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もういいよ  作者: 不覚たん
本編
2/9

過剰防衛

 朝、リビングに入った俺たちは、もごもごと挨拶をした。

 まだ人間性を失っていない、ということなんだろう。あるいは正常性バイアスのなせるわざか。別に俺たちは異常な状況にいない。しいてそう思い込もうとしているのかもしれない。

 だが間違いなく異常なんだから、てっとりばやく本性を現して欲しいものだ。遠かれ早かれどうせそうなる。そして己の罪を告白して、さっさと誰かに銃殺されて欲しい。

 いや、俺だけじゃなく、みんなもそう思ってるのかもしれない。


 死体は片付いていた。

 そして冷蔵庫の中は補充されていた。

 仲良くしていれば、働かずに生きていける。

 その代わり、娯楽はない。将来性もない。自由もない。

 いちおうテレビは見られる。俺たちの誘拐は、ニュースになっていなかった。地上波で流すようなニュースでもないってことか。

 しかし無事に解放されたら、すぐバレると思うんだがな……。


 いや、ネットは情報が溢れすぎているから、真実味のない話をしたところで、作り話と思われてスルーされて終わるだろう。

 ネットは情報発信に便利なツールだが、便利すぎて、それ自体ではほとんど機能しない。機能するのは、どこかの有名人がそれを「発見」して周知したときだけ。

 もはや自力でなにかを発見したがる意欲ある人間は少ない。


「なあ、争うのやめないか?」

 体育男が、いきなりそんなことを言い出した。

 爽やかな短髪の若者だ。陸上でもやっていたのか、引き締まった体をしている。気を抜いていると、動物的な本能として、こういうのをリーダーに置きたくなってしまう。

 まあ賢ければそれでもいい。


 誰も返事をしなかったが、彼はこう続けた。

「言われるままにお互いを疑っても、追い込まれるだけだ。それこそ、ここに俺たちを連れてきたヤツの思う壺だろ」


 一理あると思う。

 罪のあるヤツを殺せば解放するという。だがそれも、連中が勝手に言ってるだけだ。約束を守るとは限らない。もてあそぶだけもてあそんで、最終的に全員殺すつもりかもしれない。

 かといって、代案があるわけでもないが。


 するとメガネが反論した。

「ではどうやって脱出すると?」

「お前すぐそうやってネガティブなこと言うよな。それをいまから考えるんだよ」

「なんでそんな回りくどい方法を? もっと簡単な方法がありますけどね」

「お前、一回黙れよ」

「はいはい」

 ピリピリしている。

 周りの連中はあたふたしている。


 場の雰囲気はともかく、話の中身はどちらも五十点だ。

 シンプルに考えれば、メガネの言う通り、悪いヤツを殺せば解決する。ただしそれは、俺たちを誘拐した連中がウソをついていないという前提において、だ。

 あいつらがウソつきなら、俺たちが争うメリットはない。


 結局、どちらが正しいか分からないのだ。

 分からないのに、いきなり結論を出すのは、ハッキリ言って愚かなことだ。リソースが許す限り、どちらの可能性も否定せず、どちらに転んでもいいように行動すべきだ。一方の選択肢を切り捨てれば、あとで修正が効かなくなる。

 だというのに、ひとつの選択肢だけが正しいと思い込み、そして別の意見を争い始めるとは。いかにも昨今そこらにいそうなヤツの典型的な発想。

 だがこういう連中に、間違いを指摘してやっても、こちらはなんの得にもならない。モノを教えてやるのに、なぜか恨まれる。だからこいつらのレベルに合わせて、俺もどちらか一方だけが正しいみたいなツラをしなければならない。


 惣菜パン、おにぎり、弁当、カップヨーグルト、スポーツドリンク、栄養ドリンク、酒……。食事はなんでも選び放題だ。

 ただし決まった時間に電子レンジを使い続けると、いずれ誰かに狙撃される可能性がある。

 俺は電子レンジは使わない。


 まあいい。

 体育男とメガネもおかしいが、もっとおかしいのが一人いる。

 中年女だ。

 リビングに入ってきてからずっとキョロキョロうろうろしている。それを怪しんでいるのは俺だけじゃない。


「なんか落ち着かないね?」

 酔っ払いが彼女に尋ねた。

 こういうとき直接聞けるヤツは、強い。いや、半分以上は余計なお世話でもあるが。


 中年女は「えっ?」とびっくりした顔をして、すぐこう反論した。

「だって人が……死んだんですよ? 皆さん平気なんですか?」

 一理ある。

 いや一理どころか……。

 普通、もっと動揺すべきところだ。


 たぶんこいつら、みんな人殺しかなにかなんだろう。

 だから平気でいられる。


 すると体育男が会話に参加してきた。

「平気じゃねーよ。けど、こういうときこそ、みんなで協力し合うべきだろ」

 俺は「仕切りやがってうぜーな」とは思わない。目的があるなら主張してもらったほうがいい。俺たちは人間とはいっても、サルより少しマシという程度でしかない。ボスザルがいないとすぐに崩壊する。

 まあボスになりたがるヤツが愚かな場合、目も当てられない結果になるが。ボスがいなければいないでクソみたいな結果になる。


 中心を欠いた「その他大勢」というものは、存在そのものが「災害」と言っていい。

 人類をクソだと言ってるわけじゃない。人間の有するエネルギーは意外とデカい。人間一人あたり、人間一人分のエネルギーを有している。というのはトートロジーだが。つまりもし誰かが制御不能になってしまえば、シンプルに同数の人間が被害に遭うということだ。

