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The Doctor's Diary-002

二〇七一年 十一月 十六日


 ベンジャミンが誕生してから、五日目だ。彼は天真爛漫で、私に無条件に懐いている。

 庭の木に登るのが気に入りで、今はサンゴジュの実を嗅いでいる。真冬になったら、真っ赤なヤブツバキの花と彼のブルーグレイの毛並みのコントラストが見事だろう。

 サンゴジュの実を食べないよう注意を払うのに忙しかったが、記録として写真を撮っておくべきかもしれない。いや、写真では味気ないか? 時間ならある。油絵を描くべきか。

 だが、彼が被写体として大人しく描かれているわけはないと、思わず頬がほころんでしまう。


 ベンジャミンの世話をしていると、他愛もないことで笑っている自分に気付いてハッとする。この十年、手放しに笑ったことがあっただろうかと自問する。

 アニマルセラピーとはよく言ったものだ。ベンジャミンは、私のセラピストなのかもしれない。


 アルとの会話も増えた。

 彼には十年間世話になったのに、研究に夢中でまだ心を開いてはいなかったのだと自覚する。

 大人げなく、ウッドデッキのカウチをベンジャミンと奪い合うアルの姿を見ては、笑いをかみ殺す。

 ベンジャミンは私が笑うと嬉しいらしく、カウチ争奪戦の最中でも、喜んですり寄ってくる。顎の下をかいてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。


 猫のこの「ゴロゴロ」という鳴き声はおよそ二十五ヘルツの低周波で、これは身体の緊張をほぐす副交感神経を活性化する効果があると、大昔の研究で立証されていた。副交感神経を働かせれば、ストレスを解消でき、免疫力がアップする。

 また低周波には、多幸感を得られる『セロトニン』を分泌させる効果もあるという。

 その研究結果を、私は今、身をもって体験している。


 だが。

 年齢からいけば、この世を去るのは私の方が早いと考えるのが合理的なのに、気付くと、いずれ別れてしまうベンジャミンの面影をどう残しておこうかと考えている。

 この十年、自分の理想とするペットに穏やかに愛情を注ぎたいと、そればかりを考えていた。その願いは叶った筈なのに。彼はいつか、私の元を離れていくのだろうという予感は止まらない。


 私に背を向け去っていくブルーグレイの後頭部が、笑顔のベンジャミンにオーバーラップする。

 ……よそう。もう彼の呪縛にとらわれるのは。

 この十年、お前のために生きてきた。これからの人生も、お前のために生きていくことにしよう。ベンジャミン。

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