Everybody kills somebody
ナイトタイム。
動線の確認……をしようと思ったのだが、メガネのせいでイライラして集中できなかった。あいつのせいで周りの愚民どもが俺を狙うようになったらと思うと、だんだん怒りがわいてきた。
世の中には、自分の頭で考えず、出しゃばり野郎に同調する人間が多すぎる。ボスザルを模倣するだけのサルの群れだ。それ以外に表現が思いつかない。
ともあれ、寝た。
いまは心と体を休めたい。
Everybody kills somebody.
いずれ誰かが誰かを殺すだろう。
犯人はそのうち分かる。
*
新しい朝が来た。
発砲に怯える一日の始まりだ。
ああ、だが……。
空気はヒリついているが、もしかしたら今日は、何事もなく終わるのでは、という淡い期待を抱いていた。
なぜなら、朝も、昼も、発砲がなかった。
日に日に発砲が増えるのではと思っていたところにこれだ。
そうだ。
俺たちはサルじゃない。
少なくともみんながやめてくれないと、俺は撃つ気になれない。
だからみんなには、発砲をやめて欲しかった。
ま、そういうことをたびたびするせいで、逆張り野郎などと揶揄されることもあるが……。だが俺はコーラとポテチとカレーとハンバーグが好きな凡夫だ。常に逆張りしているわけではない。やるのはムカついたときだけだ。
パァンと発砲音が響いた。
そろそろデイタイムも終わろうかという夕刻だ。
弾丸は命中した。
ずっと座っていた体育男の頭部に。
即死だった。
傍観するもの、慌てて距離をとるもの、助けようとするもの、ゲートが開かないか確認するもの、様々だった。
「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。またひとつ命が消えました。ぴーっ、ぴーっ」
天使女はいつまでも死なないのに、体育男が死んでしまった。
動かないと宣言したばかりに。
ゲートは開かない。
正解は彼ではなかったのだ。
彼は後輩を死に追いやった。
間接的に。
となると、それを上回る犯罪者は、他人をこの手で死に追いやった俺ということになるだろう。
俺以外の誰かがウソをついていなければ。
悲鳴が起きて、そして虚しい犯人捜しが始まる。
証拠はなにもない。
俺たちは根拠のない空論を振り回すばかり。
「いいヤツだったのによ」
酔っ払いがコップにワインを注ぎ、死体のそばに置いた。
*
個室に入った俺は、まっさきに動線を確認した。
トイレや食事を除けば、天使女と体育男はずっと同じ場所に座っていた。この二人には狙いをつけやすい。
いや、狙いをつけやすいのがもう一人。
酔っ払いだ。
この人は移動回数も少ないし、頻繁にトイレを使う。おかげでトイレが酒臭い。殺したいと思うものがいてもおかしくないだろう。
個人的にはメガネ君を消しておきたい。
あいつが正解かどうかは分からないが、あいつの誘導のせいで俺が狙われる可能性がある。体育男が消えたいま、こちらに集中してくるだろう。
理由は不明だが……。まあ若い男から先に消していこうという作戦なのかもしれない。いや若いというほど若くもないが、残りの男はおじさんと爺さんしかいない。頭脳や精神面ではどうか分からないが、肉体面では若いほうが脅威だろう。
*
翌日、口論が始まった。
「誰ですか殺したの!」
例の中年女が、誰にともなくキレていた。
怒りのピークは6秒、などと、誰が決めつけたのだろうか。
夜に個室でいると、だんだん怒りが増幅してくるものだ。
「じゃあ名乗り出なくてもいいですから! もう殺し合いなんてやめましょうよ! ね?」
力説している。
自分は天使女を殺そうとしていたくせに。
体育男に感化されて、心を入れ替えたのか?
暑苦しさまで受け継がなくてもよかったとは思うが。
酔っ払いはうるさそうに酒を飲んでいる。
俺も酒に飲まれたい気分だ。もし上機嫌のまま死ねたら、それは結末としてはまあまあマシな部類だろう。このまま消耗した挙句、恐怖にまみれて死ぬよりは。
血流もよくなるしな。
酒は百薬の長とはよく言ったものだ。
「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 聞こえたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」
「それやめてよ! いま真面目な話してるの!」
「ごめんなさい。でも定期連絡しないとだから……」
「誰もいないじゃない! あなたおかしいのよ!」
おいおい、ホントのことを言うなよ。
事実陳列罪だぞ。
だが、天使女はやや困ったふうで笑みを浮かべただけで、特に反論しなかった。
これでは、どちらが大人なのか分かったものではない。
パァンと音がした。
完全に不意打ちだった。
酔っ払いが、ワインをこぼしていた。
いや、銃弾で胸を撃ち抜かれていた。
彼は目を見開き、血走った眼球をギョロギョロと動かし、なにかを言おうとして口を開けたまま、横ざまにぶっ倒れた。
間違いなく一人、殺人鬼がいる。
どうせ殺すなら、せめて正解を叩き出して欲しい。ゲートはピクリともしない。
クソ野郎が。
天使女がつぶやいた。
「そのおじさん、むかし、お父さんとお母さんを殺したって」
「えっ?」
俺は思わず聞き返した。
なんだ?
なにか証拠があって言っているのか?
