まだだよ
みんな消費している。
食べ物を、サービスを、漫画を、ゲームを……。
時には性を、あるいは死を。
たったいま、目の前で人が死んだ。
自然現象ではない。
殺人だ。
だが、事故なのか、故意なのか、分からない。
そいつが膝から崩れ落ち、床に突っ伏してから、ようやくどよめきがおきた。
そしてひとたびどよめきが起きると、もう騒いでいいという合図かのように、女が悲鳴をあげた。
ヒステリックな金切り声だ。
うるさくてイラッとした。
俺はパニック系のホラー映画が嫌いだ。登場人物がみんな、みずから進んでバカになる。主人公が生き延びるための、いわば噛ませ犬だ。そんなに周りをバカにしてまで主人公だけ賢く見せたいのか?
だがあの手の映画を見ていると、バカは死んで当然だという気分にもなってくる。ほとんど自殺である。常に自殺のチャンスをうかがっている人間を、制止するのは難しい。
ここの壁と天井には装置が仕込まれている。
タイマーをセットすると、殺人用の弾丸が射出されるのだ。誰かがセットすると、時間の経過で弾が飛ぶ。誰かに当たれば致命傷を与える。あるいは死ぬ。いまのように。
穴はいくつもある。
一人がセットできるのは、一度にひとつ。
そういう物騒なコンクリートの施設に、俺たちは監禁されている。
計十三名。
思わせぶりな数字でムカつくが。
ともあれ、いま十二名に減った。
「誰だよ罠使ったやつ……。信じらんねぇ……」
体育会系っぽい若い男が、威圧するように周囲を睨回した。
するとメガネの若者が、ふんと鼻を鳴らした。
「もしかして他殺だと思ってます? 自殺の可能性もありますよ」
「あ?」
体育男が詰め寄るが、メガネはすました表情のまま。
「だいたい、ここの罠、誰かを狙って殺せる装置じゃないでしょう? もし誰かを標的にするなら、よほど計画的にやらないといけない。けど自分なら? いつどこの穴から弾が出るか分かっているわけだから、確実に殺せます」
「なんでそんなことするんだよ?」
「重大な罪をおかした人間だった、とか?」
「……」
体育男が黙り込んだのには理由がある。
もしいま死んだ人間が「重大な罪をおかした人間」だったなら、俺たちはこの施設から出ることができるからだ。
ところが、しばらく眺めていても、脱出用ゲートは閉ざされたまま。
俺たちは急に拉致されて、この施設に閉じ込められた。
いわく「この中に、重大な罪をおかした人間が紛れ込んでいる。もしそいつが死ねば、全員を解放する」だそうだ。
その犯人には、じつは心当たりがある。
いや、「あった」。
それは俺だ。
過去に一件やらかした。事故ということになっている。だが事故ではなく、事件だ。
とはいえ、いま死んだ男……。冴えない感じのおじさん。プレッシャーに負けたのであろう。こちらが聞いてもいないのに、年端もいかぬ少女に手を出していたことを吐露し始めた。そして死んだ。
他人から狙われた可能性はある。
だが、いまメガネが言った通り、他人の不規則な動きを読み切った上で狙うのは困難だ。みんな穴を警戒してるのに。
自殺の可能性は高い。
まあそれはそれとして、ゲートが開かないのだから、不正解だったのだろう。
となると俺が死ぬまでこのゲームは終わらない、ということになる。俺の罪のほうが重いかどうかは釈然としないが。
体育男が椅子を蹴り飛ばした。
「あークソ! 開かねーじゃねーか!」
一気に雰囲気が悪くなる。
「なんらかの方法」でこいつを静かにさせたい気分だ。
渋い表情で黙っていた中年のおじさんが、口を開いた。
「死体はどうする?」
「……」
返事はない。
誰もその答えを持ち合わせていないのだ。
デイタイム中、俺たちはこの長方形の「リビング」にいないといけない。
ずっと同じ場所にいると狙われやすくなるから、たいていは思い思いのタイミングでどこかへ移動する。
まあトイレへは行けるが、そこにも穴があるから、長くこもるのは得策ではない。
ただ、死にたいのかなんなのか分からないが、ずっと同じ場所に座り込んで独りで喋っている女がひとりいる。
「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 聞こえたらお返事ください。ぴーっ、ぴーっ」
目の下にクマのある、暗い顔をした大人の女。
あきらかにやべーやつだ。
みんな私服だったりスーツだったり、外出しても違和感のない格好をしているが、この女だけは患者衣だ。きっとどこかの病院から連れてこられたのだろう。
怪しいから、とりあえず殺しておいてもいいかもしれない。
もしここに俺以上の犯罪者がいて、そいつの死によって解放されるのならば、それにこしたことはないのだ。自分以外の全員を殺せば、少なくともひとつのことが判明する。
