表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もういいよ  作者: 不覚たん
本編
1/9

まだだよ

 みんな消費している。

 食べ物を、サービスを、漫画を、ゲームを……。

 時には性を、あるいは死を。


 たったいま、目の前で人が死んだ。

 自然現象ではない。

 殺人だ。

 だが、事故なのか、故意なのか、分からない。


 そいつが膝から崩れ落ち、床に突っ伏してから、ようやくどよめきがおきた。

 そしてひとたびどよめきが起きると、もう騒いでいいという合図かのように、女が悲鳴をあげた。


 ヒステリックな金切り声だ。

 うるさくてイラッとした。


 俺はパニック系のホラー映画が嫌いだ。登場人物がみんな、みずから進んでバカになる。主人公が生き延びるための、いわば噛ませ犬だ。そんなに周りをバカにしてまで主人公だけ賢く見せたいのか?

 だがあの手の映画を見ていると、バカは死んで当然だという気分にもなってくる。ほとんど自殺である。常に自殺のチャンスをうかがっている人間を、制止するのは難しい。


 ここの壁と天井には装置が仕込まれている。

 タイマーをセットすると、殺人用の弾丸が射出されるのだ。誰かがセットすると、時間の経過で弾が飛ぶ。誰かに当たれば致命傷を与える。あるいは死ぬ。いまのように。

 穴はいくつもある。

 一人がセットできるのは、一度にひとつ。


 そういう物騒なコンクリートの施設に、俺たちは監禁されている。

 計十三名。

 思わせぶりな数字でムカつくが。

 ともあれ、いま十二名に減った。


「誰だよ罠使ったやつ……。信じらんねぇ……」

 体育会系っぽい若い男が、威圧するように周囲を睨回ねめまわした。


 するとメガネの若者が、ふんと鼻を鳴らした。

「もしかして他殺だと思ってます? 自殺の可能性もありますよ」

「あ?」

 体育男が詰め寄るが、メガネはすました表情のまま。

「だいたい、ここの罠、誰かを狙って殺せる装置じゃないでしょう? もし誰かを標的にするなら、よほど計画的にやらないといけない。けど自分なら? いつどこの穴から弾が出るか分かっているわけだから、確実に殺せます」

「なんでそんなことするんだよ?」

「重大な罪をおかした人間だった、とか?」

「……」


 体育男が黙り込んだのには理由がある。

 もしいま死んだ人間が「重大な罪をおかした人間」だったなら、俺たちはこの施設から出ることができるからだ。


 ところが、しばらく眺めていても、脱出用ゲートは閉ざされたまま。


 俺たちは急に拉致されて、この施設に閉じ込められた。

 いわく「この中に、重大な罪をおかした人間が紛れ込んでいる。もしそいつが死ねば、全員を解放する」だそうだ。


 その犯人には、じつは心当たりがある。

 いや、「あった」。

 それは俺だ。

 過去に一件やらかした。事故ということになっている。だが事故ではなく、事件だ。


 とはいえ、いま死んだ男……。冴えない感じのおじさん。プレッシャーに負けたのであろう。こちらが聞いてもいないのに、年端もいかぬ少女に手を出していたことを吐露し始めた。そして死んだ。

 他人から狙われた可能性はある。

 だが、いまメガネが言った通り、他人の不規則な動きを読み切った上で狙うのは困難だ。みんな穴を警戒してるのに。

 自殺の可能性は高い。


 まあそれはそれとして、ゲートが開かないのだから、不正解だったのだろう。

 となると俺が死ぬまでこのゲームは終わらない、ということになる。俺の罪のほうが重いかどうかは釈然としないが。


 体育男が椅子を蹴り飛ばした。

「あークソ! 開かねーじゃねーか!」

 一気に雰囲気が悪くなる。

 「なんらかの方法」でこいつを静かにさせたい気分だ。


 渋い表情で黙っていた中年のおじさんが、口を開いた。

「死体はどうする?」

「……」

 返事はない。

 誰もその答えを持ち合わせていないのだ。


 デイタイム中、俺たちはこの長方形の「リビング」にいないといけない。

 ずっと同じ場所にいると狙われやすくなるから、たいていは思い思いのタイミングでどこかへ移動する。

 まあトイレへは行けるが、そこにも穴があるから、長くこもるのは得策ではない。


 ただ、死にたいのかなんなのか分からないが、ずっと同じ場所に座り込んで独りで喋っている女がひとりいる。

「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 聞こえたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」

 目の下にクマのある、暗い顔をした大人の女。

 あきらかにやべーやつだ。

 みんな私服だったりスーツだったり、外出しても違和感のない格好をしているが、この女だけは患者衣だ。きっとどこかの病院から連れてこられたのだろう。

 怪しいから、とりあえず殺しておいてもいいかもしれない。


 もしここに俺以上の犯罪者がいて、そいつの死によって解放されるのならば、それにこしたことはないのだ。自分以外の全員を殺せば、少なくともひとつのことが判明する。

 「重大な罪をおかした人間」が自分なのか、そうでないのか、だ。


 他人を殺したところでデメリットはない。誰がタイマーをセットしたのか公表されることもない。タイマーをひとつ仕込んでおいて、そこにいないようにしておけば、いつか誰かに当たってくれるかもしれない。

