第四話 なんでもアリな娘狐(こぎつね)たち
「よ、佳乃に何をしたんだ」
僕と目を合わさない縁。
長身のスラっとした彼女は、そのまま華麗に振り返ると、無言のままうしろにいる仲間たちの下に戻っていく。相変わらずあちらにある殺生石の割れた跡地では、他の娘狐たちが、それぞれ好き勝手なことをしている。眠そうにしている者や、他の仲間とキャッキャと談話している者、ん? ある娘狐なんかは、女性もののファッション誌を読んでいるぞ? いったい、いつの間にあんなモノを……。
「おい勾緒! あれってなんなんだよ! 佳乃をどうした!」
「えっ? えっと……な、何かなあ~」
埒が明かないので勾緒に尋ねる。
彼女は最初シラを切ろうとしていたが、僕が再び睨むと観念したように説明を始める。
「えっとね。縁ちゃんの得意な術は【人心掌握】。周りのひとを一瞬にして、自分の都合の良い記憶に書き換えることが出来るの。ちなみにあたしの得意な術は、さっき使った【魂霊術】で、たましいを自由に抜いたり入れたり出来るの! すごいでしょ」
「お、おい、指、指!」
勾緒が自分の術を説明するところで、片方の手の指で輪っかを作り、そこに反対のひとさし指を出し入れする仕草をするので、あわてて止める。本人は不思議そうな顔をしているが、それまったく別の意味だから。
それよりも恐ろしいのが、縁の【人心掌握】だ。
人の心を指先パチンで書き換える彼女の術は、とても危険だ。あれでは僕ら人間は、なすすべもなく、こいつらに良い様にされてしまう。あの女。クールなくせに、えげつないことしやがるな。
「ホントは【魂霊術】とかじゃなくて【婚礼術】だったら、さっさとあなたと婚姻結べたのにね! あはは」
「いや、言葉じゃ意味わかんねーし」
たぶん【魂霊】と【婚礼】をかけたんだろう。文字にしないとわからんネタだ。うまく言ったつもりだろうけど、まだまだだな――
「――って! 僕は何を言ってんだ! そんなことより、佳乃を元に戻せ!」
「えーそれは無理だよ~。縁ちゃんの気分損ねちゃうし、怒ったらそれ以上の書き換えとかしちゃうかもしれないよ?」
「ぐうっ!」
それはマズい。
これ以上、佳乃の記憶を改ざんされるのは正直困る。今でさえこいつらを僕の姉妹だなんて言っているんだ。次こそは確実に嫁設定にされるに違いない。そうすれば僕は世間から非難されてしまう。九人の嫁を持つ、変態エロガキ野郎と。
「そ、それと、あともうひとつ気になることがあるんだけど、いいか?」
「えーなになに? なんでも聞いて!」
「うしろの奴らもそうだけど、お前らなんでそんな今風なんだ? おかしいだろ! 800年前に封印されたのに、どうして話し方や考え方が昔のそれじゃないんだ? あとうしろの女なんか、雑誌読んでるし」
「あーそれね。別に不思議なことじゃないよ? あたしたちだって、そんな大人しく封印されたままじゃないし、さっきの縁ちゃんの術とかで、この殺生石を見学にくる人とかを操って、いろんな情報を仕入れてたんだから」
「え……。」
それ、もう封印じゃなくね?