「重大な罪をおかした人間」が自分なのか、そうでないのか、だ。
他人を殺したところでデメリットはない。誰がタイマーをセットしたのか公表されることもない。タイマーをひとつ仕込んでおいて、そこにいないようにしておけば、いつか誰かに当たってくれるかもしれない。
時間はかかりそうだが。
天使女なら、その気になればいつでも殺せる。いつも同じ場所に座っていて、トイレと食事のとき以外は動かないからだ。
ただ、この「公表されない」というのが問題だ。
じつは拉致された十三名以外にも、外から誰かが操作している可能性があるからだ。そうして俺たちを疑心暗鬼にしておいて、安全な場所から楽しんでいる、というわけだ。
誰かが場所を移動し始めると、別の誰かも思い出したように場所を変える。俺もそうする。
動いた先で撃たれるかもしれないのに。
しかし動かなければ、そこがそいつの「居場所」になってしまう。面倒だが、ときどき動くしかない。なんらの確証もないままに。
自分が標的になるのはごめんだ。
冷蔵庫の酒を飲んでいたヒゲの中年男性が、いきなり「くくく」と笑い始めた。
「いったい誰なんだろうなァ、こんなふざけたゲームを始めたのはよ」
瓶からワインを直接飲んでいる。
冷蔵庫の中のものは、誰でも自由に飲食していい。一日たつと補充される。つまり空腹で死ぬことはないということだ。誰かに独占されない限りは。
「ぴーっ、ぴーっ、こちら天使ちゃん。聞こえますか? 私に罰を与えてください。私は悪い子です。分かりましたか? ぴーっ、ぴーっ」
天使女はずっとこの調子だ。
聞いてると頭がおかしくなる。
「なんらかの方法」で静かにさせたい。
*
ナイトタイムになると、リビングから出ることが許可される。いや、出ないとメチャクチャに射撃されるという話なので、出ないわけにはいかないのだが。
夜はそれぞれの個室に入る。
施錠できるから、ぐっすり眠ることができる。
タイマーの操作もできる。
一日に一発。
ただ白いだけの四角い部屋だ。
窓はない。
LEDの硬質な光がやたら反射しているのに、どこか薄暗く感じる。実際、輝度が低いタイプなのか。目には優しいかもしれない。
ベッドがある。
壁にはタイマー用のパネルもある。タッチパネルになっており、いろいろな機能がある。誰がどんな動線で動いたのか、パターンを解析できるようになっているのだ。
見ると、みんな部屋をぐるぐる回っている。動かないのは天使ちゃんだけ。
いや、今日死んだあの男も、同じ場所を行ったり来たりと、不自然な動きをしている。
やはり自殺か?
棒立ちでは怪しまれるから、動いたフリをしていただけか?
ああ、どうか俺以上の犯罪者がいますように。
そしてそいつが罪を告白し、射殺されますように。
しかし疑問だな。
あれは完全犯罪だったはず。
警察でさえ俺を疑っていないのに、いったいどこのどいつが俺の罪を知った? 目撃者でもいたのか?
あるいは本当に、俺はただ巻き込まれただけの第三者で、別の誰かがターゲットなのか?
もしそうなら、そいつを特定して殺さなくてはならない。
自分で直接手をかけるわけじゃない。
ただタイマーをセットすればいい。
あとは機械がやってくれる。
なのだが、だったらどうタイマーを仕掛けるのか……。それを考え始めると、まったく答えがでなかった。とりあえずで天使女を殺してもいいが……。どのみちあいつは怪しいんだから、きっと別の誰かが殺すだろう。
俺はもっと別のヤツを狙うとしよう。
分業は人類の叡智だ。
かといって、怪しいヤツといっても……。
個人的に黙らせたいヤツしか思い浮かばなかった。
だが、俺はサイコパスではない。
「気に食わない」という理由で殺したりはしない。俺の過去の犯罪だって、殺しをエンジョイしたくてやったわけじゃない。ほとんど事故だ。いや実際は故意なのだが。しかし別に殺さなくてもよかった。流れでそうなっただけだ。
後悔は、していないこともない。
やらなければ、のちのち思い出すこともなかったからだ。
スルーしようと思えばできた。
ただ、彼女にも後悔して欲しかったのだ。
しているだろうか?
あいつは社会のゴミだった。
少なくとも当時はそう思った。
だが時が経ってみると……。彼女にも事情があったのではないかという気がしなくもない。まあ事情があってもゴミはゴミだが。ゴミなりの事情なり背景なりがあったのかもしれない。
いまとなっては知る由もないが。
本当に。
「人は死んだら生き返れない」
このフレーズが身に染みる。
どうしてこうなった。
どうしてこうなった。
もういいかい?
もういいかい?
まーだだよ。
まーだだよ。
考えるのも疲れてきた。
今日はもう寝よう。
おやすみ、世界。
(続く)