このおじさんは確か、飲み代を踏み倒したとかなんとか自白した気がするが。
「聞いたら教えてくれたの」
「聞いた?」
「夜ね、私の部屋に来たんだ。それで、ベッドの中で教えてくれたの」
「……」
ヤることヤってやがったのか。
死ねよ。
「おじさん、泣いてた。殺すつもりはなかったって。でも虐待に耐えられなくて、どうしようもなくなって、殺しちゃったんだ、って」
「ご説明ありがとう」
俺はとっとと切り上げてくれとばかりに生返事した。
夜中に他人の部屋を訪れてるヤツがいるとは。
いや待てよ。
そこでなんらかの協定を結んで、他人をハメようとしてるヤツもいるのでは? だとしたら、警戒すべき相手をイチから整理し直すハメになるぞ。完全に出遅れた。
俺は天使女を見た。
だいぶやせているし、雰囲気は不気味だが、まあ、ヤれなくはない。なにより従順そうだ。酔っ払いでイケるなら、俺でもイケるかもしれない。
別に合意の上ならいいだろう。
ただ、この考えに至った人間は俺だけじゃないだろう。
今晩は混雑が予想される。
そっと廊下を覗いて、人の流れを把握するだけにしておくか……。ムカついたときは逆張りに限る。
などと夜の予定を立てていると、また発砲があった。
被害はナシ。
普通に壁から出た弾が、対面の壁に弾かれて落ちた。
心臓に悪い。
「もうやだぁ!」
中年女が崩れ落ちた。
俺はその大声を聞くのがイヤだよ。
*
ナイトタイム。
耳をすますと、足音がした。どこかからどこかへ。ぼそぼそと会話しているのも分かる。内容までは聞こえないが。
きっと大盛況なのだろう。
俺は廊下に顔さえ出せなかった。興味があると思われたくなかった。
いや、いい。
パネルで動線を確認する。
酔っ払いはほとんど動いていない。特に夕方は動きが鈍くなる。その隙をつかれたのだろう。
分析した上で撃っている?
となるとあのメガネが?
片っ端から消していって、ゲートをこじ開ける作戦かもしれない。
まあそれは俺も考えたが……。
あのメガネは脅威だ。
なんとかぶち殺す方法はないものか?
いや、銃に頼るから難しくなる。
やはりこの手で……。
とはいえ、体育男の腕を容赦なくへし折るようなヤツだ。
正面から行っても返り討ちにあう。
となると背後から?
いや、みんなの前でそんなことをすれば、次は俺が排除対象となるだろう。
つまり打つ手ナシ。
つまり寝るしかない。
明日の俺にすべてを託すのだ。
そういうことを繰り返して、いまのザマがあるわけだが……。
*
「もーいーかい?」
「まーだだよ」
「もーいーかい?」
「まーだだよ」
「もーいーかい?」
「まーだだよ」
夢を見た。
小学生に戻って、山の中で遊ぶ夢。
そこは立入禁止区域だった。
別に深い意味があるわけじゃない。
ただ、農業などに使う水路が集まっていて、それを処理する無人ポンプ施設があったから、役所としてはみだりに立ち入って欲しくなかったのだろう。ガキが入り込んで水難事故を起こしたら、行政の責任になってしまう。
だが、俺たちはその近くで遊んでいた。
立入禁止なのをいいことに、悪い大人たちがいろいろ破棄していたから、遊び道具がたくさんあったのだ。デスク、椅子、キャビネット、床屋のポール、謎のケーブル、錆びたバケツ、柄の外れたシャベル、ヘルメット、軍手、それに事故車と、こじ開けられたらしい金庫などなど。
おそらく未解決事件の証拠品なんかも転がっていたのだろう。
そこで自分が新たな「未解決事件」を起こすことになろうとは、当時は思いもしなかった。
田舎は閉鎖的だ。
一部の人間にとっては住みやすいのだろう。だがそれ以外の人間にとっては、出口のない地獄でしかなかった。
山を切り開いて作られた「ニュータウン」だった。
住んでいるのは町の外から来た家族か、あるいは理由があって同じ町内から越してきた家族だけ。
俺は前者。
そして後者の少女と友達になった。
いや、友達といっても深い仲じゃない。
深い仲になる前に殺してしまった。
彼女は、いろんな家の男たちと関係を持っていた。
男たち、というのは、当時の俺からすれば、同級生の父親であった。
理由は分からない。
いや、推測はできるが……言いたくない。
とにかくそういうことを繰り返していた。
彼女がその気になれば、大人たちは、彼女の命令を聞いた。
彼女としては、手下を増やしている気分だったかもしれない。
クソ田舎だから、もしバレたら親戚一同に知られる。町中に知られる。だから大人たちも黙っていた。
どいつもこいつもクソだと思った。
一番クソなのは、あの女だ。
なぜそれをするのか……。
俺たちはかくれんぼをした。
小学生とはいえ、高学年になっていたから、あまりに幼稚なその遊びに、俺は本気になれずにいた。だが、彼女はそれをしたがった。どこかに隠れて、俺に見つかると嬉しそうにはしゃいだ。
無邪気な笑顔だった。
ある時、鬼を交代した。
俺が隠れて、彼女が探す。
俺はわざと音を立て、崖のほうへ走った。
彼女もこちらへ来た。
彼女は楽しそうな表情で、うろうろしていた。
秋だった。
北国の秋の、山間の水路は、本当に冷たい。
そこへ崖から突き落とされたら、無事では済まない。
彼女が行方不明になってから、捜索は数日続いた。
見つかったときには死亡していた。
俺はやり遂げた。
あの女は、俺の父親に媚びた顔で挨拶するようになっていた。自分の父親が、ひどく低俗な存在に見えた。
どうあっても殺さねばならぬと考えた。
(続く)