 統率は、要る。


 すると中年女は、天使女に声をかけた。

「あ、あの、あなた……」

「はい?」

 いつも独りで喋っている天使女だが、意外にも他人からの声掛けには応答できる。

「こっち来てご飯食べない? もたないよ」

「食べる」


 体育男の計画通り、みんなで協力する方向で行くことになりそうか。

 これは長期戦になりそうだ。


 だが――。


 天使女が冷蔵庫をあさっていると、パァンと火薬の爆ぜる音がした。

 どこかの穴から弾丸が発射されたのだ。

 みんな固まった。どこから発射されて、誰に命中したのか……。


 見たところ、誰にも命中していない。

 俺も無傷。


 だが、誰かが弾丸を発見した。

 それは天井から、いつも天使女のいる場所へ向けて放たれたものであった。いまはたまたま冷蔵庫の前にいたから助かったが……。


 誰もが息を飲んだ。

 中年女は崩れ落ちた。

 悲鳴をあげる女もいた。

 事件が終わってから叫んだところでどうにもならないと思うのだが。


「ウソだろ……」

 体育男が怒りに満ちた目で弾丸を見つめていた。

 となると、こいつの仕業ではなさそうだ。演技できるタイプとも思えない。


 怪しいヤツはいないだろうか。

 一通り顔色を確認してみたが、さっぱり分からなかった。

 みんな動揺している。もちろん俺も動揺している。

 比較的冷静そうに見えたのはメガネ男だが……。こいつもスッと居場所を変えたところを見ると、自分を「被害者」のポジションに置いていることが分かる。撃ったのはこいつじゃない。


 みんなも思い出したように少し移動した。


 なんであれ、ひとつ明らかになったのは、この中に、他人を殺したいと思ってるヤツが最低でも一人いるということだ。


 パァン、と、二発目が来た。

 完全に不意打ちだった。

 壁から弾が放たれ、反対側の壁に炸裂して、弾丸は床に転がった。

 死者はナシ。


 誰かを殺したいヤツは、もう一人いたようだ。


 さすがに背筋が凍った。

 いずれ三発目が来るかもしれない。

 場所を移動したい。

 けど、どこに?

 死角はない。

 所詮は運なのだ。いつどこに弾が飛んでくるのか、知っているのはタイマーを設定した本人だけ。


 となると……。


 いや、本当に?

 あの中年女、天使女を殺そうとしたのか? ところが体育男の主張を受けて、殺すのをやめた? そのために冷蔵庫に誘導したのか?

 あるいはただの偶然かもしれない。

 結局のところ、なにも分からない。


 弾が出たあとのリアクションから探るしかないが、本当に、みんな動揺していてよく分からない。顔だけで犯人が分かればいいが。俺にそんな特殊能力はない。

 分かるのは、俺はタイマーをセットしていないということだけ。考えるのが面倒になって寝たからだ。


 体育男が低い声を出した。

「誰だよ? なあ? 俺の話聞いてたか?」

 ムリ言うな。

 タイマーをセットしたのは昨日だ。

 そしてこいつが主張したのは今日。


 メガネも肩をすくめた。

「まるで自分じゃないみたいな口ぶりだけど」

「あ?」

「可能性は全員にあるよ。少なくともなにも証明できない。僕自身もね」

「俺はやってねぇよ!」

「怒鳴らないでくれないか? 声の大きさで結論を出すのは好きじゃない」

「もういっぺん言ってみろよ」

 体育男が胸倉をつかんだ瞬間、メガネはその手をつかみ返し、逆にその場にねじ伏せてしまった。

「あがッ」

「なぜ君のような人種はすぐボディランゲージに頼ろうとするかな。胸倉をつかめば、暴行罪の要件が成立するんだ。つまり正当防衛も成立するんだよね。この腕、折っても構わない?」

「ぐッ……やめてくれ……」

「ならもう暴行罪はしないと誓える?」

 メガネはさらに力を込めているらしく、体育男は額に青筋を立てて痛みに耐えていた。

「誓う! 誓うから!」

「信用できないんだよね……。君、初日からずっと横暴だったよね。放っておくとだんだんエスカレートするタイプだ」

「しねぇって! しねぇから!」

「ホントに?」

「ホントだ! 頼むから! があッ!」

 ゴッと鈍い音がして、腕が見たこともない方向へ曲がった。

「じゃあ離すよ」

「あーっ! 折れた! ウソだろ! クソがッ!」

 体育男は、ぷらんとなった腕を抱えて、小さく丸まった。


 さすがに過剰防衛だろう。


 メガネは肩をすくめた。

「手を離そうと思ったのに、君がムリに暴れるから」

「ぐぎぃ……」


 怪我をしたら病院に行けるのだろうか?

 もしムリなら? 今後この手の衝突が起きるたびに、俺たちは物理的に消耗していくことになるだろう。なんなら疑心暗鬼を加速させて、銃弾以外での死者が出るかもしれない。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? いま人類が醜い争いをしています。彼らに罰をあたえてください。ぴーっ、ぴーっ」

 ヨーグルトを食いながら、天使女がつぶやいた。

 無邪気でかわいい女だ。

 たぶんこいつは、明日も狙撃されるだろう。

 この謎の独り言も、本日で聞き納めというわけだ。


(続く)

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