それにしても静かだ。

 みんな疲れているらしく、誰もなにも言葉を発しなかった。挨拶もしたりしなかったり。ようやく常識人をやめ始めた感じか。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 聞こえたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」


 天使女はまだ生きている。

 まっさきに殺されると思っていたのに。


 そういえば、昨日はタイマーによる発砲がなかった。

 あったのは施設による処刑だけ。

 なにげに快挙なのでは?

 そろそろ俺も発砲を解禁するか? いや、ここで解禁して、誰かとかぶったらダサい。せっかくここまでもったいぶったんだ。もう少し様子を見よう。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。見えてますか? 見えてたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」


 会話がなくなると、途端にこいつの独り言が耳障りに感じられる。

 ずっとこれを聞かされたら、いつか頭がどうにかなりそうだ。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。どうして隠れているのですか? かくれんぼですか? ぴーっ、ぴーっ」


 このとき完全に気を抜いていた俺は、つい舌打ちをしてしまった。

 みんなの注目が集まった。

 俺は慌てて目をそらし、なんでもないといった顔でやり過ごした。かくれんぼに反応したと思われたくない。あくまで「うるさいから舌打ちした」かのように見せかけねば。


 すると中年女が、聞こえよがしに盛大な溜め息をついた。

「あのー、あなた、自分が場の空気悪くしてるの自覚してます? うるさいんですけど。それ、やめられないの?」

「やめない」

 彼女が苦情を投げた相手は、俺ではなく、天使女だった。

 この二人は本当に相性が悪い。


「やめないってナニ? 今後もみんなに迷惑をかけ続けるってこと?」

「迷惑なら耳をふさいでいて」

「なんでこっちが配慮しないといけないの?」

「やめない」

「頭おかしいんじゃないの? ねえ? みんなもそう思いません?」


 明日は天使女の命日になるかもしれない。

 中年女が実行する可能性もあるし、他の誰かが便乗する可能性もある。もし明日やれば、誰がやろうと中年女のせいになる。

 となると、俺がタイマーをセットすると、他の誰かとかぶる可能性が高い。

 クソだな……。

 早く一発くらいカマしたい。


 本当に自分が悪人なのか、そうじゃないのか、確認したいのだ。

 いや、そうは言っても天の定めた基準じゃない。この施設の人間が勝手に決めた基準だ。同じ人間のクセに、神のように振る舞いやがって。

 なんならそいつらを殺してやりたい。


(続く)

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