 時間はかかりそうだが。

 天使女なら、その気になればいつでも殺せる。いつも同じ場所に座っていて、トイレと食事のとき以外は動かないからだ。


 ただ、この「公表されない」というのが問題だ。

 じつは拉致された十三名以外にも、外から誰かが操作している可能性があるからだ。そうして俺たちを疑心暗鬼にしておいて、安全な場所から楽しんでいる、というわけだ。


 誰かが場所を移動し始めると、別の誰かも思い出したように場所を変える。俺もそうする。

 動いた先で撃たれるかもしれないのに。

 しかし動かなければ、そこがそいつの「居場所」になってしまう。面倒だが、ときどき動くしかない。なんらの確証もないままに。

 自分が標的になるのはごめんだ。


 冷蔵庫の酒を飲んでいたヒゲの中年男性が、いきなり「くくく」と笑い始めた。

「いったい誰なんだろうなァ、こんなふざけたゲームを始めたのはよ」

 瓶からワインを直接飲んでいる。

 冷蔵庫の中のものは、誰でも自由に飲食していい。一日たつと補充される。つまり空腹で死ぬことはないということだ。誰かに独占されない限りは。


「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 私に罰を与えてください。私は悪い子です。分かりましたか? ぴーっ、ぴーっ」

 天使女はずっとこの調子だ。

 聞いてると頭がおかしくなる。

 「なんらかの方法」で静かにさせたい。


 *


 ナイトタイムになると、リビングから出ることが許可される。いや、出ないとメチャクチャに射撃されるという話なので、出ないわけにはいかないのだが。


 夜はそれぞれの個室に入る。

 施錠できるから、ぐっすり眠ることができる。

 タイマーの操作もできる。

 一日に一発。


 ただ白いだけの四角い部屋だ。

 窓はない。

 LEDの硬質な光がやたら反射しているのに、どこか薄暗く感じる。実際、輝度が低いタイプなのか。目には優しいかもしれない。


 ベッドがある。

 壁にはタイマー用のパネルもある。タッチパネルになっており、いろいろな機能がある。誰がどんな動線で動いたのか、パターンを解析できるようになっているのだ。

 見ると、みんな部屋をぐるぐる回っている。動かないのは天使ちゃんだけ。

 いや、今日死んだあの男も、同じ場所を行ったり来たりと、不自然な動きをしている。

 やはり自殺か?

 棒立ちでは怪しまれるから、動いたフリをしていただけか?


 ああ、どうか俺以上の犯罪者がいますように。

 そしてそいつが罪を告白し、射殺されますように。


 しかし疑問だな。

 あれは完全犯罪だったはず。

 警察でさえ俺を疑っていないのに、いったいどこのどいつが俺の罪を知った? 目撃者でもいたのか?

 あるいは本当に、俺はただ巻き込まれただけの第三者で、別の誰かがターゲットなのか?

 もしそうなら、そいつを特定して殺さなくてはならない。


 自分で直接手をかけるわけじゃない。

 ただタイマーをセットすればいい。

 あとは機械がやってくれる。


 なのだが、だったらどうタイマーを仕掛けるのか……。それを考え始めると、まったく答えがでなかった。とりあえずで天使女を殺してもいいが……。どのみちあいつは怪しいんだから、きっと別の誰かが殺すだろう。

 俺はもっと別のヤツを狙うとしよう。

 分業は人類の叡智だ。


 かといって、怪しいヤツといっても……。

 個人的に黙らせたいヤツしか思い浮かばなかった。


 だが、俺はサイコパスではない。

 「気に食わない」という理由で殺したりはしない。俺の過去の犯罪だって、殺しをエンジョイしたくてやったわけじゃない。ほとんど事故だ。いや実際は故意なのだが。しかし別に殺さなくてもよかった。流れでそうなっただけだ。


 後悔は、していないこともない。

 やらなければ、のちのち思い出すこともなかったからだ。

 スルーしようと思えばできた。


 ただ、彼女にも後悔して欲しかったのだ。

 しているだろうか?

 あいつは社会のゴミだった。

 少なくとも当時はそう思った。


 だが時が経ってみると……。彼女にも事情があったのではないかという気がしなくもない。まあ事情があってもゴミはゴミだが。ゴミなりの事情なり背景なりがあったのかもしれない。

 いまとなっては知る由もないが。


 本当に。

「人は死んだら生き返れない」

 このフレーズが身に染みる。


 どうしてこうなった。

 どうしてこうなった。


 もういいかい?

 もういいかい?


 まーだだよ。

 まーだだよ。


 考えるのも疲れてきた。

 今日はもう寝よう。


 おやすみ、世界。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