あっけらかんと種明かしをする勾緒だが、やっていることは封印とか関係なく、普通にモノや人を自在に操っているし、好き放題じゃないか。ただその岩から移動できないだけってことだろう? どうりでしゃべり方や妙に香水の匂いとかもするはずだ。それらを800年も続けてりゃ、今の世の中だっていろいろ知っているのも当然だろう。うーん。やっぱりこいつらは危険だな。
「そう言えば、エムバーガーの期間限定、【ベーコン&エッグベネディクト・アボガドマシマシバーガー】超美味しかったよ! あなた、あれもう食べた?」
「お前、絶対封印意味ねーだろ、それっ!!」
言わないつもりだったけど、思わず言ってしまった。下手にそれを言ってしまうと、こいつらもっといろいろやりかねないし、殺生石付近だけの悪さなら問題ない思っていたから、これは失言だ。
「はあ。霊力を吸収出来ないんだから、そんな大きなこと出来ないに決まってるでしょ? わたしたちのやることなんて可愛いものよ」
まるで僕の心を読んだかのように話す葵。
そうだった。こいつらは800年も封印されていたんだ。霊力を使うと吸収出来ないから、あまり強力な術を使うと、殺生石のなかで滅んでしまう。少エネモードでずっと我慢していたということか。
「ねえ。宗鷹そろそろ帰ろうよ。他のみんなも心配するし」
「え? あ、うん。そうだな……」
記憶を改ざんされた佳乃が、宿泊地へ戻ることを提案してくる。いや、ここに連れて来たのお前だし、そのせいでこいつらと出会ってしまった、なんて言っても、すでに彼女の記憶にはそれがない。問題はこいつらをどうするかだ。
「え? どっかに戻るの? じゃあ、あたしたちも一緒に行くね!」
「えっ! なんでだよ!」
「え? だってあたしたちみんな、あなたのおよ――」
あわてて勾緒の口を塞ぐ。
嫁と言いかけた彼女が、僕の手のなかでモゴモゴと文句を言っているけど、言わせるわけにはいかない。佳乃に知られたら、それこそ面倒くさいことになる。
「安心しなさい。縁の術でなんとでもなるわ」
「結局それかよ!」
葵が、さも当然のように言う。
そりゃあ、縁の術ならなんでもアリだけど、自分の周りでどんどんと設定を変えられることに、拒否感を感じるのは当然のことだろう。宿泊先に戻ってもそれをやられらた、僕はいったい何を信じればいいんだ。
「ほら。モタモタしてるから、もののけが来たわよ」
「え?」
「シャアアアア!!!!」
突然、周りから異様な声がする。
葵の発言と共に、周囲の空間がゆがみ、そこから化け物のような奴らが現れた。
「うわああ! な、なんだよこいつら!」
「きゃああ!!」
僕と佳乃が叫ぶ。
見たこともない化け物が、僕らを囲み、唸り声で威嚇をしてくる。
「えっとね。あなたがあたしたちの封印を解くのと一緒に、霊道が大きく開いちゃったから、そこから漏れる霊力に惹かれて、こいつらが寄って来るの」
「な、なんだって!?」
勾緒の説明に愕然とする。
彼女たちの封印、殺生石を割ったことによって、同時に僕のなかにある霊道が変化した。そして今、この化け物たちが狙っているのは、確実に僕なのだ。
「に、逃げるにしても、周りを囲まれてるし、どうしたら――」
「バカね。だからわたしたちが居るんでしょ?」
呆れた風な葵が、僕に告げる。
そうだった。さっき勾緒が言っていたあいつらってのが、この化け物なのか。だとしたら、どうやってこいつらを……。
「凜、唄、出番よ!」
戸惑う僕をよそに、葵が名前を呼んだ。
割れた殺生石の方から、ふたりの娘狐が立ち上がる。
「よっしゃ! 俺に任せな! もののけ共め!」
「アイアイサー! 久々っすね! 自分も頑張るっす!」
さっき一瞬絡んできた赤髪の少女、凜。
両方の拳をガシッと胸の前で合わせ、意気揚々とこちらにやって来る。続いてもう一人の初めて名前を知った少女は、唄と言うらしい。ダークグリーンの髪をなびかせ、~っす! 言葉の後輩キャラっぽい彼女は、凜とは違い武闘派には見えない。眼鏡をかけた雰囲気は、どちらかと言えば元気な生徒会長って感じだ。
「凜ちゃん、唄ちゃん頑張れー」
「うっす!」
「了解っす!」
勾緒の応援に返事をするふたり。
いくら何千年も生きる妖狐の化身とは言え、見た目は普通の女の子だ。おまけに狐耳もつけた可愛い雰囲気の彼女たちと、身の丈2メートルを越えそうな大きさの、化け物が数匹では、どうやっても勝ち目がなさそうに見える。
僕は、自分の拳がいつの間にか固く握られていたのに気付き、フウと息を吐く。それに呼応したのかわからないが、その瞬間、もののけたちとふたりの娘狐たちの戦いが、火ぶたを切ったのだった。
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